第41話 車中にて1
カレンは高台から軽やかに飛び降りると、岩場に隠された窪みへと消えていった。
数秒の静寂の後、機械音が大気を震わせる。
キュルルルルッ……ブォン!!
セルスターター音に続き、力強いエンジンの轟音が岩間にこだました。
「な、何……!? この音は……!?」
シャロンは反射的に腰の剣の柄に手をかけ、戦闘態勢をとる。
身構えたその時、岩かげから現れたのは馬も引かぬ『鉄の馬車』であった。
鈍いオリーブドラブ色に塗装されたその車体――陸上自衛隊の高機動車が、砂地を切り裂きながらこちらへ疾走してくる。
運転席にはカレンが座り、二人へ向かって手を振っていた。
シャロンは呆れるように口を開いた。
「……なんなのよ、これは。また、変なものを出してきたわね。」
ゼンは答える。
「とにかく、行こう。」
二人は荒れた岩場を下り、停車した高機動車へと向かった。
カレンが運転席から降りてくると、リアドアを開け放つ。
車内からは独特の油の匂いと、微かな機械の臭いが漂ってきた。
「……あの、カレン。どうして馬も引いていないのに動くのかしら?」
「軽油を燃料にして動く車両です。陸上自衛隊の高機動車です。油が餌の代わりと思っていただければ。」
「軽油……? 車両……?」
「簡単に言えば、馬の代わりに油で走る鉄の馬車です。」
ゼンが傍らで苦笑する。
「聞いても、さっぱり分からんだろう。」
二人は後部から乗り込む。車体の側面に備え付けられた対面式のシートに、シャロンとゼンは向かい合って座った。
「動きますよ。」
シフトレバーをドライブへと切り替える。
大型のタイヤが砂利を噛み、車体が振動を伴って動き出した。
凹凸の激しい岩場や砂地であるにもかかわらず、巨体は揺れをいなしながら力強く突き進む。
自衛隊の車両らしく、過剰な装飾のない無骨な車内には、エンジン音とタイヤが砂利を噛む音だけが低く響いていた。
馬車なら舌を噛むような悪路でも、シートに体を預けていられることにシャロンは密かに驚嘆していた。
「速いわね……これ、馬よりも全然速い……!」
カレンはバックミラー越しに二人を見やる。
「ゼンは車の免許を持っているんですか?」
「免許は取った。パンの配達で毎日乗っていた。……軽自動車しか乗ったことはないけど。」
シャロンは瞳を輝かせ、前のめりになった。
「あなたも動かせるのね! 私も一度、あなたたちの生まれ育った世界を見てみたい! きっともっと楽しくてすごいことがたくさんあるんでしょ!」
「そうですね。いつかあちらと行き来できるようになったら、必ず招待しますよ。」
シャロンはさらに一歩詰め寄る。
「ねえ、甘いものはあるの!?」
「たくさんありますよ。冷たくて甘いもの。ゼンの実家のパン屋さんにも行きましょうよ。」
「つ、冷たくて甘い……? 氷の中に蜂蜜でも入っているの……?」
カレンは楽しげに目を細めた。
「アイスクリームにパフェ、かき氷っていうのがあるんです。口に入れるとふわっと冷たく溶けて、すごく甘くて……幸せな味がするんですよ。」
「なにそれ……! 夢みたいな食べ物じゃない! ズルいわ、あっちの世界だけそんな美味しいものがあるなんて!」
シャロンは子供のように目を輝かせた。
「絶対よ! カレン! 約束だからね!」
「はい! 約束します。」
ゼンは窓の外へと視線を向けた。
何も語らず、ただ流れていく荒野の景色を目に焼き付けていた。




