7-10 一攫千金の集落へ(第7章エピローグ)
隊商から少し離れた草原。そこに三人の獣人が横たえられていた。
傭兵団へ加わって間もない新兵達だった。
戦いの傷は残っていたが、だが、その顔は不思議と穏やかだった。
「……これだけ?」 トウジが三人を見ながら言う。
グロザが頷いた。「あぁ」 ザルグは腕を組んだまま黙っている。
「そう……」
エストが唇を噛む。
「申し訳ありま――」「その言葉はいらねぇぜ」 グロザが遮った。
エストが顔を上げる。グロザは死者達を見つめたまま続けた。
「これが俺達の仕事だ」 低い声だった。「こいつらも分かってたはずだ」
ザルグも小さく頷く。「あれだけの乱戦だ、誰が死んでもおかしくねえしな」
そしてエストを見る。
「あんたの指揮があったから、これだけで済んだとも言える」
エストは何も言えなかった。
慰めではなく、気遣いでもない。それはたぶん事実だろう。だからこそ余計に胸へ刺さる。
視線が自然と死者達へ落ちる。
もっと何か出来たのではないか。そんな考えが頭を離れない。
「言いにくいが、ここへ置いていくわけにはいかんぞ」 トレヴァンが後ろからそう告げる。
「あぁ、分かってる」
大海嘯地帯。死は終わりではない。死体は瘴気を呼ぶ。放置すれば魔物を招き、運が悪ければ新たな瘴気だまりの核になる。埋葬も、荼毘ですら、絶対の安全を保証するものではない。
しばしの沈黙のあと、グロザがエストの方を向いた。
「エスト」
名を呼ばれ、エストは顔を上げる。その顔を見ながら、グロザは穏やかに言った。
「鎮魂の祈りを、頼めるかい?」
その声はいつもの豪放な男のものではなかった。団の長として、いや、一人の傭兵として、仲間を見送ろうとする男の声だった。
「せめてモルダルまでは」 グロザが死者達へ目を向ける。「連れて行ってやりてぇ」
「……はい」 エストは小さく頷き、三人の前へ進み出た。
両手を胸の前で組む。夕暮れの風が銀髪を揺らした。
静かな祈りが草原へ広がっていく。
それは死者のための祈りであり、生き残った者達のための祈りでもあった。
隊商は出発の準備を進めていた。
荷馬車の配置を変え、荷物を積み替える。重傷者を寝かせる場所を確保し、死者達を運ぶための場所も必要だった。
商人達が慌ただしく動き回り、傭兵達もその指示に従っていた。
一攫千金を夢見る馬鹿共の集落――モルダルへ向かう準備が着々と進む。
ドワーフ巡邏隊もモルダルへ同行するらしい。どうやらそこでトウジの事情聴取を行うことにしたようだ。
考えただけで面倒そうだった。
少し離れた場所ではエストが最後の治療を行っている。
重傷者優先、軽傷者は放置。もちろんグロザの指示だった。これが灰牙のルガル流儀ということらしい。
イリスは……
「なんでそんなこともわからないの!」「説明が悪いわ!」「頭が、の間違いじゃない?」「口が悪すぎじゃ!」
ことあるごとにドワーフ達と喧嘩していた。ただ、なぜかどちらも楽しそうだった。
だから、エストももう止めようとしない。そういうものだとわかってしまった。
トウジは荷馬車の横で荷物を持ち上げる。 魔物との乱戦で崩れた積荷を元に戻していた。
木箱を持ち上げた時だった。ふと左腕が目に入る。
「あれ?」
左腕に刻まれた黒い筋。もう見慣れてしまった、それ。だが、前より薄いような気がした。
袖を捲ってしげしげと見る。
「……気のせいかな?」
見れば見るほど、よくわからなくなってきた。手を止めて、少し考え込む。
「お疲れ様です」
後ろから声がかかった。振り向くと治療が終わったのか、エストが銀髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
「エストも」 トウジが笑う。「お疲れ様」
エストも小さく笑った。そして少しだけ視線を落とす。
「……申し訳ありませんでした」
トウジが首を傾げる。
「何の話?」「三人も……」「もう~……」
トウジは少し困った顔で、首を振った。
「おっちゃんが言ってた通りだから」「エストのせいじゃないし」「みんなエストは凄かったって言ってたし」
エストは苦笑した。慰められている、トウジに……。少し複雑だった。
エストが静かに問う。
「トウジは、どう思っていますか?」
何を、とは言わない。それでもちゃんと伝わった。
「悔しいよ」
その言葉に嘘はなかった。でも、以前のような重さはない。
「でも」
少し遠くを見る。
「あいつみたいになるわけにはいかないから」
エストが首を傾げた。
「あいつ?」「あ」 トウジが固まる。「いや……ごめん……あ、え……」
慌てて言葉をつないだのがわかった。
「次はちゃんと守る!」
「……誤魔化し切れてません」
「う」
「ですが」 エストは少しだけ微笑んだ。
「ちょっぴり成長した感じですね」
「ちょっぴりって……」
トウジが不満そうな顔になる。
トウジとエストの間に、少しふんわりとした空気が流れはじめた。
「ちょっとトウジ!」
そんな中へ、勢いよくイリスがやって来た。
肩を怒らせている。その周りを三匹の妖精が飛んでいた。妖精達もどうやら全員無事だったらしい。
「この子になんかした?」
「へっ?」 トウジが固まる。「何もしてないけど?」
「嘘!」 イリスが即答する。
「この子」 妖精を指差す。「さっきから私に……」
そこで急に顔をしかめる。少し恥ずかしそうでもあった。
「『ドウシヨウ』」
「『トウジニ』」
「『トウジニ』」
「『ドウシヨウ』」
「って繰り返してるんだけど?」
「えぇぇぇぇ!?」
トウジの絶叫が響く。
一匹の妖精が慌てたように飛び回りはじめた。きらきら光っている。完全に図星の光り方だった。
「身に覚えがない!!」
「その白の切り方はおかしい!」
「いや、真っ白だから!なにもないから!」
――その時。静かな声が響いた。
「ト ウ ジ ?」
その声音は、トウジとイリスとが同時に固まるぐらいの迫力を帯びていた。
ゆっくりと振り返る。
エストの笑顔がそこにあった。とても綺麗な笑顔だった。ただ、なぜか周囲の空気がキンキンに冷えてはいたが。
「は、はい」
「どういうこと、でしょうか?」
大海嘯地帯の瘴気すら震えた気がした。
トウジは助けを求めて周囲を見る。
グロザは笑っている。
ザルグは吹き出している。
イリスは楽しくてしょうがないって顔をしている。
誰も助けてくれそうになかった。
長い戦いは終わった。
だが。
トウジの受難は、まだ始まったばかりだった。




