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1章 第1話 ようこそ、ルミナリアへ

——冷たい。


最初にそう感じた。


頬を撫でる風が冷たい。


次に、眩しさ。


白い光が視界いっぱいに広がって、

思わず目を閉じた。


耳鳴り。


浮遊感。


胃がひっくり返るような感覚。


そして。


「……え?」


誰かの声がした。


男の声。


近い。


恐る恐る目を開ける。


そこに広がっていたのは、

見知らぬ景色だった。


石畳。


巨大な広場。


空を埋めるほどの人、人、人。


色鮮やかな旗。


聞いたことのない音楽。


漂う香辛料の匂い。


そして——。


「おおおおおおおおっ!!」


耳をつんざくような歓声。


「成功したぞ!!」


「今年も三人だ!」


「すげぇ、本当に現れた!」


「女の子いるじゃん!」


「若いなぁ!」


「今年は当たりか?」


「……は?」


頭が追いつかない。


気づけば、

自分は巨大な魔法陣の中央に立っていた。


いや、自分“たち”は。


隣を見る。


そこには、

見覚えのある制服姿の少女がいた。


茶色がかった髪。


少し派手なピアス。


長いまつ毛。


スマホを握りしめたまま、

完全に固まっている。


「……美咲?」


「え、なにこれ……」


そのさらに隣。


黒パーカー姿の男が、

口を半開きにして周囲を見回していた。


「いや待って待って待って待って、ドッキリ??」


「悠人……」


藤堂悠人。


同じ高校の二年。


クラスでも有名な、

いつもふざけてるタイプの男子だ。


そして。


俺——神崎玲司。


どこにでもいる高校二年生。


帰宅途中だったはずだった。


確か、

駅前で急に——。


「光った……?」


記憶が曖昧だ。


思い出そうとした瞬間。


「ようこそ、ルミナリア王国へ!」


大きな声が広場に響いた。


拍手。


歓声。


紙吹雪。


高台に立っていた男が、

両手を広げて笑っている。


豪華な服。


金色の装飾。


いかにも偉そうな人。


「皆様の来訪を、国を挙げて歓迎いたします!」


再び大歓声。


「いや待って無理無理無理」


悠人が半笑いで後退る。


「え、異世界系? え? マジ?」


「やば、え、うそでしょ……」


美咲も顔色が悪い。


当然だ。


俺だってそうだ。


周囲を見れば、

明らかに現代日本じゃない。


建物。


服装。


空気。


全部違う。


だけど。


観客たちは、

それを当然のように受け入れていた。


驚きも恐怖もない。


ただ、

祭りの出し物を見るみたいに、

楽しそうに笑っている。


それが逆に怖かった。


「……今年の子たち若いねぇ」


「前回はおっさんいたよな」


「今回は冒険者向きかな?」


「でも女の子細いし、戦闘無理じゃない?」


「農業系かも?」


「いや、商業向きじゃね?」


品定めするような声。


背筋が寒くなる。


すると、

高台の男の隣にいた女性が、

ゆっくり前に出た。


深緑のローブ。


優しそうな顔。


「安心してください。皆さんを脅かすつもりはありません」


落ち着いた声だった。


「ここはルミナリア王国。あなた方は『転移者』として、この国へ招かれました」


転移者。


その単語だけ、

妙にハッキリ耳に残った。


「……招かれたって、勝手に?」


悠人が引きつった笑みで言う。


周囲が少しざわついた。


だが、

ローブの女性は怒らない。


「あぁ、ごめんなさい。混乱しますよね」


その口ぶり。


慣れている。


何度も同じ説明をしてきた人の話し方だった。


「まずは落ち着ける場所へ向かいましょう。説明はそのあとで」


「帰れたり……しますか」


気づけば、

俺はそう聞いていた。


女性は少しだけ困った顔をする。


そして。


「……現状、それは確認されていません」


静かにそう答えた。


広場の歓声が、

急に遠く聞こえた気がした。



「いやいやいやいや、意味わからんって!」


案内された部屋に入った瞬間、

悠人が頭を抱えて叫んだ。


石造りの宿。


木の机。


ランタン。


まるでゲームみたいな部屋。


「異世界!? 転移!? え、俺死んだ!?」


「死んではいないらしいよ……」


美咲がソファに座り込みながら呟く。


俺も整理できていない。


説明された内容は、

あまりにも現実離れしていた。


この世界には、

数年に一度、

別世界から人間を呼ぶ“召喚祭”が存在する。


呼ばれた人間は、

転移者として各国に所属。


働くも自由。


冒険者になるも自由。


店を開くのも自由。


帰還方法は未確認。


そして。


「スキル……」


机に置かれた羊皮紙を見る。


そこには、

意味不明な文字列が浮かんでいた。


だが不思議なことに、

読める。


==========


神崎玲司

適性ジョブ:斥候/軽戦士


保有スキル

・持久走Lv2

・集中Lv1

・観察Lv1


選択可能スキル:3


==========


「なにこれ……」


「俺、“宴会芸Lv2”ってあるんだけど」


「なにそれ……」


「知らん!!」


悠人が叫ぶ。


でも、

少しだけ空気が軽くなる。


美咲も苦笑していた。


その紙には、

これまでの人生で培った技術が、

“スキル”として表示されているらしい。


そして、

転移直後だけは、

追加で三つ選べる。


「……ゲームみたい」


美咲がぽつりと呟く。


だけど。


「でも、レベル低くない?」


俺はそう思った。


Lv1。


Lv2。


低い。


あまりにも低い。


それを見透かしたように、

案内役の女性が言う。


「一般の方なら普通ですよ」


「え?」


「スキルは、長く繰り返し鍛錬することで成長します。Lv3でも十分に立派です」


その言葉で、

逆に理解してしまった。


これは、

最初から強い世界じゃない。


努力して、

積み重ねて、

ようやく生き残れる世界なんだ。


「ちなみに、戦闘職の方でも、最初の依頼で亡くなることは珍しくありません」


さらっと、

女性はそう言った。


「……え?」


「もちろん、ルミナリアは比較的安全な国です。無理に戦う必要はありませんよ」


にこやかな笑顔。


だけど。


“最初の依頼で死ぬ”


その一言だけが、

頭に残り続けた。



夜。


窓の外では、

まだ祭りが続いていた。


笑い声。


演奏。


酒場の騒ぎ声。


異世界だというのに、

あまりにも平和だった。


「……どうする?」


俺が聞く。


沈黙。


最初に口を開いたのは、

美咲だった。


「……わたし、ちょっと怖い」


小さな声。


「戦うとか、無理かも」


当然だ。


俺だってそう思う。


だが。


「でもさ」


悠人がベッドへ寝転がる。


「案外なんとかなるかもじゃね?」


「軽いな……」


「だって、もう来ちゃったし」


天井を見上げながら、

悠人が笑う。


「帰れないなら、生きるしかないじゃん」


その言葉に、

誰も反論できなかった。


外では、

祭りの花火が上がる。


異世界。


転移。


スキル。


冒険者。


何もかも現実感がない。


だけど。


ここが現実なのだと、

少しずつ理解し始めていた。


そして。


この世界では——


生き残ることそのものが、

何より難しいのだということを。

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