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6-7 即応隊


 旅の疲れもあった。


 宴はまだまだ続いていたが、トウジ達は早めに引き上げることになった。


 祭祀施設の一角に用意された客間。板張りの床に敷かれた寝具へ身体を沈める。


 外からはまだ笑い声が聞こえていた。広場では宴が続いているらしい。ただし、昼間のような大騒ぎではない。


 見張りを終えた者。巡邏から戻った者。夜番へ出る前の者。そんな人達が入れ替わりながら火を囲んでいた。


 外縁では誰かが働いている。だから誰かが休める。昔から変わらないやり方だった。


 トウジはそれを聞きながら目を閉じる。


 久しぶりに帰ってきた村。懐かしい匂い。懐かしい声。それだけで不思議と眠気が強かった。


 意識が沈む。




 ――ゴォン。


 重い音が夜を震わせる。


 トウジは跳ね起きた。頭が覚醒する。聞き間違えようもない、鐘楼の警鐘だった。


 再び鳴る。ゴォン。ゴォン。一定の間隔。続いて、短く、さらに短く。


 トウジは上着を引っ掴みながら耳を澄ませた。


「二音――二音――三音――四音――」


 そこで一度切れる。――早い三連。ゴン、ゴン、ゴン。


「白牙?」 自然と口から出た。


 たぶん符合が変わっている。


 服を着、剣帯を締める。剣を取った時だった。


 戸が開いた。


「トウジ」 カリンだった。既に完全武装だ。


「出れるか?」「いけるよ、ねーちゃん」


 即答すると、カリンがニヤリと笑う。


「さすがだ」


 二人は連れ立って廊下へ出る。足早に広場へ向かう。


「どこの村?」 歩きながら問う。「白牙村、村の北に群れだ」


「白牙か」 トウジが頷く。「近いね」「ああ」


 カリンも頷く。


「モグルとムグルは偵察に出した。即応隊で出る」「わかった」


 広場へ出ると、既に十数人が集まっていた。人族と獣人族。皆、戦装束だった。


 その中に、一台の大八車があった。


「?」 トウジが首を傾げる。カリンが笑った。


「巫女を一人連れて行く」「巫女?」「最近は浄化も現場でやる」「ああ」


「トウジ」 聞き慣れた声がした。シュクリだった。もちろん完全武装。


 その後ろからエストも現れる。旅装の上へ軽装鎧を付けていた。


「近くの村で魔物の群れらしい」「いける」 シュクリが頷く。「私も行きます」 エストも即答だった。


「ありがとう」 トウジが礼を言う。


「あんた」 カリンがエストに話しかけた。「はい?」「昨日、瘴気弾いてただろ」「ええ」「浄化は?」「できます、けど……」


 カリンが満面の笑みを浮かべた。「上等!」


 嫌な予感がした。


「アレに乗ってくれ」 大八車を指差す。


「え?」 エストが固まった。「え?」 もう一度見る。大八車だった。


「いや、でも私は……」


「しばらく走る。浄化担当を疲れさせる訳にはいかねぇ」


「いや、その……」「乗れ」「……はい」 負けた。エストは渋々と大八車へ乗り込む。周囲の即応隊の全員が満足そうに頷いていた。


 トウジはエストと目を合わさないようにしていた。「……忘れません、から……」 エストが小さく呟いた。シュクリがトウジへ視線を向けた。


 広場の奥からエイラが近づいてくる。その隣には白い祭祀装束の若い巫女が付き、その上を――ふわり。夜風に乗るように小さな光、妖精達が飛んでいた。


「それじゃ、いってくるぜ、里親様!」 カリンがエイラを振り返り告げた。


 エイラは微笑みながら頷いた。「みなさん、お気をつけて」


 若い巫女が大八車へ乗り込む。


 それを合図に、即応隊が動き出した、夜の森へ向けて。




 鐘の音はすでに止んでいる。


 代わりに響くのは、街道を踏みしめる速足の音だった。


 森の上空には淡い光が漂い、遠く西の大海嘯地帯の方角には、薄く発光する帯が地平線を横切っていた。森のあちこちにも、色とりどりの小さな発光域が散っている。


 夜の外縁は暗闇だけではない。星空が地上へ降りたように、無数の光が森の中へ散らばっていた。


 その中を即応隊は駆ける。


 先頭はカリン。その後ろをトウジとシュクリ。さらに即応隊の村人達と――。


 がたん。「うっ」 がたがた。「ぅっ」 がたん。「っ……」


 大八車の荷台には藁束や毛皮が詰め込まれている。多少なりとも衝撃を和らげるためなのだろう。だが、所詮は気休めだった。森道の凹凸が容赦なく身体へ伝わってくる。


「い、いつもこれに……?」 顔色を失いつつも、必死に姿勢を保とうとするエストが尋ねる。


 向かいへ座る若い巫女は静かに答えた。「慣れです」


 光を失った死んだ目をしていた。


「慣れるんですか、これ……」「慣れます」


 その頭上を二匹の妖精が楽しそうに飛び回っている。こちらの苦労など知ったことではないらしい。


 がたん。「ひゃっ」 大きく跳ね、エストが荷台へ頭をぶつけそうになった。


 トウジは思わず目を逸らした。「災難」 隣を走るシュクリがぽつりと呟く。「誰か代わって……」 エストが半泣きだった。


 即応隊は夜の森を駆けていく。




 トウジ達即応隊を見送ったエイラは、祭祀場へ戻った。


 戸を開く。祭祀場の中は静かだった。


 中央には祭壇。その奥には守り木たる大樹の幹があった。


 建物を建てる際に切り離したのではない。大樹そのものを抱き込むように祭祀場が造られている。長い年月を生きた樹皮が、薄暗い室内で静かな存在感を放っていた。


 その祭壇の前で、イリスが両膝をついている。祈りを捧げるような姿勢だった。


 両手を胸の前で重ね、目を閉じ、全身から淡い光を放っている――精霊魔法。だが、それは戦闘時のものとは違った。穏やかで、静かで、まるで呼吸をするような魔法だった。


 イリスから流れ出た光が祭壇を通り、大樹の幹へ吸い込まれていく。そして、森全体へ広がっていく。


「イリス、どう?」 エイラが問いかける。


 イリスはゆっくりと目を開いた。その碧眼には驚きがあった。


「すごいです、エイラ」


 素直な感嘆だった。


「外縁の森が手に取るようにわかる」


 視界の向こうに、精霊達の感覚が流れ込んでくる。


 森。川。獣。風。夜を飛ぶ妖精達。まるで森そのものへ意識を繋いでいるようだった。


 エイラが嬉しそうに笑う。


「うふふ。あなたにそう言ってもらえると嬉しいわね」


「本当にすごい……」 イリスは改めて感嘆する。


「ところどころ空白があります」


 イリスが眉を寄せる。森の中に穴がある。この精霊網でも認識できない場所。ぼやける場所。


「瘴気溜まりよ」 エイラが答えた。「精霊域への接続を阻害するの」


「ああ……」 イリスは納得する。昨日の失敗が脳裏をよぎった。「あれがそうだったんですね」


「しばらく任せても大丈夫そう?」「もちろんです」 イリスは微笑んだ。「思ったより負荷がありません」


 周囲を舞う小さな光へ視線を向ける。数匹の妖精が大樹の周囲を飛び回っていた。


「妖精達の補助もしっかりしていますから」


 その言葉に、妖精達が得意げにくるりと回った。


 エイラは小さく笑う。「そう。なら安心ね」


 夜の森にトウジ達の即応隊が走り、祭祀場では妖精達が舞う。


 外縁の夜明けは、まだ遠かった。




 一刻ばかり走った頃だった。


 森の空気が変わった。夜風に混じって、薄墨色の靄が木々の間を漂い始めた。


「瘴気か」 カリンが低く呟く。


 即応隊の足が自然と速まる。大八車を引いていた獣人達も、地面を蹴る力を強めた。


 トウジは、まとわりつくような甘ったるい匂いに鼻の皺を深くしていた。


 左右からスッと二つの影が寄ってくる。ムグルとモグルだった。


「状況は?」 即応隊に停止の合図を送りながらカリンが問う。


 先行していた斥候組は呼吸一つ乱していない。


「少し押し込まれ気味です」 ムグルが答える。「でも、まだ持ってます」 モグルが続ける。


「村の柵は抜かれてません」「被害は?」「負傷は何人か」「死者は?」「確認してません」


 カリンが頷く。「上等」 獰猛な笑みが浮かぶ。「横っ面はっ倒すぞ」 そう言って肩に担いだ戦斧を軽く持ち直した。


「先陣は――」 カリンが周囲を見回した。


「オレ」 戦斧を肩で弾く。「トウジ」「うん」「ちっこいの」「ちっこく、ない」 シュクリの反論は空気を揺らしただけだった。「ムグル」「あいよ」「モグル」「うっす」


 カリンが振り返る。「あとは車を護衛しつつ後衛だ」


 全員が頷いた。


 トウジが小さく何かを呟く。聞き慣れない響き――精霊語。


 ふわり。頭上を飛んでいた妖精の一匹が、くるりと回転し、真っ直ぐトウジの肩へ降りてきた。ぴたり。まるでそこが定位置かのように張り付く。


 ムグルとモグルが感心したように「すげぇ」 妖精はなかなかに気難しい。カリンが心底うれしそうに笑う。「ほしい」 シュクリの本音が漏れる。


 妖精は得意そうに胸を張った。小さい。だが妙に偉そうだった。


「行くぞ!」 カリンが叫ぶ。先陣組が一斉に加速した。地面を蹴る。木々が流れる。瘴気が濃くなる。


 遠くに、魔物の咆哮が聞こえた。鐘の音。そして人の怒声。


 白牙村はまだ戦っている。


「間に合えよ」 トウジが小さく呟く。


 夜の森を、五人の影が矢のように駆け抜けていった。

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