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【完結】畑の魔王と光の勇者 ~世界征服よりパンを焼きたい魔王、異世界の魔王にマウントパンチを叩き込む~  作者: 週一週二
要塞防衛編

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第63話 野戦築城

 カレンは要塞の広場へ集められた守備兵たちをゆっくり見渡した。


 皆、極度の不安と動揺を隠せない面持ちで、小柄な彼女の顔を見つめている。


 王都へ迫る魔物の軍勢。


 長年まともに整備されず、各所が崩れかけた古い要塞。


 圧倒的な戦力差。


 誰の目から見ても、この戦いは端から勝ち目のない絶望的なものに映っていた。


 しかし、カレンだけは違っていた。


 彼女は地面へ広げた地図を前に、凛とした静かな声で口を開く。


「敵は数と腕力で我々を遥かに上回っています。」


「ですが、我々には彼らにない『知性と準備』があります。」


 守備兵たちは息を呑み、その確かな言葉にじっと耳を傾けた。


「これから、ここを容易には突破できない鉄壁の砦へ造り替えます。」


 カレンは要塞の正面領域を細い指先で指し示す。


「まず、要塞前面にある空堀を、円匙と十字を使ってさらに深く広く掘り進めます。」


「掘り返した土は捨てません。すべて土嚢袋へ詰め、頑丈な壁を作ります。」


 次に、周囲を取り囲む鬱蒼とした林へ視線を向けた。


「伐採班は木を切り出してください。丸太で柵を築きます。」


「石集め班は、投石に使える大きめの石を可能な限り集めてください。」


 守備兵たちは互いに顔を見合わせる。


 今まで一度も経験したことのない、具体的な防衛準備の指示だった。


 カレンは言葉を続ける。


「空堀の底には枯れ草を敷き詰め、その上へ松脂をたっぷり塗った薪を隙間なく並べます。」


「敵が堀の中へ雪崩れ込んだ瞬間、上から火を放ちます。」


 守備兵たちの目が驚愕で大きく見開かれた。


「さらに石壁の前には土嚢を積み上げ、その前方へ丸太柵と鉄条網を隙間なく設置します。」


「敵の突進力を削ぎ、足止めを狙います。」


 一人の守備兵が、おそるおそる手を挙げて尋ねた。


「……その、鉄条網という妙な物は、本当に恐ろしい魔物相手に役に立つのでしょうか。」


 カレンは一切の迷いなく静かに頷いた。


「巨体の魔物を、それだけで倒すためのものではありません。」


「群れの足並みを乱し、前へ出ようとする者を引っかけ、後ろから押す者と絡ませるための障害です。」


「敵が一瞬でも止まれば、その瞬間からこちらの時間になります。」


 彼女の論理的で迷いのない言葉に、兵士たちの胸を支配していた不安は次第に消えていった。


「それでは……作業を始めましょう。」


 その力強い一言で、その場にいた全員が一斉に動き出した。


 円匙が冷たい土へ勢いよく突き立てられる。


 十字の鉄尖が硬い岩盤を激しく砕く。


 切り倒された木々が運び込まれ、強固な丸太の柵が次々と組み上げられていく。


 空堀は次第に深く、広くなっていき、掘り返された黒土は手際よく土嚢袋へと固く詰められていった。


 集められた石は土嚢壁の内側へと運び込まれ、投石による迎撃の準備も着々と整えられていく。


 汗まみれになった兵士たちは、無駄な口を開くことなく黙々と作業を続けた。


 誰もが、この要塞で何としても王国と大切な家族を守り抜くという、ただ一つの目的だけを胸に抱いていたのだ。


 翌日の夕暮れ——。


 防衛線の骨組みが、ようやくその姿を現し始めていた。


 無数の馬の蹄が、街道の彼方から地を揺らして近づいてきた。


 土煙を巻き上げながら、一団の精鋭騎士たちが姿を現した。


 その先頭を疾風のごとく駆けるのは、フローレンスであった。


「カレン殿! 戻りましたぞッ!」


 彼女の後方には、完全武装した騎士団が整然と隊列を組んで続いている。


 さらにその中央には、長い術式杖を携えた術戦士たちの一団が威風堂々と並んでいた。


 フローレンスは馬から飛び降りると、真っ直ぐカレンの前まで力強い足取りで歩み寄る。


「騎士団、ならびに術戦士隊を率いて帰還いたしました!」


 そしてすぐに振り返り、全兵士たちへ向けて腹の底から響く大声で告げた。


「これより先、本要塞におけるすべての防衛行動は、カレン殿の指揮のもとで行うッ!」


 騎士たちは一斉に、整然とした動作で胸に手を当てて敬礼した。


 術戦士たちの代表もまた、一歩前へ進み出る。


「我ら術戦士隊、カレン殿の指揮に従います。」


 カレンは恐縮しながらも、小さく丁寧に頭を下げた。


「……ありがとうございます。」


「それでは、皆さん。」


 彼女は再び円匙をしっかりと手に取り、穏やかに微笑んだ。


「作業の続きをお願いします。」


 その一言で、騎士も術戦士も守備兵も、身分の区別なく一丸となって作業へ加わっていく。


 夕日に赤く染まる古い要塞には、土を掘り返す音と丸太を力強く打ち込む音が、絶え間なく響き続けていた。

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