6-4 義姉
「ムグル! モグル! ちゃっちゃと片付けるよ!」
大柄な女が怒鳴るように指示を飛ばした。その声と同時に、巨大な戦斧が横薙ぎに振るわれる。瘴気ごと魔物が両断された。
「あいよ!」「うっす!」 二人の獣人が左右へ散る。曲刀が閃く。戦い方がシュクリと似ている。だがもっと重く、もっと速い。振るうたびに魔物が吹き飛び、包囲がみるみる削られていく。やがて、魔物達は森の奥へと駆逐されていった。
女は戦斧を肩へ担ぎ直すと、トウジを振り返った。「遅れてすまないね。無事かい?」「うん。助かったよ、ありがとう」 トウジが軽く頭を下げる。だがなぜか口元が妙だった。笑いを堪えているような、そんな顔だった。
「?」 女が首を傾げた、その時。
「姉さん!」 前方から緊張した声が飛ぶ。
イリスとエストも、はっとしたように森の奥を見た。
瘴気溜まりの奥で大地が震えた。低い咆哮。樹木が揺れる。
何か大きなものがこちらへ向かってくる。
「出るもんが出たね!」 女が獰猛に笑った。戦斧を肩へ担ぎ直す。
「ムグル! モグル! 分かってんだろうね!」「持っていきます!」
「あんた、ちょっと脇へどいとくれ!」「了解」 トウジが素直に一歩退く。
その直後、森を突き破るように中型の魔物が飛び出してきた。
獣人の一人が前を走る。追われている。もう一人が並走していた。
そして、魔物が女の前へ転び出ようとした直前に曲刀が閃いた。
魔物の脚へ傷が走る。
「ばか! 早いよ!」
足止めが早すぎた。そのままでは魔物が手前で暴れ、戦斧の間合いへ入らない。
トウジが動いた。
一足。暴れ回る魔物の真正面へ飛び込む――突き。剣先が魔物へ食い込んだ。魔物の動きが一瞬止まる。
トウジはそのまま後ろへ飛び退いた。
片膝をつき、背中を差し出す。
女は目を見開いた。「そういうことかい!」
一歩で背中へ足を掛け、跳んだ。
戦斧を振りかぶったまま、中型の魔物の頭上へ。
「喰らいなッ!」 戦斧が振り下ろされた――轟音。
真っ二つだった。頭から胴まで、豪快に断ち割られた魔物は、断末魔を上げる暇もなく崩れる。瘴気となって、黒い霧となって、森の中へ溶けていった。
「決まったねぇ」 イリスが感心したように言う。「打ち合わせなし……」 エストの呆れた声 「ほらまた~だねぇ」 イリスがくやしそうに笑った。
どうやら、瘴気溜まりの魔物は今ので打ち止めらしかった。周囲へ気配を探ってみても、新たな魔物の反応はない。
ただし、瘴気そのものは残っている。薄墨色の靄はまだ森の低い位置を漂い続けていた。
「ひとまず外へ出るよ!」 女の号令で、全員が瘴気溜まりの外へ移動した。
ようやく緊張が解ける。
エストも結界術式を解除し、小さく息を吐いた。
「……ねーちゃん、ちょっと太った?」
トウジが、女に向かって突然言い放った。何の前触れもなく、何の予告もなく言い放った。
場が凍った。完璧に凍った。
ムグルとモグルの顔色が、一瞬で変わる。「あっ」「終わった」 二人が同時に呟いた。
イリスはぽかんとした。
エストもぽかんとした。
そして――今のは、絶対に言ってはいけないやつだ!!
「ト、トウジ……?」 エストの声が震える。
そのトウジは、女を見ていた。いつもの表情だった。
女は固まっている。笑顔ではない。無表情でもない。額に青筋が浮いている。
戦斧を握る手から、ぎりぎりと嫌な音が聞こえた。
「てめぇ……」 低い声だった。「どういう了見で今それを言った?」
――殺気。明らかに魔物より怖い。
エストが一歩下がった。イリスも下がった。ムグルとモグルはもっと下がった。
当のトウジだけが平然としている。
「カリンねーちゃん、久しぶり」 にかっと笑う。
トウジのその表情を見て、カリンの顔が幾重にも変化した。
鬼の形相から、困惑の表情に変わり、思案する表情が浮き、一瞬だけ驚愕に染まり、顔全体がくしゃりと歪む。
それら全部が一瞬で駆け抜けた。
「……トウジ?」 小さな声だった。今にも消え入りそうな、乙女のような声。
「うん」 トウジが頷く。
沈黙。
一拍。
二拍。
三拍。
「…………トォジィ!!」 絶叫が爆発した。
カリンが飛び付いた。
「うわっ!?」
逞しい腕が回る。豊かな胸ごと抱き締められる。
ぎゅうううううううっ。
「生きてたぁぁぁ!!」「ぐえっ」「トウジだぁぁぁ!!」「ちょ、苦しい!」「うるさいっ!」「理不尽!」
トウジがじたばたする。だがびくともしない。
カリンは泣いていた。笑いながら、泣きながら、力いっぱい抱き締めていた。
その様子を見て、エストとイリスは顔を見合わせる。
「……知り合いでしたね」「みたいだね」「でも、太ったは余計だったと思います」「うん、それはそう」
ムグルとモグルが安堵したようにその場へ座り込んでいた。「助かった……」「生き延びた……」
いつの間にか逃げていた妖精達も戻ってきて、二人の周りをふわふわと飛んでいた。
トウジは荷物を回収しに戻っていった。道端に放り出したままになっている。
「オレらも行く」「ついでに運びます」 ムグルとモグルも後を追った。
残されたのはイリスとエスト、そしてカリンだった。
しばらく沈黙が続く。戦いの熱気も少しずつ冷めていった。
「カリンさんは……」 エストが口を開く。「ん?」「トウジとは昔からのお知り合いなんですか?」
カリンは鼻を鳴らした。「カリンでいいよ」「では、カリンさん」「カリンでいいって言ってるだろ」「……カリン」
ようやく満足したらしい。うんうん、と頷く。
その様子を見て、イリスがくすりと笑った。
「じゃあカリン。トウジとは小さい頃からの付き合い?」
カリンの表情が少しだけ曇った。
「……あいつ、何にも話してないのかい?」「え?」 イリスとエストが顔を見合わせる。
「何も、とは?」「ったく」 カリンは頭を掻いた。「あいかわらずだな、あいつ」
呆れたように、でもどこか懐かしそうに。「自分のことは、ほんとに話さねぇ」
エストが眉をひそめる。
思い返してみれば、確かにそうだった。
好きな食べ物や剣の話、魔物や旅の話などは普通にする。けど、自分自身の話は、ほとんど聞いた記憶がない。
「まぁ」 カリンが肩をすくめた。「あんたらは仲間なんだろ」「はい」「だったら話してもいいか」
そう言うと、近くの倒木へ腰を下ろした。大きな身体を受けて木がみしりと音を立てる。
「トウジを拾ったのは五年前だ」
エストが目を瞬く。「五年前……」
「たぶん十二ぐらいだったな」
「拾った?」 今度はイリスが聞き返した。
カリンは頷く。
「あぁ」 視線が森の奥へ向く。「この近くの森の中だった」
声が少し低くなった。
「瘴気溜まりの中で倒れてた」
「――っ」 エストが息を呑む。
瘴気溜まり。それもこの辺りの。普通なら長時間生きていられる場所ではない。
「今と違ってな」 カリンは苦笑した。「オレの半分もなかった」
両手で大きさを示す。
「ガリガリで」「ちっちゃくて」「骨と皮みたいだった」
イリスが思わず想像する。今のトウジからは考えられない。
「怪我してたの?」「いや」 カリンは首を振った。「怪我はなかった」
「でもな」
「?」
「あいつ」 カリンの目が遠くなる。
「言葉が通じなかったんだ」
エストが固まる。「通じない……?」「あぁ」 カリンは頷いた。
「言葉を全然知らなかった」
「そんなこと……」 エストの声が小さくなる。
この大陸で育ったならありえない。どこかの方言とか、そういう話ではない。言葉そのものを知らなかった?
「オレが何言ってるかも分かってなかったし」 カリンは笑った。「トウジが何言ってるかも分からなかった」
少しだけ懐かしそうに。
「最初の頃は、よく睨まれたっけ」
そう言って空を見上げた。




