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7-2 交易

 交易はその日のうちに始まった。


 村の中央広場が大活躍だった。隊商から荷が降ろされ所せましと並べられていく。


 鉄材、塩、布地、干し肉や穀物、酒、香辛料、紙そして書籍。外縁では手に入りにくい生活必需品ばかりだった。


 一方、村側からも村人総出で品を運び出して、こちらも負けじと広場に並べる。


 その品々を見て、エストは目を瞬かせた。「……え?」 思わず声が漏れる。


 籠の中に積まれているのは薬草だった。ただの薬草ではなく、王都では高値で取引される高級品ばかり。


「星灯草……?」 淡く青白い光を放つ葉。治癒薬の材料として有名な希少な薬草だ。それが大量に積まれている。


 その隣には、灰葉草。灰色の葉を持つ解毒薬の原料。更に、「霧花……」 神殿向け浄化薬の素材。王都なら一輪で銀貨数枚はする。それらの貴重品が当たり前のように籠へ山積みになっていた。


 村の子供達が「これも持ってくー?」「それ霧花だから丁寧にな」 そんな会話をしている。


 エストは遠い目になった。「……まるで宝物庫ですね」「そうなの?」 トウジが首を傾げる。


 真顔で周囲を見回していたシュクリが、いきなりトウジの足を蹴る。「いたっ!」 なにすんの? とでも言いたい目線でシュクリを見下ろす。


「勉強、不足!」 耳がぴくぴく動き、尾も揺れている。


「シュクリ?」「目、節穴」「俺?」


 薬草だけではない。広場の隅には、巨大な牙、磨かれた角、加工前の魔獣の皮。更には精霊木材まで積み上げられている。


「お宝、山盛」「そんなに」「ん、二人五年、遊べる」


 その様子を見ていたグロザが笑う。「無頓着にも程があらぁなぁ」「ん」「えぇぇ……」


 そんなやり取りをしながら荷の積み下ろしを眺めているとエストがなにかに気付いた。


「ここが終点ではないのですか?」 グロザを見上げた。


「あん?」「荷を残してますね」 グロザは少し感心したように頷く。「本番はこれからだからな」「これから?」 トウジが聞き返す。


 グロザは西に向かって顎をしゃくった。その方向には、見慣れた光の帯がある。


「大海嘯――」 ニヤリと笑う。「の際の集落まで行く」


 その言葉に、周囲の村人達も反応する。「ああ……」「あそこか」


「集落……ですか?」 少し怪訝なエスト。「一攫千金狙う阿呆共がな、いるんだよ」 グロザの少し後ろにいる副団長が肩を竦めた。「瘴気だらけ、やべぇ魔物だらけ」


「でも儲かる」 グロザが笑う。


「何があるの?」 イリスが興味津々という態度を隠さず尋ねる。副団長がにやりと笑う。


「瘴晶」


 イリスの耳がぴくりと動いた。


「大海嘯地帯じゃなきゃ取れねぇシロモノってやつで、他にも貴重な鉱石に結晶やいろいろだ」


 グロザが続ける。「ギルドの高難易度指定収集品っていやぁ、わかんだろう?」 シュクリが頷く。


 エストが納得したように頷く。「だから灰牙のルガルが出張ってきた、ということですか」


「そういうことだ」 グロザが笑う。


「行く!」 全員が振り返る。「行く!」 もう一回言った。目が輝いている。もう興味しか顔に浮かんでいない。エストが額を押さえる。「やっぱり……」


「だって大海嘯地帯だよ?」「瘴晶だよ?」「滅多に行ける場所じゃないんだよ?!」「ですよね、知っています」 エストの深いため息が聞こえる。


 イリスはもう聞いていなかった。


 くるり。トウジへ向く。「行こう!」 満面の笑み。完全に決定事項だった。


 トウジは少し考えて、隣を見る。「シュクリ」「ん」「行く?」


 シュクリは答えなかった。代わりに、少し離れた場所を見る。


 村の子供達が集まって、交易の様子をわいわい言いながら見ていた。


 最近のシュクリは、暇さえあれば子供達と一緒だった。森の歩き方、隠れ方、罠の見つけ方、短刀の扱い方、色々教えている。


 シュクリは頷く。「私、残る」


 イリスが目を丸くする。「あれ? どうして?」」


「いろいろ、ある」 子供達の方を見る。


 トウジが笑う。「分かった、じゃあ行ってくる」


 シュクリはトウジを見上げて、ぽつりと言った。


「お土産、お宝、よろ」 真剣だった。これだけは外せない、そう目が語っていた。


「ブレねぇ!」


 周りから笑い声が上がった。シュクリは、さも不思議そうに首を傾げた。




 交易は滞りなく終わった。


 その後で広場で開かれた宴も、いつもより早くお開きになる。隊商はまだ旅程の半ば。酒に潰れるような馬鹿はいない。


 ――夜。


 村外れの焚火の周りに、灰牙のルガルの幹部達が輪になって座っていた。


 火の上では肉が焼かれている。酒瓶が回る。誰かが笑う。誰かが黙る。騒ぐわけではない。静かに酒を楽しむ大人達の時間だった。


 トウジとシュクリもその輪に混ざっている。


 グロザが酒を呷りながら言った。


「おめーらがここに居るってことは」 赤い瞳が二人へ向く。「ナグルにゃもう行ったってことかい?」「うん」「ん」 二人が頷く。


「そうかい」


 グロザは焚火へ薪を放り込んだ。火の粉が舞う。


「で、どうだったよ」 少しだけ目を細める。「聖環院の望楼からの眺めはよ」


「聞いてた話と随分違ってるんだなって」「ん」 シュクリも頷く。


 グロザは笑った。「がはははは!」「それが分かっただけでもめっけもんだなぁ」


 副団長も酒を揺らしながら頷いた。


「大抵の奴ぁ、聞いた話をそのまま信じちまうからな。なんで自分で見ようとしねぇかねぇ」


 トウジは焚火を見つめる。炎が揺れていた。


「でもさ」「ん?」「本当のことなんて分からないもんだね」


 グロザは酒瓶を口元で止めた。


「そうさなぁ、記憶と記録、あと自分次第ってな」 ――ごくり。酒を飲み干す。


「でもよ、知ろうとしなきゃどうにもなんねぇぜ?」 牙を見せて笑った。「うん」 トウジは頷く。


 グロザは今度はシュクリを見る。「おまえさんはどうだった?」


 シュクリは、しばらく焚火を見つめていた。


「保留」 ぽつりと零した。


「ん?」 グロザが首を傾げる。


 シュクリは珍しく獣人語へ切り替えた。


『良いとか悪いとか、まだ分からない。でも、戻ったら古老たちに話を聞いてみる』


 焚火の向こうでグロザの目が少し細くなる。副団長も嬉しそうに笑った。


『そうかい』『そうかい』


 シュクリは肩を竦める。『聞くだけだよ』『それで十分だ』 グロザは頷いた。


 その様子を見ながら、トウジだけがぽかんとしていた。


「……シュクリ」「ん」「獣人語喋れたの?」


 周囲が吹き出した。副団長が腹を抱える。「お前のよっかは、全然まともだよ!」


「だって聞いたことなかった」「使わ、ない」 シュクリが答える。「なんで?」「不必要」


 それもそうだった。普段は西方域の共通語で済んでいる。


 トウジは妙に感心した。「へぇ……」「今へぇって言ったぞこいつ」「本当に知らなかったんだな」 再び笑いが起きる。


 その空気が落ち着いた頃。副団長がトウジを見る。


「そういや」「ん?」「大海嘯地帯は初めてか?」「うん」「うちに居た頃ゃ出張らなかったか?」「行ってないよ」


 外縁周辺は回った。だが大海嘯地帯には行っていない。


「そうか」


 副団長は酒を置く。少し真面目な顔になった。


「くれぐれも言っとく」「うん」「無茶すんな?」「えぇぇ」


 副団長が呆れる。


「その反応だよ……変わってねぇらしいじゃねーか」 チラリとグロザを見る。「ん」 シュクリが頷いた。


「シュクリ?」「なに?」「そんなことないよね?!」 シュクリがふっと笑った。「えぇぇ」


「こりゃダメだな」「変わってねぇな」「気ぃつけとくか」 周囲の幹部達までが頷き始めた。


 トウジだけが納得していない。


 副団長が肩を竦める。「頼むからよ、お手やわらかに、な」 幹部が全員、うんうんと頷く。「えぇぇ」


 その様子を見ていたグロザが、がははははっと豪快に笑う。


「まぁ」 酒瓶を掲げる。「トウジだからなぁ」 ニヤリ。昔と変わらない笑みだった。


 焚火がぱちりと爆ぜる。


 夜空には星。笑い声。酒の匂い。そして、懐かしい時間だけが外縁の村に流れていた。

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