1章 第4話 灰の国、バルドア
2026/05/18
人物名に誤りがあったため修正しました。
――大陸南西部。
バルドア王国。
五大国家の中で、
最も貧しく、
最も小さな国。
石壁には、
何度も補修された跡が残っている。
崩れた箇所へ、
別の石材を無理やりはめ込んだような継ぎ接ぎ。
木造家屋も同じだった。
色も材質も違う板が並び、
割れた窓には布が垂らされている。
屋根の上には、
雨漏り対策なのか、
別の建物から外したような板が重ねられていた。
道は土のまま。
荷車の轍が深く刻まれ、
昨日降った雨でぬかるんでいる。
風が吹くたび、
古びた建物が軋む音がした。
決して、
住みやすい国ではない。
だが。
人は、生きている。
⸻
王都中央神殿。
薄暗い石造りの空間。
豪華な装飾は一切ない。
長い年月を耐え続けたような、
古い召喚陣だけが、
床に刻まれていた。
その周囲で、
神官達が静かに祈りを捧げている。
誰も笑っていない。
けれど。
絶望しているわけでもなかった。
ただ、
張り詰めている。
「……魔力集積、安定しています」
「術式維持、問題ありません」
「召喚可能です」
報告が続く。
その声は、
どこか硬かった。
⸻
祭壇前。
王が静かに目を開く。
壮年の男。
豪奢な王衣ではなく、
修繕された痕のある厚手の外套を纏っている。
疲労の色が濃い。
「始めよう」
短い言葉。
神官達が一斉に術式を起動した。
⸻
空間が震える。
床に刻まれた紋様が淡く発光し、
神殿全体へ光が走る。
重い圧力。
空気の歪み。
そして。
白い光が召喚陣から溢れ出した。
⸻
数秒後。
光が収まる。
そこに立っていたのは、
三人の少年だった。
⸻
「……は?」
最初に声を漏らしたのは、
短髪の少年。
灰崎迅。
周囲を見回し、
眉をひそめる。
「どこだよここ……」
その隣。
瀬名湊が、
不安そうに辺りを見ていた。
「え……待って、
これ、どういう……」
最後の一人。
奥村圭は、
何も言わない。
ただ、
静かに召喚陣を見下ろしていた。
⸻
神殿内は静まり返っている。
召喚成功。
それは間違いない。
なのに。
歓声はない。
誰も、
大成功を喜ぶような顔をしていなかった。
安堵。
疲労。
張り詰めた何か。
そんな感情ばかりが漂っている。
⸻
やがて。
年老いた司祭が、
ゆっくり前へ出た。
「……ようこそ、バルドア王国へ」
静かな声。
「突然のことで混乱していると思います」
「ですが、どうか安心してください」
「我々は、皆さんを歓迎します」
深く頭を下げる。
神官達も続いた。
その姿に、
迅達は戸惑ったように顔を見合わせた。
⸻
「……なんか」
迅が小さく呟く。
「思ったより普通だな」
「もっとこう……
王様ー!救世主だー!みたいな感じかと」
「迅、それ今言う……?」
湊が小声で止める。
だが。
その視線は自然と周囲へ向いていた。
擦り切れた神官服。
ヒビの入った壁。
削れた石床。
足りていない燭台。
どこを見ても、
“余裕”が感じられない。
「……この国、結構貧しい?」
湊の言葉に、
近くの神官が少しだけ目を伏せた。
⸻
王が静かに口を開く。
「その通りです」
隠す様子はない。
「この国は豊かではありません」
「皆、
必死に生きています」
真っ直ぐな声だった。
誤魔化しも、
綺麗事もない。
だからこそ、
三人もすぐには言葉を返せなかった。
⸻
神殿の外。
雨が降り始めていた。
古びた屋根を、
静かに雨粒が叩いている。
⸻
王都の通りでは、
召喚成功の話が少しずつ広がっていた。
「今年も来てくれたんだな……」
「助かった……」
「これで少しは持ち直せる……」
そんな声が聞こえる。
だが。
誰も浮かれてはいない。
笑顔の奥に、
どこか拭えない影が残っていた。
⸻
神殿から居住区へ案内されながら、
迅が周囲を見回す。
「うわ……
家すげぇな……」
板を継ぎ足した壁。
布で塞がれた窓。
歪んだ扉。
まるで、
“壊れたものを直し続けている国”
だった。
⸻
だが。
通りを歩く子供達は、
三人を見て目を輝かせていた。
「召喚された人だ!」
「今年の人達だ!」
「お兄ちゃん達!」
無邪気に駆け寄ってくる。
迅が思わず苦笑した。
「うお、近い近い」
「ほんとにいたんだ……!」
「すげぇ……!」
小さな子供達は、
不安より好奇心が勝っているらしい。
⸻
その様子を見ていた大人達は、
どこか安心したように微笑んでいた。
けれど。
その笑顔は、
少しだけ寂しそうにも見えた。
⸻
「……変な国だな」
迅がぽつりと呟く。
「歓迎されてるのに、
なんか全員、辛そうな顔してる」
その言葉に、
案内役の女性神官が一瞬だけ黙る。
だが。
「皆、生きることに必死なのです」
そう答え、
また前を向いて歩き始めた。
⸻
雨音だけが、
静かに響いていた。




