第49話 暴かれた世界1
南の魔王とゼンは、木製の椅子に向かい合って腰をかけていた。
ゼンは一言の言葉もなく、湯気の立つお茶の入った木彫りのカップを、テーブルへ置いた。
「……。」
ゼンは腕を組んだまま、静寂の中で相手をじっと見据えている。
ガチャリと扉が開き、カレンが入ってきた。
「こんばんは、ゼン。お腹すいて、何か食べたい……」
言葉の途中で、カレンの足がぴたりと止まった。
部屋に満ちるただならぬ重苦しい空気と、ゼンの険しい表情を敏感に察知し、瞬時に身体の重心を落として警戒の態勢をとる。
「……ゼン、そちらの方はどなたですか?」
「……。」
ゼンは何も言わない。
深緑のフードの奥から穏やかで、それでいてどこか底知れない声が響いた。
「こんばんは、西の魔王……初めまして。私が南の魔王だ。」
その名を聞いた瞬間、カレンは息を呑み、ドアの前で金縛りに遭ったかのように立ち尽くした。
「……貴公らは、この世界における『魔王』という存在の本当の役割を知っているか?」
ゼンは答えない。カレンもまた、無言のまま相手の出方を探る。
沈黙が、狭い室内を支配していた。
南の魔王が静かに言葉を紡ぎ足す。
「人間が増えすぎれば、森は削られ、魔物は生きていく場所を失う。それどころか、生態系という世界の環境そのものを破壊しかねない。」
「逆に魔物が増えすぎれば、人は畑を耕すことすらできなくなり、いずれ絶滅へと向かうだろう。」
「この世界は、双方の数を間引く……その絶妙な『均衡』の上に成り立っているのだよ。」
「我々魔王とは、人間と戦い、その爆発的な増殖を一定数で抑制するための『自動システム』としての役割を担っているのだ。」
「それだけではない。」
南の魔王は首を横に振る。
「さらに厄介なのは、魔王という抑止力が討たれた後なのだよ。」
「北の魔王が討たれてからというもの、北方領域では魔物の群れが野良化し、制御を失っている。」
「統率を失った猛獣たちは暴走し、己の縄張りを求めて各地を彷徨っている。そのせいで街道は荒れ果て、行商人も以前ほど通らなくなったはずだ。」
「魔王とは、ただ人を無差別に滅ぼす悪ではない。魔物という脅威をその身で縛り付けるための『重い鎖』でもあるのだ。」
「……。」
「勇者も魔王も、この世界の壮大な仕組みに組み込まれた単なる歯車に過ぎん。」
ゼンは呆れたように深く息を吐き出すと、面倒くさそうに口を開いた。
「そんなことはどうでもいい。さっさと要件を話せよ。」
南の魔王は微動だにしない。深緑の暗がりから、その表情を窺い知ることは不可能だった。
「まあ慌てるな。つまり、人間に無駄な手を貸し、魔物に仇なす貴公らは、この世界の均衡を崩す『イレギュラー』なのだよ。」
「だったらなんだ。俺は困ってる奴を助けるために戦う事はあっても、むやみに魔物を殺した事なんてねぇ。自分から進んで人間に加担した事も無い。それは、こっちに来た時にカレンと約束した。力が大きすぎるから、目立つと静かに暮らせなくなるってな。」
「何を言っているんだね。現に貴公らの介入のせいで北の魔王は死に、東の魔王はその役割を放棄して逃げ出したではないか。」
「それは、あいつらが勝手に俺らの生活に踏み込んできたからだろうが。俺はここで普通に暮らしたいだけだ。」
「なるほど。では東の魔王の件はどう説明するのかね? 貴公らの足でわざわざ砂漠に踏み込んだと思ったが?」
ゼンは一瞬言葉に詰まった。
「……お前と話すのは面倒くさいな。あいつだって放置しておいて倒しに行かなきゃ、いずれ俺たちのところへ来ただろうが。」
「なるほど……では三日後の朝、私が王都だけを狙うと言ったらどうだろう?」
「その時、貴公らは私に絶対に剣を向けないと言い切れるかね?」
「バカが。王都にはシャロンがいる。騎士団だっている。お前ごときじゃ勝てねぇよ。」
「……その通りだ。私自身の力は非常に弱い。……だが、私が負けることは無いのだよ。」
「言ってる意味がさっぱり分からん。」
そこで、それまで黙って会話を聞いていたカレンが重い口を開いた。
「……あなたはどうして、この世界のシステムや私たちの事を、そんなに詳しく知っているのですか?」




