5-2 召喚状
トウジとシュクリが北方探査から帰還した直後、冒険者ギルド王都支部はちょっとした騒ぎになった。
長年未解決だった王国依頼――帰らずの森の探査。未帰還者多数。探査不能地域あり。しかも聖環院の監視指定付きという、筋金入りの危険案件だった。
それを、たった二人の若手冒険者が生還してみせたのだ。しかも、遺品回収あり、未帰還者の刻印証回収あり、加えて、未踏査領域の状況確認まで行っている。
結果だけ見れば、十分すぎる成果だった――ただし。
「……探査期間、三日?」「記録上はな」「いや、おかしいだろ」
問題になったのは、そこだった。
魔素計測記録、業務日誌、領都ナハル支部の入出記録を照合すると、森へ入ってから戻ってくるまでが、どう確認しても三日しか経っていない。本来なら、一週間以上はかかると考えられていた案件である。
当然、最初は証拠品の捏造も疑われた。だが、回収された刻印証は約十年前に消息を絶った冒険者本人のものと確認され、引き上げられた遺品にも不自然な点は見つからなかった。
結果として、
『要継続探査。帰らずの森内部に、極めて危険な位相異常が存在する可能性あり』
という結論と、
『継続調査には高等級冒険者の参加必須』
という付記事項を添えた報告書が、正式に王国側へ提出されることになった。
もっとも、そんな上の連中の騒ぎなど、当人たちにはあまり関係がなかった。
今日もわりと普通に見習い級冒険者をやっていた。
「トウジ、荷物」「うん」「薬草袋逆。毒草、混ざる」「うわっ!」
荷運び。薬草採取。道具手入れ。低級魔物駆除。野営のイロハ。
「剣より靴。靴で死ぬ」「えぇぇ?」「まじ」
シュクリは真顔だった。本腰を入れて、冒険者教育をトウジへ叩き込んでいる。ギルド側から出された“昇級話”すら、「まだ早い」 の一言で蹴飛ばしたほどだ。
王都の季節は、少しずつ春へ向かっていた。朝の空気から刺すような冷たさが消え、街路樹にも薄い新芽が混じり始めている。
冒険者たちも厚手の外套を脱ぎ始め、ギルド酒場では温かい煮込みより、軽い肉料理や果実酒を頼む者が増えていた。
「トウジ!!」「見つけた!」「うわっ?! なんですか?!」
季節によって空気が入れ替わるのと同じく、ギルドの中のトウジを取り巻く空気も一変した。
「今空いてるか!? 首狩り狼の群れ討伐行くぞ!」
「いや先にこっちだ! 報酬七割出す!」
「トウジ、見習い!修行中!」受付前でシュクリの怒鳴り声が響く。
北方探査後、トウジの評価が、滝のぼりした。支部長がその実力を認め直採用、帰らずの森から生還したばかりか結果を出してみせた。しかも、魔物相手だけなら冒険者等級の精鋭級が余裕、との証言もあった。
特に食いついたのは、中堅以下の魔物専門冒険者たちである。目的は単純――トウジを高難度依頼へ同行させ、自分たちの昇級と報酬を狙う。ところが――。
「新人を護符代わりに使ってんじゃねぇ!!」 王都支部長、大激怒である。
結果。
「お前、しばらく依頼停止」「えぇ!?」「お前は始末書三枚」「三枚!?」「お前は追放一歩手前だ馬鹿野郎」
ギルド内の粛清と依頼制度改革が始まった。最近では、“トウジ案件”はそれだけで減点評価を受けるという噂まである。
さらに。
「……またきた」 ギルド入口を見ながら、冒険者たちが露骨に顔をしかめる。
王国騎士団が数名ギルドの中へ入ってくる。巡回らしい。朝と昼と夕方、毎日三度、きっちり冒険者ギルドの中まで入ってくるようになった。商業地区とはいえ、冒険者ギルド支部の近辺は剣呑な風情はあるが治安はすこぶるいい。あれは少しやり過ぎだ、ともっぱらの評判である。
「支部長またキレるぞ、あれ」「もうキレてる」
実際かなり揉めたらしい。だが、相手は王国。ゴネたが、最終的に許認可権をちらつかされた結果、王都支部側が渋々折れる形となった。最近では、王国騎士団がギルド周辺を巡回していても、誰も驚かなくなっている。
そして増えたのは、騎士だけではない。
「失礼します。本日は治癒奉仕のご案内で――」「あ、また神殿かよ」
神官である。
北方探査以降、四柱聖環院の神官たちが頻繁にギルドへ出入りするようになっていた。
最初は聖環院が、『ギルド内治療所開設計画』を持ちかけてきた。
「治療費を通常より抑えられます」「回復魔法の定期利用も可能です」「長期的に見れば冒険者の生存率向上へ――」
「やる!!」 事務局長は秒で乗った。冒険者たるもの、怪我、傷は当たり前のヤクザ稼業。しかも公傷ともなれば、その一切はギルド負担だ。公私を含めた年間の治療費やらなにやらを考えれば、決して損な話ではなかった。
しかし――ダメだった。ギルドでの取引の一部に、違法ではないが聖環院側があまりいい顔をしない案件が混じっていたため、取引の守秘義務の観点から最終的に計画は流れることになった。
とはいえ、聖環院側も諦めたわけではない。最近では、『商業地区に新しい治療所ができるらしい』などという噂まで流れ始めていた。
もっとも、神官たちが頻繁にギルドへやって来る状況そのものは、まったく変わっていない。
そんな騒がしい日々を送るうち、気づけば、北方探査から二か月が過ぎていた。
王都の街路樹はすっかり若葉を纏い、冒険者たちもそろそろ暑くなるぞと、薄着になりつつあった。
そんな初夏の昼下がり、冒険者ギルド王都支部の前へ、一台の馬車が静かに停車する。いや――“馬車”などという言葉では片付けられない。
磨き上げられた深紅の車体。側面へ刻まれた王家紋章。金飾りの施された四頭立て。街路を進むだけで周囲の通行人が自然と道を空ける、王国正式使節用の儀礼馬車だった。
「嘘だろ」「……なんでこんなもんが」 ギルドの内外にいた冒険者たちがざわつく。
馬車の扉が開き、まず降り立ったのは、白銀の礼装鎧を纏った騎士二名。そのうちの一人は、黒光りする箱を抱えている。続いて、深青の式服を着た文官風の男が静かに地面へ降りた。
年齢は五十前後。胸元にはエルン王国文政局の徽章。そして腰には、国王直属使節を示す銀杖が吊られている。
周囲の空気が、一瞬で張り詰めた。
「本物かよ……」 誰かが呟く。
もちろん冒険者ギルドに来るような種類の人間ではない。少なくとも、“普通”なら。
使者はギルドの入口まで進むと、静かに杖を鳴らした。乾いた音が、昼下がりの商業地区へ響く。
「エルン王国国王陛下御名代として参じた」
低く通る声だった。
ギルド内の喧騒が止まる。受付嬢すら背筋を伸ばしていた。
使者の後ろで、騎士が黒塗りの箱の蓋を静かに開け、箱の中に納まっている書簡を示す。
書簡は、紐で縛られその結び目が赤蝋で封じられている。その赤蝋の中央には見慣れぬ印章が。
――国王御璽。
ただの書簡ではない。王命。国家の意思そのものだった。
使者は箱を騎士から受け取り、ギルドの建物を一瞥すると、書簡の入った箱を押し頂きながら、ギルドの中へゆっくりと歩を進めた。
四柱聖環院王都本院。その最奥部にある聖女執務室。
白を基調とした静かな室内には、柔らかな香が漂っていた。大きな窓から差し込む午後の日差しが、室内の銀装飾を淡く照らしている。
机に向かっていた聖女は、扉が開く気配に顔を上げた。
「失礼します、聖女様」
入室してきたのはエストだった。
聖騎士装束の上へ薄い神官外套を羽織り、その手には数枚の封書が抱えられている。
聖女は小さく微笑む。
「あら今日は騎士団に行ってたのね」
「はい。先ほど戻りました」
エストは一礼し、書類を差し出した。
聖女は受け取った文書へ視線を落とす。
数行ほど読み進めたところで、細い眉がわずかに動いた。
「……あら」
エストが静かに告げる。
「王国が、トウジ・アイヒラーへ正式な召喚状を送達しました」
「……こちらには、なにか言ってきてる?」
「いえ。現時点では、特に」
聖女は小さく息を吐いた。
「まあ」
どこか呆れたような、それでいて少し楽しそうな声音だった。
「私との盟約を反故にするつもりなのかしら」
王国と四柱聖環院の間には、正式な取り決めが存在する。“勇者”に関する保護・監督権限を、聖女側へ委ねるという盟約。今回の件は、その取り決めを半ば無視した形になる。
エストは、もう一通の書状を差し出した。
「こちらは、抗議文案になります」
聖女は受け取り、静かに目を通す。そして数秒後。
「ふふっ」 ころころと鈴のように笑った。
「もう少しキツい言い回しでも良くなくて?」
エストは、なんとも言い難い顔になる。
「少し負い目があると第1柱記録院が申しております」
「王国への報告がおざなり過ぎたかしら」
くすくすと笑いながら、聖女は書状を机へ置いた。
そして。
「まぁいいわ。そうね……召喚の日時と場所、確認しておいて」
さらりと言う。「私も出ます」
エストが目を瞬かせた。
「……聖女様自ら、ですか?」
「ちょうど良いでしょう?」
聖女は悪戯っぽく笑う。
「勇者君と会えるいい機会ですもの」
その言葉に、エストの表情がほんの僅かに固くなった。
だがすぐに一礼する。
「承知しました。そのように手配いたします」
「もちろん、貴女もね」
一瞬だけ、エストの動きが止まる。
だが彼女は何も言わず、静かに頭を下げた。
「……かしこまりました」




