1章 第2話 鋼の国、グランゼル
――グランゼル軍事帝国。
その名は、静かに重かった。
光が消えた瞬間、空気が変わる。
冷たい石の匂い。
規則正しく並ぶ兵士の靴音。
そして、逃げ道のない空間。
「――召喚、完了」
低い声が響いた。
誰かが息を呑む音が、やけに大きく聞こえる。
石造りの巨大な召喚施設。
床には幾重にも重なった魔法陣。
その中心に立っていたのは――三人。
小鳥遊玲奈。
水瀬梓。
柊真白。
「……え」
真白の声は、震えていた。
玲奈は即座に周囲を見渡す。
兵士。
武器。
鎧。
一斉に向けられた視線。
「ここ……どこ?」
梓は言葉を出さない。
ただ、状況を“測っている”。
――安全ではない。
それだけは、理解できた。
「諸君らはグランゼル軍事帝国に召喚された」
感情のない声。
前方の男が一歩進む。
軍服の男は、彼女たちを“人”として見ていなかった。
「本日より諸君らは帝国軍属となる」
「……軍属?」
玲奈が反射的に聞き返す。
「待ってください、説明を――」
「不要だ」
即答だった。
その瞬間、空気が“決定”に変わる。
拒否は想定されていない。
ただ従う前提で世界が動いている。
「適性確認を行う」
兵士が黒い板を運んでくる。
石板。
魔力を帯びた鈍い光。
「手を置け」
短い命令。
真白の指が震える。
「れ、玲奈ちゃん……」
「……大丈夫」
そう言った玲奈の声も、少し硬い。
最初に玲奈が手を置いた。
――光が走る。
【適性ジョブ:《兵士》】
【初期選択スキル】
・強撃
・体力向上
・危険察知
・筋力向上
・集中
・持久補助
「三つ選べ」
「……これで?」
玲奈は一瞬だけ迷う。
だが時間はない。
強撃。
体力向上。
危険察知。
光が弾ける。
同時に、身体の感覚が変わる。
軽い。
いや、違う。
“ズレている”。
世界との距離が、ほんの少しだけ変わった。
「次」
兵士の声は淡々としていた。
梓が石板に触れる。
――視界が鋭くなる。
【適性ジョブ:《射手》】
【初期選択スキル】
・集中
・視覚強化
・疲労軽減
・気配察知
・器用補助
・魔力感知
「集中。視覚強化。疲労軽減」
迷いはない。
光が収束する。
周囲の“情報”だけが、異様に鮮明になる。
だが身体が追いつかない。
現実と認識が、わずかに噛み合っていない。
「次」
真白は、すでに泣きそうだった。
「むり……」
「手を置け」
命令。
逃げ道はない。
震える指先が石に触れる。
――光。
【適性ジョブ:《軽戦士》】
【初期選択スキル】
・敏捷強化
・回避補助
・短時間集中
・脚力向上
・危険察知
・持久補助
「……っ」
「はやく」
「っ……敏捷強化、回避補助、短時間集中……!」
光が弾ける。
真白の身体が揺れる。
「……なに、これ……速い……」
世界が、合わない。
自分が、自分じゃない。
⸻
「本日より訓練を開始する」
兵士はそれだけ言った。
「え?」
玲奈が顔を上げる。
「今日からだ」
「いや、待ってください!何も――」
「魔物は待たない」
短い言葉。
それで全てが終わる。
説明ではなく“現実”だった。
⸻
外へ出る。
冷たい風。
高い城壁。
遠くで響く怒号。
ここが戦場だと、誰もが理解する。
「……帰りたい」
真白の声は小さかった。
玲奈は唇を噛む。
「今は……生きることだけ考えよう」
それしか言えない。
⸻
訓練は容赦がなかった。
「構えろ!!」
木剣が投げ渡される。
重い。
だが持てないほどではない。
「遅い!!」
怒号。
衝撃。
痛み。
玲奈はすぐに理解する。
――ここは“学ぶ場所”じゃない。
“生き残る場所”だ。
真白は何度も倒れる。
梓は視線だけで状況を追うが、身体が遅れる。
玲奈は必死に前に立つ。
そして――
その夜。
三人は簡素な宿舎に放り込まれた。
硬いベッド。
沈黙。
外ではまだ兵士の声が続いている。
「怖いよ……」
真白が膝を抱える。
玲奈はしばらく黙る。
そして言った。
「でも、生きるしかない」
⸻
――その夜。
遠くの城壁が、鳴った。
低い警鐘。
「北壁付近、魔物反応!」
「ウルフ群接近!!」
窓の外で、火が揺れる。
誰もまだ知らない。
ここからが、“本当の始まり”だということを。




