5-9 ルガル傭兵団のグロザ
トウジ達とグロザは、露店の奥にある小さな店舗へ移っていた。
昼時を少し外した店内は比較的空いている。木造りの簡素な店だったが、香辛料と焼いた肉の匂いが充満していて、いかにもラグナらしい空気だった。
一方、グロザの手下達はというと――露店に残って、やけ酒を煽り始めていた。しごきまで確定したらしい。
窓越しにその様子を見たトウジが、ちょっと同情した顔になる。
「新兵どもは、甘やかすとすぐに死んじまうからな」 グロザは、まるで他人事のように笑いながら酒杯を傾けた。
「にしてもよ、トウジ。最初、誰だかわかんなかったぜ。」
「ま、そりゃそうか、あのチビスケも五年も経ちゃ大きくもならぁなぁ」
「おっちゃ……グロザさんは相変わらずだね」
「なーにしゃっちこばってんだ、おめーらしくもねぇ」
どはは、と笑いながら酒を空ける。その勢いに、周囲の空気まで引っ張られていくようだった。
トウジは、改めて三人へ向き直った。
「この人は、グロザさん。魔物専門の傭兵団の団長さん」
イリスが、興味津々といった様子で身を乗り出す。
「傭兵団?」
「“灰牙のルガル”って言えば、この辺じゃ知らない人がいないぐらい有名なんだよ」
「よせやい」 グロザが、ちょっと照れ臭そうに鼻を鳴らした。
エストが小さく目を細める。
「トウジが、村を出た後に世話になったという方が?」
「うん。半年ぐらいだったけど、いろんなこと教えてもらった」
「だったなぁ」 グロザが懐かしそうに笑う。「あんなに小さかったのによぉ、おめーは根性だけは据わってた」
「小さい? トウジが?」 イリスが、今のトウジを見ながら首を傾げる。
「そうさなぁ。今のお前さんぐらいしかなかったんじゃねぇかな」
指差されたシュクリが目を瞬かせた。
「こいつぁ変わったやつでな。なっかなか引き下がらねぇ。ムチャばっかしやがるから、頭どついて前線から引き離すのが、俺の仕事みてぇなもんだった」
「全然、一緒」「変わってませんね」 シュクリとエストの二重唱だった。
「えぇぇ~」 トウジが本気で困った顔をする。
「なんでぇ、今もかい」
グロザは腹を抱えて笑い、その勢いのまままた酒を飲み干した。一方イリスは、面白そうに焼き串を齧っている。完全にくつろいでいた。
「で、トウジ。おめぇ、なんでここにいんだ?」
「冒険者ギルドの依頼で、ナグルにね」
「ギルドに入ったってか?」
グロザが、にやりと笑う。
「ほれ、これ見せてみな」 そう言って、自分の指にはめた刻印証を見せた。
「おっちゃんもギルド員?!」「おう。知らなかったか? 結構前からだが、指名依頼とかあって、おいしいんだよ」「へぇ~」
感心した顔で、トウジも自分の刻印証を掲げる。
グロザは小さく呪文を唱え、トウジの指へ手をかざした。指輪の上辺りへ視線を送る。
「……ん?」 眉がぴくりと動く。「なんかヘンなことになってんな」
「え?」
「見習い級はいいとして、“特記・魔物(精鋭級)”ってのは初めて見たぜ」
「おっちゃん、刻印証見えるの!?」
「あ? 魔力がありゃ誰だって見れるだろうが」
「……」 トウジが固まった。グロザが「あぁ」という顔をした。
「あいかわらず魔力はからっきしかい。人族で魔力がないっつーのも珍しいよなぁ」
「うん……」 しょんぼりしている。
その様子を見て、イリスが吹き出した。エストは額へ手を当てている。
「魔力っていやぁよ」
グロザが、ちらりとイリスを見る。
「この娘っ子、何モンだ?」
イリスは、いつの間にか追加注文した料理まで食べ始めていた。
「さっき、ヘンな魔法使ってたろ」
「……かな」
「ありゃ普通じゃねーぞ? そもそも傭兵団に気安く声かけて、一緒に酒飲む娘なんざ、仕込みか化けてるかだ」
ぐびり、と酒を飲み、外の手下に目線を流す。
「あのバカ共は、それすら分かんなかったがな」
それを聞いたトウジが苦笑した。
「イリス」
「ふぁい?」
肉を頬張ったまま返事をする。
トウジは、自分の耳を軽く触った。
イリスが一瞬きょとんとして。
「あ、うん……」
翡翠色の耳飾りへ、そっと指を触れる。
次の瞬間、空気がふわりと揺らいだ。
獣人族の少女だった姿が、一瞬でエルフの少女へ変わる。長い耳。灰色がかった淡い色の金髪。どこか人離れした美貌。
「は・ははは……そういうことかい」
グロザが、頭を掻いた。
「精霊魔法ってか。こりゃ参った」
牙を見せて笑う。
「ありがとうよ嬢ちゃん。ネタばらしさせちまって悪ぃな」
イリスは、串焼きを持ったまま、
「大丈夫大丈夫」
というように、ひらひら手を振っていた。
「で、この美人のねーちゃんは」
グロザが、向いでイリスを諫めているエストへ視線を向けた。
イリスはまだ料理を追加注文しようとしていて、エストが必死に止めている。
それを眺めながら、グロザが酒を煽る。
「神官か、なんかか?」
エストは、ただの旅装だった。聖印も神官服も身につけていない。
「よくわかるね」
トウジが驚いた顔をする。
「あの体術見りゃな」 グロザが笑った。
「剣の腕も相当なもんだろう、な?」 エストに話を振った。
「……それなりにはですが」
否定はしなかった。
その横で、イリスが串焼きを片手に、
「エスト――強いわよ?」
などと、余計なことを言っている。
「イリス……」「はぁい」
グロザの視線が、ゆっくりとシュクリへ向く。
シュクリは先ほどから、落ち着かない様子で周囲を見ていた。獣人達の声。匂い。笑い方。その全部を、無意識に拾っているようだった。
「……お前さん」
グロザが、獣人語へ切り替える。
「西側育ち、だろ?」
シュクリの耳がぴくりと動いた。
「……そう」
返事は、人族語だった。わずかに警戒が混じっている。
グロザは、それを聞いてふっと笑った。
「ナグルにも行くのかい?」
「行く」
「百年経っても、まだ根に持ってる奴らもいるがよ」
シュクリの肩が、わずかに強張る。その様子を横目で見ながら、グロザは酒杯を軽く振った。
「そんなもん、鼻で笑っとけ」 低い声だった。「祖霊んとこでアエルナに説教されるのは、そいつらが先だってな」
「……うん」 短い返事。だが、さっきまでより少しだけ力が抜けていた。
「名は?」
「シュクリ・ナハ・ヴァルク」
グロザの片眉が上がる。
「ヴァルクかよ」
次の瞬間、どはは、と豪快に笑った。
「そりゃ、あの動きは伊達じゃねぇ訳だ」
シュクリが、きょとんと目を瞬かせる。
その横でトウジが、
「ヴァルクって有名なの?」
トウジが素直に首を傾げた。
「有名もなにも」
グロザが酒杯を揺らしながら鼻を鳴らす。
「百年前、人族がナグルまで攻め上れたのも、ヴァルクの力があってこそだからな」
「え?」「どういうこと?」 二人揃って同じ顔になった。
ガツンッ!
「いっっったぁ!?」 トウジの頭へ、グロザの拳骨が落ちた。
「ちったぁ歴史を勉強しろ! 前にも言ったはずだがよ!」
頭を押さえて悶絶しているトウジを見ながら、グロザが呆れたように酒を煽る。
「歴史は過去じゃねぇ」 どん、と酒杯を卓へ置いた。「経験で、記憶なんだよ」
その言葉に、イリスとエストが、揃ってうんうんと頷いた。
「なんで二人ともそんな納得してるの……」
トウジだけが理不尽そうだった。シュクリは、まだ少しぽかんとしている。
「ったく。腕っぷしばっか強くても、頭がなきゃ先はねーんだぜ」
そう言いながら、また酒を飲み干す。
するとイリスが、いつの間にか店の奥へ向かっていた。
「すみませーん! お酒追加で!」「イリス」「あとこの焼いたお肉と、こっちの煮込みも!」「イリス」「栄養補給は大事よ?」「どこにそんなに入るんですか!」
店員の娘が、くすくす笑いながら注文を書き留めていく。完全に馴染んでいた。
一方グロザは、そんな様子を見ながら肩を揺らして笑っている。
「せっかく生き証人も身近にいるんだからよ」 ぐい、と酒杯を傾ける。「ちゃんと話を聞いとけ。まだ死んじゃいねーんだろう?」
「?」「?」 またしてもトウジとシュクリが同時に首を傾げる。
「あのクソじじぃに話を聞いとけって言ってんの」
「クソじじぃ……って老師のこと?」
「だよ!」 グロザが豪快に笑った。
「ヴァルグレイのじじいが、ナグルで何やって“救国の英雄”呼ばわりされるようになったのか、ちゃんと知っとけ」
その言葉にトウジは目を瞬かせる。
そういえば、あの老人の過去をほとんど知らない。
「ヴァルク、も?」
今度はシュクリが尋ねた。
グロザは、ちらりとシュクリを見る。
「お前さんも、自分の何代か前がやったこと、ちゃんと知ろうとするこった」
低い声だった。
「獣人族はよ。祖霊の礎の上に、何代も積み重なって今があるってのを、誇りにしてるんだからな」
シュクリの耳が、ぴくりと動く。そして、静かに俯いた。
その姿を見たグロザは、それ以上は何も言わず、酒を一口飲む。
「せっかくナグルに行くんだ」
窓の外――東の空を見ながら言った。
「聖環院の望楼にでも立ってみるこった。いろいろなもんが見えてくると思うぜ」
その言葉だけが、妙に重く残った。




