第26話 鉄の筒
砂漠は想像していた以上に静寂に包まれていた。
耳に届くのは、乾燥した風が砂粒を運ぶ乾いた音と、重い荷を背負ったラクダたちの静かな足音だけ。
シャロンは思わず周囲の景色を見渡した。どこまでも、地平線の果てまで黄金色の砂丘が続いている。
王都の賑やかな石畳とも、ゼンの静かな畑とも、カレンの整然とした農園とも全く異なる、圧倒的な「無」の世界であった。
「……本当に、見渡す限り何もないのね。」
「そうですね。だからこそ危険です。」
並んでラクダを進めるカレンが、淡々と答える。
「目印になるような巨大な岩や樹木が無く、容易に方角を見失ってしまう。ここで一度水と食料を失えば、敵と戦う前に命に関わりますから。」
シャロンは改めてカレンの横顔を見つめた。緊迫した戦場ではなくとも、この人はいついかなる時も完璧に冷静だった。
「カレンって……どんな時でもそうなの?」
「何がですか?」
「その……事前の準備とか、計画とか……。」
カレンは少しだけ考えてから口を開いた。
「昔からそうでしたね。」
それ以上は多くを語らなかった。
一方、ゼンは一番先頭で前だけを見据えながら、ラクダを進めている。
「ゼン……疲れてないの?」
「別に大丈夫だ。」
「本当に?ずっと直射日光を浴びっぱなしなのよ?」
「畑仕事の方が、もっとしんどい日もあるからな。」
シャロンは呆れて肩を落とした。
「ほんと……あなたって基準がおかしいのよ……。」
そんな他愛もない会話を交わしながら、一行は砂漠を黙々と進んだ。
空が朱く染まり、日が傾き始めた頃——カレンが不意に手綱を引いてラクダを止めた。
「……二人とも、止まってください。」
ゼンとシャロンも即座にラクダを止める。
「どうしたの……!?」
カレンは無言のまま、鋭い視線を上空へと向けた。
静寂を切り裂くように、空から甲高い鳴き声が響き渡る。上空を凶暴な眼光を放つ鳥の魔物が三体、獲物を狙う猛禽類のような動きで旋回していた。
「……っ! 来たわね!迎撃態勢に入るわよ!」
シャロンは即座に身構え、腰の聖剣を一気に引き抜いた。
しかしカレンは焦ることなく、肩に担いでいた荷物の包装を素早く解いていく。布の中から現れたのは、この世界には絶対に存在するはずのない異形の筒——小銃だった。
「え……?何かしらそれ……その、鉄の筒みたいな道具は……!?」
シャロンはカレンの手元を驚愕の眼差しで凝視した。
目に映ったそれは、彼女が知るいかなる魔法具や武具とも異なる、冷たく精密で異質な威圧感を放つ金属の塊だった。
カレンは短く指示を出す。
「ゼン、シャロン、すぐにラクダから荷物を降ろしてください!特に水と食料の袋を急いで!」
「えっ、今から!?」
戸惑うシャロンを尻目に、ゼンは手慣れた動作でさっさと荷物を地上へ降ろしていく。
カレンは鉄の筒を両手でしっかりと保持し、その銃口を空へと向けた。
「何をするつもりなの!?」
「……撃ちます。」
「撃つ……!?」
「耳を塞いでください!」
上空の鳥の魔物が鋭い爪を立て、猛禽のように急降下を始めたその瞬間。
カレンは、引き金に指をかけ、撃発した。
——バンッ!!
乾いた爆音が、静まり返った砂漠に激しく響き渡る。
シャロンが何が起きたのか理解するよりも早く、一番手前にいた一体の魔物が空中で瞬時に力を失い、墜落していった。
間髪入れず、続けて二発、三発。
——バンッ! バンッ!
残った二体も胴体を撃ち抜かれ、物言わぬ肉塊となって砂の上へ力なく落下していった。
「……っ!?な、何が起きたの……!?」
地面へと叩きつけられた魔物の死骸を見つめながら、シャロンは恐怖に震える手で剣を握り直した。カレンが手にした未知の道具は、彼女がこれまで信じてきた「戦い」の常識を、根底から覆してしまった。
しかし、銃撃音に驚いたラクダたちがパニックを起こし、砂漠の彼方へと一斉に遁走してしまった。
カレンは走り去っていくラクダの背中を見送りながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「久しぶりに、こんな事をしましたね。」
彼女の足元には、吐き出された三発の真鍮製の薬莢が、乾いた砂の上に転がっていた。




