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1章 第3話 導きの国、ミレシア

 ――鐘の音が響いていた。


 澄み渡るような、高い音。


 静かな祈りの声が、

 大聖堂の中へ溶け込んでいく。


 白い石壁。


 長い赤絨毯。


 無数の燭台に揺れる火。


 巨大な女神像の前で、

 神官達が一斉に頭を垂れていた。


「――間もなく、召喚が始まります」


 厳かな声。


 だが、

 そこに緊張はあっても、

 恐怖はなかった。


 ここは、

 ミレシア聖教国。


 人々は召喚を、

 “導き”として受け入れている。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 床に刻まれた巨大な術式が、

 ゆっくりと光を放ち始める。


 淡い白光。


 他国の召喚とは違う、

 穏やかな魔力の流れ。


「女神よ」


「迷える魂へ祝福を――」


 祈りが重なる。


 そして。


 光が静かに弾けた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……っ」


 最初に目を開けたのは、

 一人の青年だった。


 短い黒髪。


 鍛えられた体格。


 制服姿のまま、

 彼は反射的に周囲を見回す。


「……ここは」


 天音誠司。


 高校剣道部主将。


 そして、

 困っている人を放っておけない性格の青年だった。


 身体を起こす。


 隣には、

 二人の転移者。


 一人は、

 長い黒髪の少女。


 もう一人は、

 眼鏡を掛けた細身の少年だった。


「え……?」


 少女――早瀬詩音が、

 戸惑ったように声を漏らす。


「なに、ここ……」


「……」


 少年――久我蓮は、

 無言で周囲を観察していた。


 大聖堂。


 武装した騎士。


 神官達。


 空気。


 全てが、

 日本ではありえない光景だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「成功しました……!」


「今年も三名です!」


「女神の導きを……!」


 周囲から、

 安堵したような声が漏れる。


 だが。


 ルミナリアのような歓声ではない。


 グランゼルのような威圧感でもない。


 そこにあるのは、

 静かな敬意だった。


 騎士達は膝をつき、

 神官達も深く頭を下げている。


「……歓迎、されてる?」


 詩音が小さく呟く。


 誠司は答えられなかった。


 現実感がない。


 ただ、

 敵意がないことだけは分かった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 やがて。


 一人の女性神官が、

 三人の前へ進み出る。


 白い法衣。


 穏やかな微笑み。


「ようこそ、ミレシア聖教国へ」


 優しい声だった。


「皆様は、女神の導きによってこの地へ招かれました」


「……招かれた?」


 誠司が聞き返す。


「はい」


 女性は静かに頷く。


「この世界では、三年に一度、異界より魂を迎える儀式が行われています」


 転移者。


 召喚祭。


 魔物。


 スキル。


 そして、

 帰還方法は未だ見つかっていないこと。


 説明は、

 丁寧だった。


 まるで、

 混乱することを理解しているかのように。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……そんな」


 詩音の顔が青ざめる。


「帰れない、って……」


「現時点では、確認されておりません」


 女性神官は、

 申し訳なさそうに答えた。


 沈黙。


 その空気を切り替えるように、

 女性は再び微笑む。


「ですが、安心してください」


「ミレシアは、皆様を神より授かった客人として歓迎いたします」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 用意された部屋は、

 驚くほど整っていた。


 清潔な寝具。


 白を基調とした家具。


 支給された衣服。


 温かな食事。


「……すご」


 詩音が思わず漏らす。


「ホテルみたい……」


「歓迎されてるのは本当っぽいな」


 誠司も小さく息を吐く。


 一方。


 蓮だけは、

 窓の外を見ていた。


「……騎士の数、多いな」


「え?」


「巡回」


 よく見れば、

 白銀の鎧を纏った騎士達が、

 一定間隔で街を巡回している。


 治安維持だけではない。


 何かに備えている動きだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 翌朝。


 三人は神官に案内され、

 聖堂地下へ向かっていた。


 静かな石通路。


 ひんやりとした空気。


 そして最奥。


 巨大な石板が並ぶ部屋へ辿り着く。


「ここは《選定室》です」


 神官が告げた。


「皆様には、ここで力を選んでいただきます」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……力」


 誠司が呟く。


「転移者の皆様は、召喚時に適性を得ます」


「さらに、三つの祝福を授かることができます」


 祝福。


 ミレシアらしい呼び方だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「まずは、自分がどう在りたいかを考えてください」


 神官は静かに言う。


「守る者」


「支える者」


「導く者」


「皆様には、その選択権があります」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 最初に前へ出たのは、

 誠司だった。


 石板へ手を置く。


 瞬間。


 白い文字が浮かび上がる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【適性ジョブ:《聖騎士》】


【初期選択可能スキル】


・防御強化

・危険察知

・挑発

・体力向上

・精神耐性

・強撃


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……っ」


 頭へ直接、

 意味が流れ込んでくる。


 理解できる。


 どう使う力なのか。


「三つ、お選びください」


 神官が静かに促す。


 誠司は迷った。


 だが。


 脳裏に浮かんだのは、

 不安そうな詩音の顔だった。


「……防御強化」


「危険察知」


「挑発」


 光が溢れる。


「――っ!」


 身体の芯が熱い。


 呼吸が深くなる。


 立っているだけで、

 妙な安定感があった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 次に、

 詩音が石板へ触れる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【適性ジョブ:《聖歌士》】


【初期選択可能スキル】


・回復促進

・精神安定

・魔力循環

・疲労軽減

・詠唱補助

・魔力感知


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「歌……?」


 詩音が目を丸くする。


 だが、

 流れ込んでくる感覚で理解した。


 声。


 魔力。


 祈り。


 それらを繋ぐ力。


「……回復促進」


「精神安定」


「魔力循環」


 選択。


 次の瞬間。


 耳が澄んだ。


 人の呼吸。


 衣擦れ。


 遠い鐘の音。


 全部が、

 綺麗に重なって聞こえる。


「……すごい」


 思わず、

 そう漏らしていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 最後に、

 蓮が前へ出る。


 石板へ手を置いた瞬間。


 周囲の神官達が、

 わずかにざわついた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【適性ジョブ:《戒律神官》】


【初期選択可能スキル】


・気配察知

・魔力感知

・聖鎖生成

・精神耐性

・観察

・魔力阻害


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……」


 蓮は静かに目を細める。


 拘束。


 制圧。


 敵対者を止める力。


「……気配察知」


「魔力感知」


「聖鎖生成」


 光。


 そして。


 世界の輪郭が、

 一瞬だけ鮮明になる。


 人の流れ。


 魔力。


 呼吸。


 気配。


 全部が見えた気がした。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「素晴らしい適性です」


 神官が静かに言う。


「特に《聖歌士》と《戒律神官》は希少であり、対魔戦において非常に重要となります」


「……対魔戦?」


 誠司が聞き返す。


 一瞬だけ。


 神官の表情に、

 陰りが落ちた。


「……この世界には、人を襲う存在がいます」


 その言い方が、

 妙に引っかかった。


 まるで。


 “魔物”だけを指していないような。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 夜。


 三人は、

 支給された聖装束へ袖を通していた。


 誠司は白銀の軽鎧。


 詩音は純白の聖衣。


 蓮は、

 白い外套付きの法装。


「……似合ってるな、二人とも」


 誠司が苦笑する。


「そ、そうかな……」


 詩音は落ち着かなさそうに裾を握る。


 蓮は小さく息を吐いた。


「本当に、異世界なんだな」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 その頃。


 聖堂最上部。


 一人の老司祭が、

 静かに報告書を閉じる。


「今年の転移者は当たりだな」


 背後に立つ騎士が、

 低く呟く。


「北東部にて、魔族側勢力の活動が確認されています」


 短い沈黙。


「……間に合えば良いのですが」


 窓の外。


 暗い夜空を見上げながら、

 老司祭は静かに祈りを捧げた。


「女神よ」


「どうか、あの子達へ導きを――」

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