第40話 君が僕を知ってる2
シャロンは、冷たく言い放った。
「カレン。そのまま抑えておいて。こいつの首は、王都へ持ち帰るわ。」
その声には一切の迷いがない。
シャロンはイバイの首に剣をかざす。
カレンはイバイの拘束を解こうとはしない。
ゼンは、絞り出すような声を吐き出した。
「俺がせっかく助けた命……。もう、殺すのか。」
その言葉に、シャロンは激昂した。
「あんたねぇ……! いくらあんたでも、調子に乗りすぎよ!! こいつはさっきまで、本気で殺そうとしていたのよ! あんたやカレンと、こいつは違うわ! 」
言葉をつづけた。
「とにかく斬るわ! このまま、見逃すなんてできないわ! 」
ゼンは立ち上がろうとするが足に力が入らない。
仰向けのまま、空を仰いで語りかける。
「そうだな……確かに、調子に乗って悪かった。勇者の言う通りだ。思うようにやってくれ。」
そのまま、言葉を止めなかった。
「俺たちはわけのわからないまま、あっち側からこっち側に来た。まぁ色々あったけど、俺にはパン作りの楽しみがあった。たまたま近くに同じ境遇で先にこっち側に来たカレンが居た。」
「今いる家の周りも良い人が多い。親父のパン屋には戻れないかもしれないけど、それでも俺は運がいい方だ。」
「俺はこいつだったかも知れない。」
「こいつのやったことは無かったことにはならない。けど、こいつを殺すなら、俺も殺せ。俺も魔王だ。」
シャロンは剣を握る手に力を込めた。
その刃には、彼女の先祖から受け継いできた「使命」が乗っている。
それでも、振り下ろすことはできなかった。
その時、カレンがゼンを見つめた。
小さく息を吐くと、彼女は拘束を解いた。
「行って。」
シャロンは足の裏でイバイを軽く蹴り、追い払うように促す。
「……気が変わらないうちに、行って!」
イバイは力なく立ち上がると、ふらふらと歩き出した。
「……すぐに行くよ。またな、細川禅。」
イバイは一度も振り返ることなく、陽炎が揺れる砂の海へと消えていった。
シャロンは剣を鞘に納めるが、怒りは一向に納まらない。
「本当にふざけてるわ! 勇者の責任をなんだと思ってるのよ!」
「お父さまや、お兄様、それに私の先祖たちは、命を懸けて魔王と対峙してきたのよ! それを……あんなに簡単に『見逃せ』なんて!」
ゼンは静かに遮る。
「俺は、『見逃せ』とは言ってない。」
「言ってるようなものじゃない! あの状況で、『見逃せ』って聞こえない人がこの世にいるの!?」
「そんなに怒るなら、斬ればよかっただろう。」
「……あんたが倒して、弱り切った魔王の首を斬るなんて、そんなの勇者のやる事じゃないでしょうが!!」
「さっきまで斬る気だっただろ。」
シャロンはイバイが消えた方角を見据えたまま、唇を噛む。
「……あいつがまた何か、取り返しのつかないことをしたらどうするのよ?」
「その時は、勇者とカレンがやってくれ。」
「あんたはまた、そうやって……っ!」
カレンが二人の間に割って入る。
「二人とも、落ち着いてください。イバイはもう行ってしまいました。今更、言ってもどうにもなりません。」
シャロンは大きく深呼吸し、感情を無理やり押し込めた。
「……もう、この話は終わりよ。ゼン、こうなったら、あなたは南の魔王討伐にも同行してもらうわ。約束よ。」
「……わかった。……しょうがないな。」
ゼンはゆっくりと上体を起こした。
「カレン。頼みがある。」
「はい。どうしましたか?」
「畑に干したままの小麦を取り入れたい。それに明日は、共同利用している水車小屋の掃除当番だ。……なんとかしてくれ。」
カレンはふわりと笑う。
「わかりました。なんとかなります。」
シャロンはそのやり取りを見て、額に手を当てて天を仰いだ。
「はぁ……。なんなの、この人たち……。」




