第48話 来客
夜明けとともに、ゼンは石窯に火を入れた。
澄み渡る空には久々に眩しい青空がどこまでも広がっている。ゼンの小麦畑には四つの天幕が並び、朝早くからあちこちで人々が復興へ向けた作業を開始していた。
やがて、香ばしく焼き上がったパンの匂いが、朝の空気とともに周囲へと漂い出す。
「今日もいい匂いですね。」
カレンが73式大型トラックの荷台へ救援物資を積み込みながら、爽やかに微笑んだ。
「みんなに配ろう。」
「そうですね。」
カレンの動きに一切の無駄がなかった。
朝からは大型トラックを操って復旧現場へと向かい、道路を塞ぐ土砂の撤去作業にあたり、夕方になれば野外炊具を牽引し、集落を回って炊き出しを行っていた。
一方のゼンも毎朝パンを焼き上げ、近隣の農家へ配っては、倒れてしまった畝を耕し直し、泥にまみれて復興作業を手伝う日々を送っていた。
そんな汗と土にまみれた懸命な生活が、五日間続いた。
ゼンの畑を仮住居としていた避難民たちも、道路の復旧に伴い、少しずつ我が家に戻れるようになり、一人、また一人と感謝の言葉を残してそれぞれの場所へ帰っていく。
カレンも翌日にはこの場所を撤収し、自らの自宅を拠点として復興支援を継続することとなった。
賑やかだった畑に、ようやく静寂と穏やかな日常が戻りつつあった。
夕方——。
赤く染まる空の下、作業を終えて帰宅したゼンの視線が、自宅前で止まった。
深緑色のローブを羽織った怪しい人影が四つ、ゼンの家の前に佇んでいた。
頭からフードを目深に被り、その表情は陰になって伺い知ることができない。風に揺れる裾の下から、ぞっとするほどの異様な静寂が漂っていた。
ゼンはただ事ではないと即座に悟り、脳内の開閉器を切り替える。
戦うための己へ。
「……なんだ、お前ら。」
ゼンは静かに言い放ちながら歩み寄る。
「ここは集会所じゃねぇんだよ。」
しかし、その問いかけに応じることなく、深緑の影のうち三体が、示し合わせたかのようにゼンを取り囲む円陣を描いて素早く散った。
残る一体だけが、少し離れた位置から戦況を傍観している。
「おい。人の話、聞いてんのかよ……バカ野郎。」
次の瞬間、ローブの隙間からぬっと手が突き出された。
夕日を反射してギラリと鈍く光る。三人はそれぞれ、刃渡りの長い短刀を握りしめていた。
その殺気を感じ取った瞬間、ゼンは地を割る勢いで踏み込み、前蹴りを繰り出した。
間合いを強引に潰された正面の一体は、防ぐ間もなく胴を撃ち抜かれ、後方へと吹き飛ばされた。
「おい! 俺にぶっ飛ばされるか殴られるか、選べよ! この野郎!」
さらに一体が背後から無音で接近し、刃を首筋へ突き立てようと迫る。
振り返りもせず、突き出された腕を捉えると、一本背負いで硬い地面へ叩きつけた。
重い衝撃音とともに悶絶する影の頭部を、躊躇なく踏みつける。二体目も瞬時に沈黙した。
三体目は、恐怖心という感情が初めから存在しないかのように、正面から愚直に向かって来る。
その突き出された短刀を紙一重でかわし、間髪入れずに雷光の如き肘打ちを顎下へ叩き込んだ。
ゼンを狙った不気味な三体の影は、手応えすら残さず、瞬く間に無力化されたのだった。
残るは、最後の一体。
「おい。俺に何の用事だ。」
ゆっくりと歩み寄るゼンに対し、傍観していた影が静かに口を開いた。
「初めまして……中央の魔王。私は、南の魔王だ。」
「なんでいきなり襲ってきた。」
「失礼した。ちょっと貴公の実力を計りたかったもので。」
南の魔王は小さく首を振った。
「……私ではとても敵いそうにない。」
「立ち話もなんだ。俺の家の中でゆっくり話そうじゃないか。」
「俺の家だ。」
「戦う意思はもはや無い。貴公とどうしても話したいことがある。」
「なんだよ、それ。……まあいい。入れよ。」




