表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/59

6-4 義姉

「ムグル! モグル! ちゃっちゃと片付けるよ!」


 大柄な女が怒鳴るように指示を飛ばした。その声と同時に、巨大な戦斧が横薙ぎに振るわれる。瘴気ごと魔物が両断された。


「あいよ!」「うっす!」 二人の獣人が左右へ散る。曲刀シャムシールが閃く。戦い方がシュクリと似ている。だがもっと重く、もっと速い。振るうたびに魔物が吹き飛び、包囲がみるみる削られていく。やがて、魔物達は森の奥へと駆逐されていった。


 女は戦斧を肩へ担ぎ直すと、トウジを振り返った。「遅れてすまないね。無事かい?」「うん。助かったよ、ありがとう」 トウジが軽く頭を下げる。だがなぜか口元が妙だった。笑いを堪えているような、そんな顔だった。


「?」 女が首を傾げた、その時。


あねさん!」 前方から緊張した声が飛ぶ。


 イリスとエストも、はっとしたように森の奥を見た。


 瘴気溜まりの奥で大地が震えた。低い咆哮。樹木が揺れる。


 何か大きなものがこちらへ向かってくる。


「出るもんが出たね!」 女が獰猛に笑った。戦斧を肩へ担ぎ直す。


「ムグル! モグル! 分かってんだろうね!」「持っていきます!」


「あんた、ちょっと脇へどいとくれ!」「了解」 トウジが素直に一歩退く。


 その直後、森を突き破るように中型の魔物が飛び出してきた。


 獣人の一人が前を走る。追われている。もう一人が並走していた。


 そして、魔物が女の前へ転び出ようとした直前に曲刀が閃いた。


 魔物の脚へ傷が走る。


「ばか! 早いよ!」


 足止めが早すぎた。そのままでは魔物が手前で暴れ、戦斧の間合いへ入らない。

 

 トウジが動いた。


 一足。暴れ回る魔物の真正面へ飛び込む――突き。剣先が魔物へ食い込んだ。魔物の動きが一瞬止まる。


 トウジはそのまま後ろへ飛び退いた。


 片膝をつき、背中を差し出す。


 女は目を見開いた。「そういうことかい!」


 一歩で背中へ足を掛け、跳んだ。


 戦斧を振りかぶったまま、中型の魔物の頭上へ。


「喰らいなッ!」 戦斧が振り下ろされた――轟音。


 真っ二つだった。頭から胴まで、豪快に断ち割られた魔物は、断末魔を上げる暇もなく崩れる。瘴気となって、黒い霧となって、森の中へ溶けていった。


「決まったねぇ」 イリスが感心したように言う。「打ち合わせなし……」 エストの呆れた声 「ほらまた~だねぇ」 イリスがくやしそうに笑った。


 どうやら、瘴気溜まりの魔物は今ので打ち止めらしかった。周囲へ気配を探ってみても、新たな魔物の反応はない。


 ただし、瘴気そのものは残っている。薄墨色の靄はまだ森の低い位置を漂い続けていた。


「ひとまず外へ出るよ!」 女の号令で、全員が瘴気溜まりの外へ移動した。


 ようやく緊張が解ける。


 エストも結界術式を解除し、小さく息を吐いた。



「……ねーちゃん、ちょっと太った?」



 トウジが、女に向かって突然言い放った。何の前触れもなく、何の予告もなく言い放った。


 場が凍った。完璧に凍った。


 ムグルとモグルの顔色が、一瞬で変わる。「あっ」「終わった」 二人が同時に呟いた。


 イリスはぽかんとした。


 エストもぽかんとした。


 そして――今のは、絶対に言ってはいけないやつだ!!


「ト、トウジ……?」 エストの声が震える。


 そのトウジは、女を見ていた。いつもの表情だった。


 女は固まっている。笑顔ではない。無表情でもない。額に青筋が浮いている。


 戦斧を握る手から、ぎりぎりと嫌な音が聞こえた。


「てめぇ……」 低い声だった。「どういう了見で今それを言った?」


 ――殺気。明らかに魔物より怖い。


 エストが一歩下がった。イリスも下がった。ムグルとモグルはもっと下がった。


 当のトウジだけが平然としている。


「カリンねーちゃん、久しぶり」 にかっと笑う。


 トウジのその表情を見て、カリンの顔が幾重にも変化した。


 鬼の形相から、困惑の表情に変わり、思案する表情が浮き、一瞬だけ驚愕に染まり、顔全体がくしゃりと歪む。


 それら全部が一瞬で駆け抜けた。


「……トウジ?」 小さな声だった。今にも消え入りそうな、乙女のような声。


「うん」 トウジが頷く。


 沈黙。


 一拍。


 二拍。


 三拍。


「…………トォジィ!!」 絶叫が爆発した。


 カリンが飛び付いた。


「うわっ!?」


 逞しい腕が回る。豊かな胸ごと抱き締められる。


 ぎゅうううううううっ。


「生きてたぁぁぁ!!」「ぐえっ」「トウジだぁぁぁ!!」「ちょ、苦しい!」「うるさいっ!」「理不尽!」


 トウジがじたばたする。だがびくともしない。


 カリンは泣いていた。笑いながら、泣きながら、力いっぱい抱き締めていた。


 その様子を見て、エストとイリスは顔を見合わせる。


「……知り合いでしたね」「みたいだね」「でも、太ったは余計だったと思います」「うん、それはそう」


 ムグルとモグルが安堵したようにその場へ座り込んでいた。「助かった……」「生き延びた……」


 いつの間にか逃げていた妖精達も戻ってきて、二人の周りをふわふわと飛んでいた。



 トウジは荷物を回収しに戻っていった。道端に放り出したままになっている。


「オレらも行く」「ついでに運びます」 ムグルとモグルも後を追った。


 残されたのはイリスとエスト、そしてカリンだった。


 しばらく沈黙が続く。戦いの熱気も少しずつ冷めていった。


「カリンさんは……」 エストが口を開く。「ん?」「トウジとは昔からのお知り合いなんですか?」


 カリンは鼻を鳴らした。「カリンでいいよ」「では、カリンさん」「カリンでいいって言ってるだろ」「……カリン」


 ようやく満足したらしい。うんうん、と頷く。


 その様子を見て、イリスがくすりと笑った。


「じゃあカリン。トウジとは小さい頃からの付き合い?」


 カリンの表情が少しだけ曇った。


「……あいつ、何にも話してないのかい?」「え?」 イリスとエストが顔を見合わせる。


「何も、とは?」「ったく」 カリンは頭を掻いた。「あいかわらずだな、あいつ」


 呆れたように、でもどこか懐かしそうに。「自分のことは、ほんとに話さねぇ」


 エストが眉をひそめる。


 思い返してみれば、確かにそうだった。


 好きな食べ物や剣の話、魔物や旅の話などは普通にする。けど、自分自身の話は、ほとんど聞いた記憶がない。


「まぁ」 カリンが肩をすくめた。「あんたらは仲間なんだろ」「はい」「だったら話してもいいか」


 そう言うと、近くの倒木へ腰を下ろした。大きな身体を受けて木がみしりと音を立てる。


「トウジを拾ったのは五年前だ」


 エストが目を瞬く。「五年前……」


「たぶん十二ぐらいだったな」


「拾った?」 今度はイリスが聞き返した。


 カリンは頷く。


「あぁ」 視線が森の奥へ向く。「この近くの森の中だった」


 声が少し低くなった。


「瘴気溜まりの中で倒れてた」


「――っ」 エストが息を呑む。


 瘴気溜まり。それもこの辺りの。普通なら長時間生きていられる場所ではない。


「今と違ってな」 カリンは苦笑した。「オレの半分もなかった」


 両手で大きさを示す。


「ガリガリで」「ちっちゃくて」「骨と皮みたいだった」


 イリスが思わず想像する。今のトウジからは考えられない。


「怪我してたの?」「いや」 カリンは首を振った。「怪我はなかった」


「でもな」


「?」


「あいつ」 カリンの目が遠くなる。


「言葉が通じなかったんだ」


 エストが固まる。「通じない……?」「あぁ」 カリンは頷いた。


「言葉を全然知らなかった」


「そんなこと……」 エストの声が小さくなる。


 この大陸で育ったならありえない。どこかの方言とか、そういう話ではない。言葉そのものを知らなかった?


「オレが何言ってるかも分かってなかったし」 カリンは笑った。「トウジが何言ってるかも分からなかった」


 少しだけ懐かしそうに。


「最初の頃は、よく睨まれたっけ」


 そう言って空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ