7-9 ドワーフ巡邏隊
銀色の戦士たちが戦場の空気を変えた。
ドワーフ巡邏隊が突入してからというもの、先ほどまで押し寄せていた魔物の群れが、まるで枯草を刈るような勢いで削られていく。
弩砲が連続して火を噴き、着弾した場所の瘴気ごと魔物を吹き飛ばす。その轟音と閃光を後ろ盾に重装のドワーフ歩兵が雪崩れ込み、魔物を駆逐していった。
戦斧が振るわれ、大槌が叩き込まれる。槍が突き出され、そしてまた弩砲が放たれる。
一連の流れの中で魔物が次から次へと倒されていく。どれもが無駄なく洗練されていて、中型の魔物ですら一合と持たない有様だった。
「なんだありゃ……」
古参の獣人が思わず呟いた。隣の獣人も呆然とする。
「同じ魔物を相手にしてるんだよな……?」
強かった。
ただ強いだけではない。瘴気の中で戦うことを前提として磨き抜かれた技術であり、装備であり、それに基づいた戦術がそこにあった。
大海嘯地帯。それは、ドワーフ地下王国最大の汚点。
千数百年前に生じた災厄への贖罪として、責務として、彼らは代々この地を巡り続けている。何世代にも渡って、誰に命じられるでもなく自らの意思で。
巡邏隊は止まらない。魔物の討伐はすでに掃討戦へと移行していた。
魔物を追跡してグロザ達の横を、ドワーフ達が駆けていく。
「……すげぇな」 ザルグが思わず漏らした。大剣を肩へ担ぎながら苦笑する。「オレ達が必死こいてたのが馬鹿みてぇだ」
「そもそもの成り立ちが違いすぎらぁな」 グロザが鼻を鳴らす。だが、その目には安堵があった。「ま、助かったがよ」 そう言ってバルディッシュを肩へ担ぎ直す。
エストも小さく息を吐いた。張り詰めていた緊張が少しだけ緩む。
乱戦での損害はまだ確認できていないが、隊商はなんとか守れそうだ。
だが……トウジの姿だけが見当たらない。隊商の中で精霊網と取り組んでいるイリスが落ち着いているのがせめてもの救いだが、小さな不安が残ったままだ。
「ここの責任者は?」
低くよく通る声が響いた。
振り返る。
巡邏隊の一人がこちらへ歩いてくる。
重厚な甲冑に煤けた外套を羽織った小さいが頑丈そうな体躯。前面の面頬を持ち上げると、立派な髭面が現れた。年季の入った顔だった。
鋭い眼光が周囲を一瞥する。その視線がグロザで止まった。
「……あんただな?」
グロザが肩を竦める。
「一応な」
ドワーフは頷いた。
「状況を聞こう」
「大型の魔物に襲われた」 グロザが簡潔に答える。「何体も中型以下を召喚してきやがった」
「特徴は?」 ドワーフの問いに、今度はザルグが口を開いた。
「頭巾被ってたな。ボロ布みてぇな長袍着てた」 大剣を肩に担ぎながら続ける。
「体は細ぇ。だが馬鹿でけぇ」「樹皮みてぇな身体で、胸ん中に、でっけぇ魔核もあったな」
ドワーフの表情が変わる。
「……なんじゃと?」 隣にいた数人も顔を見合わせている。
「ドゥルヴァルか?」
隊長格のドワーフが眉をひそめる。
ザルグは肩を竦めた。
「知らん。初見なんでな、すまんな」
「ふむ……」
ドワーフは難しい顔になる。
その横で、別のドワーフが奇妙な機器を操作していた。金属板に刻まれた符号が淡く明滅している。
「ガルネフ」 隊長が呼ぶ。「測定は?」
「もうちょいじゃ」
ガルネフは答えながら機器を覗き込む。
「で、その魔物はどこへ行った?」
グロザが顎で稜線の向こうを示した。
「あっちに居座ってたみてぇだが」「逃げたのか?」「逃げてはねぇだろうなぁ」
「消えたみたい」
不意に声が割り込んだ。
イリスだった。
隊商の方から歩いてきている。
その場の全員がイリスを見る。
「消えたとなぜわかる?」
隊長が問う。イリスは少しだけ眉を吊り上げた。
「見てたもん」 言い切る。「説明いる?」 なぜか少し喧嘩腰だった。
ドワーフ達の視線がイリスに集まる。精霊術師だと気付いたらしい。隊長は露骨に嫌そうな顔をした。
「……いや、ええ」
面倒事の気配を察したのか、それ以上は聞かなかった。
「トレヴァン」 ガルネフが測定器から顔を上げる。「当たりじゃ」
「なに?」「励起の痕跡が出とる」
一瞬、空気が凍った。
「励起までいっとるんか?!」
トレヴァンが思わず声を荒げる。
「あぁ」 ガルネフが頷く。「そう出とる」
「いや、それはおかしいじゃろう」「言われてもなぁ」 ガルネフも困ったように髭を撫でる。
トレヴァンはしばらく黙り込んだ。そして低く唸る。「……そうか」
「励起とは?」 エストが問う。
ドワーフ達がエストに振り返る。
「瘴気の暴走じゃ」
トレヴァンが答えた。
「瘴気が活性化して周囲を巻き込み始める」
「魔物の爆発的発生」
「既存魔物の狂乱化」
「瘴気帯への連鎖反応」
そこで一度言葉を切る。
「最悪の場合……小規模ではあるが、大海嘯と変わらん災害になる」
誰も言葉を発しなかった。周囲の獣人達も固まっている。
――だが。
トレヴァンは周囲を見渡す。
隊商は残っている。損害は受けている。しかし壊滅などしていない。
「であれば」
「ここにおる全員、死んどらんとおかしいんじゃがな」
トレヴァン以外の全員が言葉を失う。
「……トウジか」
グロザがぽつりと漏らした。
ザルグが頷く。
「だろうな」
イリスも。
「たぶん」
エストも否定しなかった。
ドワーフ達だけが事情を知らずに首を傾げる。
「誰じゃそれは?」
トレヴァンが問う。
グロザが鼻を鳴らした。
「ガキが一匹」 稜線の向こうを見る。
「その魔物を追って行った」
「……何?」
今度はドワーフ達の顔色が変わった。
励起を起こした震源地へたった一人で向かった?!
その意味を、彼らは誰よりも理解していた。
ザルグを先頭に、一行は草原を進んでいた。
グロザとエスト、イリスにトレヴァン率いるドワーフ巡邏隊が続く。
この辺りの戦闘は終息している。巡邏隊のいくつかの小隊がまだ残敵掃討を行っているようだったが、そちらは問題ないとして励起の震源地へ向かっていた。
「ところで」
不意にトレヴァンが口を開く。
「なんでこんなもんがおる?」 ずびしっとイリスを指差した。
「なによ失礼ね!」 即座にイリスが噛み付く。「こんなもんとは何よ!」
「エルフじゃろうが」「見ればわかるでしょ!」
「セルレイム(千年王国王都)に籠っとるのがお似合いじゃ」
イリスのこめかみに青筋が浮いた。
「ムルドア(ドワーフ地下王国炉都)で蒸し焼きになってるよりはマシよね」
「ほう?」「なによ?」
火花が散る。
エストは思わず二人を見比べた。
エルフとドワーフの仲が悪いとは聞いていた。なるほど、想像以上だった。
グロザが頭を掻く。
「嬢ちゃん、一応、命の恩人なんだからよ」
「こいつが喧嘩売ってくるんだもん」
「売っとらん」「売ってる」「売っとらん」
エストの見立てでは、確実に売っていた。が、黙っておく。
ザルグが盛大にため息を吐く。
「お前ら元気だなぁ……」
そのまま丘を越え、さらに草原を進む。
やがて前方に複数の人影が見えた。
「お?」
ザルグが目を細める。
誰かいる。その周囲を十数人のドワーフが取り囲んでいた。
何事かと近付いていく。
そして、一同は足を止めた。
「……は?」
ザルグが間抜けな声を出す。
ドワーフの重囲の中心にいたのは――。
「トウジ!」
困り切った顔で両手を上げていた。完全に降参の姿勢だった。
頭の上では妖精が慌てたようにくるくる回っている。
「!」
トウジがこちらに気付いた。顔がぱっと明るくなる。
「副団!」 叫ぶ。「おっちゃん!」 さらに叫ぶ。「エスト! イリス!」
「助けて!!」
半泣きだった。
隊商組が全員その場に立ち尽くす。
ザルグが頭を抱えた。
「お前……なにやってんだよ……」
「俺悪くない!」
「絶対なんかやっただろ!」
トウジが必死に首を振る。手を振る。妖精が飛び回る。
「やってないって!」
重囲の外にいたドワーフの一人が咳払いをした。
「いやな」
気まずそうな顔で言う。
「こやつ、励起反応の中心付近をうろうろしとったんじゃ」
別のドワーフも頷く。
「反応値が異常な場所で平気な顔をしとる!って」
「こりゃ新種の魔物じゃ! と思ってな」
「取り囲んだ」
トウジが悲鳴を上げる。
「いきなり囲まれたんだよ!」
「そりゃ囲むじゃろ! 場所を考えェ!」
トレヴァンが怒鳴る。
「励起の震源地で平気な顔をしとる人族なんぞ見たことないわ!」
「励起って、なに?!」
「こやつ、いったい何者じゃ?!」 トレヴァンがほとほと呆れた顔で、隊商組を見回す。
イリスが吹き出した。
エストも思わず口元を押さえる。
グロザは肩を震わせている。
「ぶっ……」
「おっちゃん笑ってる!?」
「いや、笑っとらんぞ……クッ……」
完全に笑っていた。
ザルグが重囲を割って、トウジに近づく。
「ったくよぉ」
そしてトウジの頭を軽く小突いた。
「心配させんな馬鹿」
トウジは不満そうに頬を膨らませ、恨みがましい目でザルグを見上げた。
そんなトウジの目の前を、妖精がぷーんと通りすぎる。
それを見たイリスは大笑いをしはじめた。
エストはようやく肩の力を抜いた。口元には笑みがあった。
グロザは大きく息を吐く。トウジを見る目は笑っていた。
周囲ではドワーフ達が呆れたような顔をしていた。
戦いは終わった。
大海嘯の瘴気も静まり返っている。
誰もが疲れ切っていた。
それでも生きていた、守れた。
「……で?」
トレヴァンがトウジを見上げた。
「ドゥルヴァル……ここにおった魔物、どこへやった?」
全員の視線が集まった。
トウジは目を逸らした。
――説明が面倒そうだった。




