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第0章 プロローグ

「——今年の準備はどうだ」


静かな玉座の間に、王の声が響く。


磨き上げられた白い床。

高い天井。

並ぶ臣下たちは、どこか慣れた様子で頭を下げていた。


緊張感は薄い。


それは、この場の誰もが、

これから行われるものを“特別な出来事”だと思っていないからだ。


玉座の前に立つ男が、一礼する。


「えぇ、今年も滞りなく」


柔らかな笑み。


穏やかな声。


「各地の会場準備、術式調整、警備配置まで、全て完了しております」


「そうか」


王は満足そうに頷いた。


「では、始めるとしよう」


その瞬間。


遠くで、大きな花火が打ち上がった。


ドンッ——!


窓の外に、色鮮やかな光が広がる。


「そろそろ始まるよ!」


「早く行こうよー!」


「今年はどんな人かな!」


景色が切り替わる。


通りには屋台が並び、

甘い匂いと笑い声が溢れていた。


楽団の演奏。


走り回る子供たち。


色鮮やかな旗。


ここは、ルミナリア王国。


大陸西部に位置する、

小さく平和な国。


大きな戦争もなく、

交易と農業で安定した発展を続けている。


この国にとって、

三年に一度の『召喚祭』は、

国を挙げた娯楽行事だった。


異界より人を呼び寄せる、大陸共通儀式。


それが召喚祭。


この世界の人々にとって、

召喚は決して珍しいものではない。


「去年の転移者、宿屋で働いてるんだって!」


「パン屋になった人もいるよね!」


「今年は冒険者になる人いるかなー!」


子供たちは無邪気に笑う。


転移者がどう生きるか。


どんな人生を送るか。


それすら、

祭りの楽しみの一つとして扱われていた。


「でも前の人、森で死んじゃったんでしょ?」


「うん、難易度3の依頼だったって!」


「あー、それは運悪いね!」


「ハイアント複数隊だったらしいよ!」


「怖〜!」


それでも。


子供たちは笑っている。


悪意はない。


ただ、

遠い世界の話なのだ。


自分たちには関係のない、

どこか物語のような出来事。


だから、人々は祭りを楽しむ。


今日という日を。


今年もまた、

新しい誰かが来ることを。


――――――――――


その頃。


大陸北部。


グランゼル軍事帝国。


石造りの訓練場に、

怒号が響いていた。


「構えろ!!」


まだ召喚されてもいない誰かのために、

武器と装備が並べられていく。


「召喚直後に基礎訓練へ入れるよう調整しろ」


「はっ!」


この国にとって召喚とは、

戦力補充。


剣を扱える者。


魔法適性を持つ者。


生き残れる者。


それだけが重要だった。


壁には、

難易度別の討伐記録が貼られている。


難易度1——角兎。

難易度2——ハイアント単体。

難易度3——ハイアント複数隊。

難易度5——集落規模災害。


古びた記録の最上段。


そこには。


難易度10。


ただ、その欄だけが、

赤い線で囲われていた。


「……三年前のキング討伐戦、生還者は?」


「二名です」


「そうか」


短い沈黙。


「今回の転移者に期待しすぎるな」


「所詮、素人だ」


冷たい声だった。


――――――――――


さらに東。


宗教国家ミレシア。


巨大な聖堂に、

祈りの声が響いていた。


「導きの光が、迷える魂を照らしますように——」


揺れる蝋燭。


純白の法衣。


静かに頭を垂れる司祭たち。


この国にとって召喚とは、

神より授かる導き。


選ばれし者への祝福。


だからこそ、

彼らは敬意を持って迎え入れる。


「今年は回復適性を持つ者が来ますように」


「前回は前衛に偏っていましたからね」


穏やかな会話。


だがその奥には、

確かな打算が混じっていた。


――――――――――


南方。


乾いた風の吹く小国、バルドア。


痩せた男が、

祭壇の前で何度も頭を下げていた。


「どうか……今年こそ……」


疲弊した国。


足りない人手。


枯れた土地。


この国にとって召喚とは、

希望そのものだった。


労働力。


戦力。


知識。


何でもいい。


生き残るための“明日”が欲しかった。


「頼む……この国を……」


その声は、

祈りというより懇願に近かった。


――――――――――


そして。


そのどれとも違う場所。


光の届かない地下空間。


床に描かれた、

歪な召喚陣。


黒い布を纏った者たちが、

静かに術式を囲んでいた。


「……本当に成功するのか」


低い声。


奥に立つ魔族の男が答える。


「人間どもが長年扱ってきた術だ」


「理論は既に奪った」


「ならば、我らにも可能なはずだ」


空気が軋む。


不安定な魔力が、

空間そのものを歪めていく。


「代償は」


誰かが問う。


短い沈黙。


そして。


「……必要な分だけ払う」


それ以上、

誰も口を開かなかった。


ここには祭りも歓声もない。


ただ。


切実な焦燥だけがあった。


「始めるぞ」


赤黒い魔力が、

術式へ流れ込む。


その光は。


人々が祝福として扱う召喚とは、

どこか決定的に違っていた。


――――――――――


そして再び。


ルミナリア王国。


「始まるよー!!」


広場に歓声が響く。


巨大な召喚陣が、

ゆっくりと光を放ち始める。


人々が息を呑む。


子供たちが目を輝かせる。


そして——


光が、弾けた。


そこに立っていたのは、

三人の少年少女だった。


見慣れない服装。


戸惑う表情。


何も持たない手。


何も知らない瞳。


ただ。


この世界に呼ばれただけの存在。


「おおーっ!!」


歓声。


拍手。


祝福。


まるで英雄を迎えるような熱気。


その光景は、

どこまでも平和で。


どこまでも明るく。


——だからこそ。


ひどく、不気味だった。


そして、今年も滞りなく。


物語は、始まる。

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