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1章 第5話 魔物の国

冷たい感触だった。


 床に触れていた手をゆっくりと動かし、

相良恒一は重い身体を起こす。


 視界が揺れる。


 赤黒い光。


 石造りの空間。


 鼻を突く、

鉄と薬品のような匂い。


「……っ」


 思わず息を呑んだ。


 目の前にいた“それ”は、

人間ではなかった。


 黒灰色の皮膚。


 額から伸びる二本角。


 黄色く濁った瞳。


 牙の覗く口元。


 大柄な身体。


 肩から腕にかけては、

まるで獣のような筋肉が盛り上がっている。


 その異形が、

こちらを見下ろしていた。


「――っ!?」


 反射的に身体が強張る。


 だが。


 異形の男は、

ゆっくりと片膝をついた。


 頭を下げる。


「……召喚に、応じていただき……

感謝する……」


 低く掠れた声。


 だが、

そこに敵意はなかった。


「え……」


 恒一の隣で、

雨宮春人が目を瞬かせる。


 さらに反対側では、

佐伯心乃が怯えたように服の裾を握っていた。


 当然だった。


 怖い。


 本能的にそう感じる。


 周囲にいる者達も、

誰一人として人間ではない。


 鱗に覆われた者。


 獣の耳を持つ者。


 腕が異様に長い者。


 皮膚の色が灰色や赤黒い者。


 誰もが異形。


 誰もが、

“魔物”のように見えた。


 だが。


 その場にいた全員が、

こちらへ武器を向けることもなく、

静かに頭を垂れていた。


「我々は……

あなた方の力を必要としている」


 再び、

角の男が口を開く。


「どうか……

力を貸してほしい」


 その声は、

どこか疲れていた。


 恒一は周囲を見る。


 石壁には亀裂。


 薄暗い空間。


 置かれている布や家具も、

決して豊かとは言えない。


 むしろ。


 追い詰められている。


 そんな印象の方が強かった。


「……ここ、

どこなんですか」


 恒一が問う。


 異形の男は、

少しだけ目を伏せた。


「人間達から……

追われた土地だ」


 静かな声。


「我々は長く、

侵攻を受け続けている」


「侵攻……?」


「村も、

仲間も……

多くを失った」


 その場の空気が沈む。


 誰も否定しない。


 誰も怒鳴らない。


 ただ、

苦しそうに沈黙していた。


 心乃が小さく呟く。


「……戦争、なんですか」


「そうだ」


 短い返答。


「我々は……

生きるために戦っている」


 恒一は唇を噛む。


 怖い。


 でも。


 困っているのも、

きっと事実だった。


 春人が小さく息を吐く。


「いや……

でもさぁ……」


 視線を巡らせる。


「マジで……

魔族って感じだな……」


 冗談めかした口調。


 だが、

少し引きつっていた。


 すると。


 近くにいた獣顔の魔族が、

申し訳なさそうに目を逸らした。


 その反応に、

春人の方が逆に困った顔になる。


「いや……

悪口とかじゃなくて」


「構わない」


 角の男が静かに言った。


「人間側から見れば、

我々はそういう存在だ」


 恒一は、

その言葉に引っかかった。


 敵。


 化け物。


 討伐対象。


 きっと、

向こう側ではそうなのだろう。


 でも。


 目の前の彼らは、

少なくとも今、

自分達へ牙を向けていない。


「……助ければ、

いいんですよね」


 恒一が言う。


 周囲の魔族達が、

僅かに顔を上げた。


「人が困ってるなら、

放っておけないですし」


 自然に出た言葉だった。


 その瞬間。


 空気が少し変わる。


 張り詰めていたものが、

ほんの少しだけ緩んだ。


 春人が苦笑する。


「出たよ、

恒一の“放っとけない病”」


「悪いかよ」


「いや別に」


 肩を竦める。


「でもまぁ……

見捨てるのも後味悪いしな」


 心乃も、

小さく頷いた。


「……わたしも、

助けたいです」


 角の男は、

深く頭を下げた。


「感謝する……」


 その声音は、

本気だった。


 やがて。


 三人は別室へ案内された。


 薄暗い石部屋。


 中央には、

巨大な石板が置かれている。


「これは……?」


「適性確認用術式だ」


 石板が淡く光る。


 文字が浮かび上がる。


━━━━━━━━━━━━━━━


初期保有スキル


相良恒一

《説得》

《統率補助》


雨宮春人

《空気把握》

《誘引》


佐伯心乃

《共感》

《保護本能》


━━━━━━━━━━━━━━━


「ゲームみたいだな……」


 春人が呟く。


 だが。


 その目は少し真剣だった。


 恒一は自分のスキル欄を見る。


《説得》


《統率補助》


 確かに、

昔から人の相談に乗ることは多かった。


 まとめ役になることも。


「……なんか、

妙に納得するな」


 恒一が苦笑する。


 一方。


 心乃は、

自分のスキルを見て少し俯いた。


《共感》


《保護本能》


 どちらも、

自分らしい気がした。


 誰かが傷ついていると、

放っておけない。


 昔からそうだった。


 石板の文字が変化する。


━━━━━━━━━━━━━━━


選択可能スキル


《回復強化》

《障壁展開》

《魔力循環》

《身体強化》

《剣術補助》

《感覚強化》

━━━━━━━━━━━━━━━


「二つ、

選んでほしい」


 背後の魔族が言う。


「今後の生存率に関わる」


 その言葉に、

春人が僅かに眉を動かした。


「……生存率、ね」


 小さな違和感。


 だが。


 恒一は真剣な顔で石板を見ていた。


「俺、

前出るなら身体強化かな……」


「恒一、

絶対前出るよなぁ……」


 春人が呆れる。


 でも。


 どこか安心したようにも見えた。


 心乃は、

静かに《回復強化》へ手を伸ばす。


 守りたい。


 助けたい。


 そう思った。


 石板が光る。


 静かな部屋に、

淡い赤黒い光が揺れていた。

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