6-3 瘴気だまり
トウジが魔物の包囲に割って入るのと、獣人の少年の返答がほぼ同時だった。
「一つ!」
――上等! トウジの一閃が魔物を二体同時に屠る。そこへ、シュクリが無言のまま瘴気溜まりへ走り込んできた。低く沈み込むような踏み込みから、そのまま魔物の包囲の一角へ突っ込み、曲鉈を閃かせる。
黒い血飛沫を上げ、魔物が悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。包囲が崩れた。
「里へ!」 トウジが叫ぶ。
三人が即座に反応した。手をつなぎ合った子供達が、トウジとシュクリの切り開いた包囲の隙間へ飛び込み、そのまま駆け抜けていく。
「ありがとう!」「ごめんね!」「浄化忘れるなよ!」「うん!」 三人はそのまま瘴気の外へ飛び出していった。
「シュクリ」「ん」 シュクリが即座に踵を返し、子供達の直掩へ回る。
それと入れ違いになるように、エストとイリスが瘴気溜まりへ入ってきた。
「子供!?」「なんでこんなところに!?」
エストが印を結ぶ。術式光が走り、淡い光膜がエストの周囲を包み、そのまま瘴気を弾いた。
トウジは魔物を斬り払いながら振り返りもせず言った。「ごめん、ちょっと数が多い!」
「大丈夫です!」 エストが即座に剣を抜く。そのままトウジの横へ並び立つと魔物へ剣閃が走る。
瘴気を裂き、魔物の腕を切断する。横から飛び込んできた別の一体を、トウジが叩き斬った。だが、その死体を次の魔物が乗り越えてくる。瘴気溜まりの奥にはまだ何かが蠢いていた。
「っ、ほんとに多いですね……!」 エストが顔をしかめる。結界越しにも、瘴気の濃さそのものは感じる。空気が重い。粘つくような空気が、森全体へ沈んでいた。
それでも、トウジは気にした様子もなくさらに奥へ踏み込んでいく。
トウジとエストの後ろで、イリスが軽く握った片手を胸に添えて精霊語を唱える。
風が揺れる。「精霊よ――」
……だが、何も起きなかった。
「……え? うそ……」
イリスが目を見開く。精霊の反応が薄い。呼びかけが、どこにも届かない。
トウジが魔物を斬り伏せながら振り返る。
「イリス、この中じゃ無理かも!」
「なんで!?」
「そういうもん、らしい……よっと!」
――ふわり。瘴気の外側から、淡い蒼い光が二つ瘴気の上へ飛んできて、螺旋を描くように瘴気溜まりへ降りてくる。小さな妖精たちだった。
「え……?」 イリスが二匹の妖精を追う――自分は呼んでいない。それなのに。
二匹の妖精は、真っ直ぐトウジの元へ飛んでいった。
トウジが、何かを口ずさみ始める。聞き慣れない響き。歌うような、揺れる音。
「――!?」 イリスの顔が凍り付いた。「精霊語!? なんで!?」
妖精達が、嬉しそうにトウジの周囲を飛び回る。戦闘中でなければ、久しぶりに再会した友人同士にみえただろう。
帰らずの森で、トウジと妖精が妙に仲良くしていた理由を、イリスは今さらながら理解する。
「ちょ、ちょっと待って、なんで喋れるの!?」「あと!」「あとって何!?」
その間にも、妖精達は忙しなく飛び回っている。何かを伝えているらしかった。
やがて話が終わったのか、二匹は再び瘴気の外へ向かって飛び立つ。
――その途中。一匹が、イリスへ気づき間近に舞い降りて、ぴたり、と空中で止まった。
「え?」
精霊が、ぱちぱちと瞬きをしたかと思うと、ものすごく嬉しそうな顔になった。
声はない、けれど確かにイリスには聞こえた。
――ココニモカアサマガイタ。
妖精は、嬉しそうにくるりと回ると、そのまま瘴気の外へ飛び去っていった。
戦いは終わらない。一体倒しても、また次が来る。瘴気溜まりの奥から、まるで湧き出るみたいに小型魔物が現れ続けていた。
エストは、踏み込み、剣を振るう、斬る、払う。それを何度も繰り返していた。
気が付けば、もう半刻近く経っている。肩が重く、呼吸も荒くなってきた。剣を握る手がだんだんと覚束なくなっている。
術式結界が瘴気を遮断しているとはいえ、疲労までは消してくれない。それに、長旅のせいなのか、思っていた以上に身体の動きがぎこちない。戦闘の感覚がずいぶんと鈍っている。
「っ……!」 魔物を一体斬り伏せる。だが、すぐ次が飛びかかってくる。
それを迎撃しながら、エストはふと隣を見る。
いつものトウジがいる。呼吸も、足運びも、剣筋も全く変わらない。まるで戦闘開始直後と何も変わっていなかった。疲労の欠片も見せず、淡々と魔物を斬り続けている。
――ああ。だから無窮の勇者なのか。
さらに気付いたことがあった。
トウジは、致命傷になる攻撃だけは避けている。が、それ以外は避けない。
肩を掠める爪、腕へ当たる牙、脇腹を擦る尾。そうした攻撃を、まるで気にも留めない。受けて、流して、そのまま前へ出る。
だからなのか、討伐を終えたトウジが、いつも傷だらけだった理由、ボロボロだった理由。全部、戦い方そのもののせいだった。
――だが、おかしい。これだけ攻撃を受ければ、普通は動きが鈍る。それなのにトウジには、その兆候が見えない。
傷付いた先から癒えている?!
「エスト、下がって」 トウジが言った。「大丈夫です」 反射的に返す。だが息が上がり、剣を握る感覚すら曖昧になり始めている。
トウジがエストの方をちらっと見て笑う。「だいぶ楽になったから」 また一匹、魔物が斬り払われた。「しばらく下がって休んで」「……」 無言で剣を振るう。
「大丈夫、もうすぐ里から人が来る」
その言葉の意味を理解する前に、瘴気溜まりの外周で何かが弾けた。
樹木を薙ぎ倒しながら、三つの影が突っ込んでくる。
大柄な人族の女性だった。片手に巨大な戦斧を持っている。その左右には、獣人族の男が二人。
その頭上を二匹の妖精が、楽しそうに舞っていた。
イリスは腕を組んでいた。おもしろくない。
目の前ではトウジとエストが魔物を切りまくっている。でも、自分だけが戦列へ加われない。精霊魔法が使えない以上、参加しても邪魔になるだけだった。
「むぅ……」 頬を膨らませる。
こういう修羅場は嫌いではない。なのに何もできない。それが気に入らなかった。
「なんなの、ここ……」 小さく呟く。
精霊領域へ接続できなかった。呼びかけはした。何度もした。それなのに届かない。向こう側が閉じているわけではない。
実際、妖精はいた。トウジのところへ飛んできた。自分が呼んだわけでもないのに。しかも、トウジは普通に会話していた、精霊語で。「ありえないでしょ……」
頭を抱えたくなる。最近は、理解できないことばかりだった。
トウジ……。
目の前で戦っている。危なっかしい。見ていて落ち着かない。
魔物の攻撃を身体で受けることが多すぎる。
「うわ」 思わず声が漏れた。
今のは痛い。絶対痛い。なのに、本人は何事もなかったみたいに次の魔物へ向かっていく。
また当たる。でも前へ出る。また斬る。「なんで避けないかなぁ……」 イリスはため息を吐いた。
その時だった、妖精二匹を引き連れた、救援の三人が瘴気だまりに飛び込んできた。それを機に、エストが下がってくる。
「おつかれさま。大丈夫?」
「……え、ええ」 返事は返ってきたが、息が荒い。
エストは剣を地面へ突き立て、その柄へ体重を預けていた。座り込むことなく、膝もつかない。呼吸を整えながら、まだ前線をじっと見ていた。
さすが聖騎士らしい所作だな、と思う。
「トウジ、すごいね」 何気なく言う。
エストがちらりとこちらを見た。そして再び前線へ視線を戻す。
「……そう、ですね」 小さな声だった。「あんな戦い方だったとは……」 ため息をつくエスト。
「トウジのこと、わかってたつもりでしたが……」
エストはその先の言葉を言わなかったが、その気持ちは分かる。
目線の先で、二匹の妖精が戦士達の頭上を飛び回っていた。時折、森の方へ飛び、また戻ってくる。
「なんで? ってこと多いよね」 イリスが不満げに言うとエストが苦笑を漏らす。「ええ、本当に」
「やっぱり過去、かなぁ」
独り言のようにつぶやいたイリス。エストは、その答えを持っていなかった。




