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6-6 トウジ祭り

 ひとしきり笑いが収まった頃。


 エイラが改めてトウジへ視線を向けた。


「それで、今回、帰ってきたのは?」 穏やかな声だった。


「あ、えーっと……」


 トウジが言葉に詰まり、隣のイリスを見る。助けて、という視線だった。


「わたし?」「うん」「うん、じゃない」 ため息を一つして、イリスは肩をすくめた。


千年王国(フェイルアークからの依頼です」


 エイラが微笑む。「そう」


「どうしてもトウジの出自を知りたい、という話になりまして」


「そう」 やはり驚く様子はない。むしろ少し楽しそうだった。


「エイラは最初から分かってたの?」 イリスが尋ねる。


 エイラはくすりと笑った。


「そうね。この子、変でしょう?」「里親様!?」


「変です」 エストが静かに頷いた。シュクリも頷いた。「変」


「えぇぇ……」


 部屋に笑いが広がる。


 エイラは楽しそうに続けた。


「だから、いつかこうなると思っていたの」


「どういう理屈ですか……」「なんとなく」「理不尽だ」 トウジが肩を落とす。


 そんな様子を眺めながら、エイラが話題を変えた。


「ねぇトウジ」「はい」「村、立派になったでしょう?」


「あ、それは本当に」 トウジが真面目な顔になる。「びっくりしました」


 防護柵。見張り台。家々。どれも記憶の中の村より立派だった。


「全部あなたのおかげね」 エイラが微笑む。「本当にありがとう」


「――え?」 トウジが固まった。


 今度は本気で分からない顔だった。「いったいどういう……?」


 エイラが小さく首を傾げる。その反応は予想外だったらしい。


「この村だけじゃないのだけれど」 ゆっくり続ける。「近隣の村にも分けているのだけれど……」 さらに怪訝そうな顔になる。「あら?」


「え、えぇ……?」 トウジも困惑していた。全く心当たりがない。


 エストが口を開いた。


「トウジが、この村へ何かしているのですか?」


「ええ」 エイラは頷く。「トウジの名前で金子が届いていたから、この子が送ってくれているとばかり」


 部屋が静まった。


 全員の視線がトウジへ集まる。本人だけが分かっていない。「いや、本当に心当たりが……」


 しばらく考え込んでいたエストが、ふと顔を上げた。


「トウジ」「うん?」「そういえば、魔物討伐の報酬はどうなっていますか?」「報酬?」「西方連合からの報酬です」


 エストが指を折る。


「首魁討伐」「うん」「それ以前の魔物の討伐」「うん」「王国から論功行賞」「うん」


 シュクリが続ける。


「北方探査」「うん」「依頼掲示板」「うん」


「かなりの額になっていると思うのですが」「思う」


 トウジの顔が曇る。「え?」


「生活費は?」「もらってるよ?」「どのように?」「どのように……って……」


 トウジの反応の薄さに、エストが嫌な顔をする。


「もしかして、定額おこづかいですか?」「うん」 エストが額を押さえた。


「トウジ」「はい」「あなたのお金を管理しているのは誰ですか?」


「お金……」 考える。「前は老師」「はい」「今はギルド」「はい」「かな」


 エストが天井を見た。イリスが吹き出す。シュクリが小さく頷く。エイラも全てを理解したらしい。


「ああ……」 全員の声が重なった。


「え?」 トウジだけが分からない。「え?」


「なんかまずかった?」


「まずいどころではありません!」 エストの声が響く。「トウジはお金に無頓着すぎます!」


「ごめんなさい!」 反射的に謝った。「――あ」


「そういえば昔、老師に相談したことあった」 トウジが思い出しながら話を続ける。「報酬どうするかって聞かれて」


「アイラ村へ送れませんかね、って言ったことが……」


「……」「……」「……」「え?」 トウジが周囲を見る。全員が飽きれたようにトウジを見ていた。


「老師?」 エイラが口を開く。


「魔法士の方です。ここを出た後のトウジが師事していました」


「ヴァルグレイよね、いろいろと伝手はありそうね」 イリスが苦笑しながら答えた。


「じゃあギルドは?」 エストが尋ねる。


 トウジは少し考えた。「たぶんオルドさんかな」「オルドが?」「俺に任せとけ、って言ってたし」


 エストはゆっくり目を閉じた。


「……」 トウジだけがまだ分かっていなかった。「だから?」


 エストが深く息を吸う。


「だから、あなたはもっと自分のお金にも興味を持ってください。とっても重要なことです!」


「えぇぇ……」


 部屋に再び笑いが広がった。


 エイラはトウジを見つめ、小さく息を吐いた。


「あなたらしいわね」「?」 


 エイラは微笑む。


「この村のことを忘れないでいてくれたこと、本当に感謝しているの」


 外から、祭りの準備をする村人達の喧騒が聞こえてくる。


「前なら、あんなことできなかったですものね」


 確かにそうだった。


 食べ物はいつも足りなく、その日を暮らすことばかり考えていた。


「この村だけじゃないのよ」 エイラは静かに続ける。「周りの村も、ずいぶん楽になったわ」


 少しずつ、何年もかけて整えられてきて今があった。


「だからね」 エイラは優しく笑った。「もう十分なの」


「え?」 トウジが首を傾げる。


「今まで本当にありがとう」 その声音には感謝と、ほんの少しの申し訳なさがあった。


「これからは、自分のために使いなさい」


「自分のため……」 トウジは困った顔をした。


 その反応にエストが額を押さえる。「その顔をすると思いました」「するよねぇ」 イリスも頷く。シュクリも頷いた。「する」


「なんでみんなして」 トウジが抗議する。だが誰もが素知らぬ顔だ。


 エイラはくすくす笑った。


「イリス」「はい」「あなたは、トウジの出自を知りたいのでしょう?」


 イリスは静かに頷く。エイラは少し考えた。


「その答えは、ここにはないわ」


「でも」


 外の喧騒の中に、はしゃぐ子供達も聞こえてくる。


「この子が育った場所はここなの」


 イリスは黙って聞いていた。


「だから」 エイラは微笑む。「よく見ていってね」


 イリスも小さく笑った。


「はい」 短い返事だった。



 静かな祭祀の板間に どぉん、と何かが倒れる音が響いてきた。


「肉持ってこーい!」「酒が足りねぇぞ!」「それオレの席だ!」「知らねぇ!」


 建物の外から怒号のような歓声が響く。


 エイラがため息混じりに笑う。「待ちきれなかったみたいね」


 ばんっ! 勢いよく板戸が開いた。


「里親様ぁ!」 飛び込んできたのはカリンだった。顔が赤い。まだ始まっていないはずなのにもう赤い。


「準備終わったぞ!」「早いわね」「終わらせた!」 どうだとばかりに豊満な胸を張る。


「トウジ! ほれ行くぞ!」 びしっと指を突きつける。「主役がいねぇと話になんねぇ!」


 外から合唱の声が聞こえる。


「トウジ!」「トウジ!」「トウジ!」


 トウジは思いっきり引いていた。


「帰ろうかな……」「帰ってきたばっかじゃねか!」 カリンの突っ込みが飛んだ。


 イリスが腹を抱えて笑う。「人気者だねぇ」 シュクリも頷く。「大人気」


「他人事だと思って……」


「おっし! 行くぞトウジ! みんながお待ちかねだ!!」



 祭祀の建物を出た途端に熱気が押し寄せてきた。


 広場のあちこちに篝火が焚かれ、大鍋からは湯気が立ち上っている。獣人達が丸焼きにした肉を運び、人族の女達が忙しなく皿を並べていた。子供達は広場を走り回り、男達は樽を転がしている。


「酒持ってこい!」「そっちはもう空だ!」「焼けたぞー!」「まだ食うのかお前!」


 広場は完全にできあがっていた。


「……なにこれ」 思わず本音が漏れる。隣でイリスが吹き出した。「歓迎されてるねぇ」「歓迎の域を超えてません?」 エストも苦笑する。


 シュクリは既に子供達へ捕まっていた。どうやらシュクリはアイラ村の子供達の英雄になったみたいだった。


「トウジ!」 誰かが肩を叩いた。


 振り返ると見覚えのある顔だった。「あ~」 だが、名前は思い出せない。「覚えてねぇってか!」「ごめん」「気にすんな!」 豪快に笑いながら、大樹を背景にした主賓の席へ、トウジを誘う。


 「お前が送ってくれた金で、柵が直せた!」「え?」「魔物が来てもびくともしなかったぞ!」


 と、盃をトウジに渡していると、そこへ別の男が酒を持って割り込んだ。「見張り台に倉庫もな!」


 村人達が次々に集まってくる。トウジの周りはあっという間に酒と料理で一杯になる。


「井戸と水路も直せたぜ!」「娘が嫁に行けた!」「それ関係あるか!?」「ある!」 あるらしい。


「いや……」


 トウジは何を言えばいいのか分からなかった。ただ、周りを見回すとみんな笑っていた。昔よりもずっと、ずっと明るく。


「だから今日は飲め!」 カリンが乱入してきた。樽を抱えている。


「いや飲めないって」「飲め!」「……いや、お酒はちょっと……」 王都の嫌な思い出が蘇る。


「なにぉ~!」 カリンの目が据わっていた。「オレの酒が飲めねぇってか!」 絡み酒だった。


 周囲が、何が面白かったのか大爆笑する。


 イリスも腹を抱えて笑っていた。「なんかもう英雄凱旋だね」 ちゃっかり料理とお酒を口にしてご満悦な様子だった。


「英雄というより……」 エストが広場を見回す。


 誰もかれもが楽しそうだった。

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