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1章 第6話 冒険者のはじまり

第6話 冒険者のはじまり


翌朝。


窓の外から差し込む陽光で、神崎玲司は目を覚ました。


昨夜遅くまで祭りの音が聞こえていたはずなのに、

今の王都は穏やかだった。


石畳を行き交う人々の声。

遠くから聞こえる鐘の音。


まるで、

昨日の非現実感だけが夢だったようにも思える。


「……いや、夢じゃないんだよな」


玲司は小さく呟いた。


視界の端には、

机へ置かれたままの羊皮紙。


スキル表示。


それが、

ここが異世界であることを嫌でも思い出させる。



「おはよー……」


「……眠ぃ」


朝倉美咲と藤堂悠人も、

どこか寝不足気味の顔で部屋へ出てきた。


だが三人とも、

昨日よりは少しだけ落ち着いている。


完全に状況を受け入れたわけじゃない。


それでも。


“ここで生きるしかない”


という現実が、

少しずつ身体へ馴染み始めていた。



朝食後。


三人は案内役の女性に連れられ、

王城内の一室へ通された。


扉には。


『選別室』


そう刻まれている。


「うわ、なんか本格的だな……」


玲司が小さく呟く。


部屋の中には、

水晶板のような装置と、

大量の羊皮紙が並べられていた。


受付嬢のような制服姿の女性が、

慣れた様子で微笑む。


「お待ちしておりました。今年の転移者の皆様ですね」


その口調は柔らかい。


だが、

どこか業務的でもある。



「本日は、皆様の追加スキル選択を行います」


女性は羊皮紙を広げた。


そこには、

大量のスキル名が並んでいる。


「うわ……」


美咲が思わず声を漏らした。


《剣術補助》

《危険察知》

《俊足》

《索敵》

《応急処置》

《受け流し》

《魔力循環》

《調薬補助》

《耐久歩行》

《集中維持》


見ているだけで目が回りそうだった。



「初期取得スキルは、

今後の方向性へ大きく関わります」


受付女性が説明を続ける。


「後から習得困難なものもありますので、皆様しっかり悩まれますよ」


軽い口調。


だが、

内容そのものは重い。


「ちなみに、初心者の生還率が高い構成ってあるんですか?」


悠人が現実的に尋ねた。


女性は少しだけ考え、

にこやかに答える。


「前衛職の方は、《危険察知》の取得率が高いですね」


「あと、《応急処置》も人気です」


人気。


その言い方が、

妙にゲームっぽかった。



玲司はしばらく悩み、

最終的に。


《危険察知》

《敏捷強化》

《受け流し》


を選択した。


「なんか、主人公っぽいから」


そう笑う玲司に、

悠人が呆れた顔をする。


「理由ふわふわすぎんだろ」



悠人は。


《防御姿勢》

《体幹強化》

《威圧》


を選択。


「どう考えても生き残るなら盾役だろ」


かなり堅実だった。



美咲は最後まで悩み続けた。


《回復補助》

《状態異常緩和》

《魔力節約》


を選びながらも、

不安そうに羊皮紙を見つめる。


「これで……大丈夫かな」


「まぁ、たぶんなんとかなるだろ」


玲司が笑う。


その言葉に、

美咲も少しだけ笑った。



スキル選択後。


三人には、

革袋に入った軍資金が手渡された。


「こちらは初期支援金となります」


「武具、衣類、生活費などへご使用ください」


思ったより重い。


中には銀貨がぎっしり詰まっていた。


「え、こんなもらえんの?」


「転移者支援制度の一環ですので」


女性は慣れた調子で答える。



そして。


三人は王都の武具街へ向かった。



「うわぁ……!」


玲司の目が完全に輝いていた。


並ぶ剣。


槍。


鎧。


ゲームでしか見たことのない武器ばかり。


その中で玲司が選んだのは、

少し湾曲した中世風サーベルだった。


銀色の刀身。


軽量寄り。


実用品というより、

どこか“冒険者っぽさ”がある。


「これ、めっちゃかっこよくない!?」


「絶対それ言うと思った」


悠人が即答する。


店主は苦笑しながらも、

バランス確認の持ち方を教えてくれた。



悠人は逆に堅実だった。


癖の少ない直剣。


そして。


腕へ固定するタイプの小型バックラー。


視界を遮らず、

取り回しも良い。


「うわ、完全に盾役じゃん」


「前出るやつ必要だろ」


「玲司が絶対無茶するからな」


「否定できねぇ……」



美咲はというと。


「これ可愛い……!」


最初に、

装飾の綺麗な杖へ飛びついていた。


淡い青の宝石。


細い金装飾。


どう見ても実用品というよりデザイン重視。


「そっち選ぶんだ……」


「だ、だって可愛いし……!」


さらに。


予想以上に軍資金が余っていることに気づき。


「これ合うかも……!」


「え、ちょっと待って、このマント可愛くない!?」


完全にコーディネートが始まった。



その後。


三人は冒険者ギルドへ向かう。


木造と石造りを組み合わせた大型施設。


中は昼間から賑わっていた。


酒。


笑い声。


鎧の音。


いかにも“冒険者の街”という空気。


「うわ……ほんとにギルドだ」


玲司が呟く。



受付で受注したのは、

初心者向け討伐依頼。


《ホーンラビット三体討伐》


角を持つ小型魔物。


比較的危険度は低い。


……低いが。


受付嬢は笑顔のまま、

しっかり釘を刺してきた。


「初心者の死亡率は高いですので、無理はしないでくださいね」


「特に初任務は、連携不足で怪我される方も多いです」


笑顔。


だが、

その説明は妙に慣れていた。



城門を抜ける。


王都の外。


草原。


風。


遠くの森。


本当に異世界へ来たのだと、

改めて実感する景色だった。



「いた!」


最初に見つけたのは玲司だった。


草むらの向こう。


小型犬ほどの大きさ。


額に短い角を生やした灰色の獣。


ホーンラビット。


見た目はそこまで凶悪ではない。


だが。


次の瞬間。


「速っ!?」


飛び出した魔物へ、

玲司が反応しきれない。


慌てて剣を振る。


空振る。


悠人が割って入り、

バックラーで弾く。


「うおっ!?」


「玲司!ちゃんと見ろ!」


「わ、悪い!」



動けない。


身体が重い。


頭では理解していても、

スキルへ身体が追いついていない。


だが。


玲司の《危険察知》が、

辛うじて攻撃を読ませる。


悠人が前へ出る。


美咲が震える手で回復術式を発動する。


そして。


「っ、うおおおっ!」


玲司のサーベルが、

ホーンラビットを斬り裂いた。


魔物が崩れ落ちる。


静寂。



「……倒した?」


「……倒したな」


三人とも、

しばらくその場で息を切らしていた。


たった一匹。


それだけなのに、

全身が汗だくだった。



依頼は三匹。


途中、

玲司が腕を擦り、

悠人も肩をぶつけた。


だが。


「えっと……回復……!」


美咲の術式が淡く光る。


傷がゆっくり閉じていく。


「うお、すげぇ……」


玲司が素直に感動した。


美咲は少しだけ照れ臭そうに笑う。



夕方。


三人は無事にギルドへ帰還した。


擦り傷程度。


大きな怪我なし。


受付嬢は確認後、

報酬袋を差し出す。


「初任務達成、お疲れ様でした」


その言葉に、

三人は顔を見合わせる。


そして。


自然と笑った。



夜。


報酬で夕食を済ませ、

転移者専用宿舎へ戻る。


風呂。


着替え。


ようやく一息ついた頃。


玲司が興奮した様子で話し始めた。


「いやでもさ!

今日めっちゃ冒険者って感じだったよな!」


「最初死ぬかと思ったけどな」


悠人が即座に返す。


「でも……ちょっと楽しかったかも」


美咲が小さく笑った。



「ホーンラビット速すぎだろ」


「玲司が突っ込みすぎなんだよ」


「いや、あれ絶対俺向いてるって!」


「どこがだよ……」


くだらないやり取り。


だけど。


三人とも、

少しだけ笑っていた。



不安はまだ消えない。


帰れる保証もない。


それでも。


今日一日で。


ほんの少しだけ、

この世界で生きていく実感が芽生え始めていた。



窓の外では、

ルミナリアの夜風が静かに吹いていた。

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