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転生勇者の再就職  作者: 三連九
第5章 引き合い
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036 召喚状

 冒険者ギルド王都(フィオル)支部の掲示板の前に、朝から人だかりができていた。


 貼り出されているのは依頼書ではない。報告書の写しだった。


「――要継続探査。帰らずの森内部に、極めて危険な位相異常が存在する可能性あり」


 誰かが声に出して読み上げる。


「継続調査には高等級冒険者の参加必須……おい、高等級だぞ」


「あの森だろ。未帰還者、何人も出てるし当然だろうが」


「聖環院の監視指定まで付いてたやつだし、そりゃそうかって感じだな」


 長年、誰も手を付けられなかった王国依頼であった。


 それを、若手が二人で片付けて戻ってきた。遺品を回収し、行方知れずだった冒険者の刻印証(シグル)まで持ち帰り、そのうえ未踏査領域の様子まで見てきた。


 その結果を受けての要継続案件となっていたのだが……。


「確かこれ……探査期間、三日の成果だったよな?」


「結果と手間が釣り合ってねぇ~」


「いや、おかしいだろ」


 男が指で紙面を叩いた。そこに引っかかっている。最低でも一週間はかかると冒険者なら誰もがそう見積もる案件なのに、すべての記録が三日のうちに収まっていた。


「これ本当なのか?」


 当然、ギルド内部でも捏造を疑われた。


 だが刻印証(シグル)は本人のものと確認された。十年ほど前に消息を絶った冒険者である。引き上げられた遺品にも、不自然な点は見つからなかった。


「どんな優秀な奴らがこれをやってのけたんだよ」


 その掲示板の脇を、当人たちが通り過ぎていく。


「トウジ、荷物」


「うん」


 積み上がった麻袋を抱え直す。


「薬草袋逆。毒草、混ざる」


「うわっ!」


 シュクリが無言で袋を取り上げ、向きを直して押し返してきた。


 掲示板の話は耳に入っている。だが、自分のこととして繋がってこない。


「あの、シュクリ」


「なに」


「あれ、ボクたちの話だよね」


「そう」


 それだけだった。


 シュクリの関心はもっと手前にある。


「剣より靴。靴で死」


「えぇぇ?」


「まじ」


 真顔だった。


 シュクリはトウジの足元へしゃがみ込み、靴紐を解いて結び直した。


「ここ、緩い」「三日目、靴擦れ」「四日目、歩行不能」「五日目、残置」


 指を三本、四本、五本と立てていく。


「……三日目からなんだ」


「山、過酷」


 シュクリは遠い目をして、それ以上は言わない。


 シュクリの教え方には、順番があった。


 まず靴と足。次に水と食料。それから荷の積み方、刃の手入れ、火の起こし方、寝る場所の選び方。


 剣の振り方が出てくるのは、ずっと後ろだ。


「魔物、最後」


「最後なの?」


「魔物で死、僅少。腹壊して死、多数」


 トウジは黙った。


 言われてみれば、討伐軍でもそうだった。倒れていったのは、戦って負けた者ばかりではない。


 シュクリは、本気なんだ。本気で自分を冒険者にしようとしている。


 その事実に、少し遅れて気がついた。


 荷運び。薬草採取。道具手入れ。低級魔物の駆除。野営のイロハ。


 ギルドから昇級の話が来たときも、シュクリは受付の前で首を振っただけだった。


「まだ早い」


「え? でも」


「難易度、上がる」


 シュクリがトウジを見上げた。


「責任、増える」「トウジ、無茶する」


 ジッと見られて、それで終わった。


 受付嬢が気の毒そうな顔でトウジを見たが、トウジ本人は、はあ、と頷いていた。




 その手前を、影が塞いだ。


「トウジ!!」


「見つけた!」


「うわっ?! なんですか?!」


 中堅どころの冒険者が二人。魔物専門の稼ぎ手だ。


「今空いてるか!? 首狩り狼の群れ討伐行くぞ!」


「いや先にこっちだ! 報酬七割出す!」


 七割。


 報酬の配分としては破格である。ただトウジに依頼する冒険者の側から見れば、もっと分かりやすい。トウジ一人連れていけば、受けられる仕事の難易度が上がる。つまり、報酬とギルドへの貢献度が上昇する。とても、美味しい。


「トウジ、見習い! 修行中!」


 シュクリが間に割り込んだ。耳が完全に伏せられている。


「わかってる、わかってるって。ちょっとだけ」


「一日、いや半日でいい」


 手が伸びてくる。


 トウジは、断り方を知らなかった。困った顔のまま、シュクリの後ろで小さくなっている。


 そこへ、二階から声が落ちてきた。


「新人を護符代わりに使ってんじゃねぇ!!」


 支部長だった。手すりから身を乗り出している。


 ギルド中が静まった。


「お前、しばらく受任停止」


「えぇ!?」


「お前は始末書三枚」


「三枚!?」


「お前は追放一歩手前だ馬鹿野郎」


 名指しは三人目まで続いた。周りにいた連中が、そろって視線を逸らす。


 受付嬢が、憮然として帳簿の脇へ積んだ紙の束を指で叩いていた。


 厚い。指二本ぶんはある。


「これ、全部そうです」


「……なんの書類の束ですか」


「指名同行の申請。全部あなた宛て、です」


 トウジは束を見た。それから受付嬢を見た。


「先月だけで四十七件。今月はもう三十件を超えました」


「四十七」


「受理したのは、ゼロです」


 紙が一枚めくられる。書式はどれも似たり寄ったりだった。


 受任届を出された依頼票の等級だけが、申請者の等級より二つも三つも上のものばかりだった。


「本来なら、受理できない届です。でも、あなたの名前があれば通ると思っているのでしょう」


 受付嬢がため息をつく。


 護符代わり、と支部長が言ったのは、そういう意味だった。


「ギルドの査定は、こなした依頼の等級と成功率で決まります」


 受付嬢の声が、少しだけ低くなる。


「あなたを連れて行けば成功する可能性が高くなる。受任した人の評価と報酬は上がります。もっとも、実力は一つも上がらないでしょうけど」


 だから“トウジ案件”と呼ばれるようになった。


 帳簿に赤い印が押されるようになったのは、先々週からだという。


「最近は、“トウジ案件”って書かれるだけで評価が下がるんですよ」


「ボク、何もしてないですけど」


 それを聞いた受付嬢は、苦笑いをして、そっと周りを見渡した。


「実力さえあれば、問題のないことなのですが」


 依頼の受付方法そのものが変わりつつある。トウジの知らないところで、制度が動いていた。




 昼前になって、入口が騒がしくなった。


「……またきた」


 冒険者たちが露骨に顔をしかめる。


 王国騎士団だった。数名。巡回である。


 朝と昼と夕方、毎日三度、きっちり支部の中まで入ってくる。


「支部長またキレるぞ、あれ」


「もうキレてる」


 実際、かなり揉めたらしい。だが相手は王国で、最後は許認可権をちらつかされた。ギルド側が折れた。


 もっとも、この頃には誰も顔を上げない。騎士たちは一列で酒場を横切り、事務室の前で一礼して、また出ていく。それだけだ。


 トウジは麻袋を抱えたまま、その背中を目で追った。


 自分を見ていた、気がする。


 気のせいかもしれない。


 入れ替わりに、今度は白い法衣が入ってきた。


「失礼します。本日は治癒奉仕のご案内で――」


「あ、また神殿かよ」


 四柱聖環院の神官である。北方探査のあと、この顔ぶれもすっかり増えた。


 事務局長が奥から出てきて、愛想笑いで応対し、神官を送り出したあとで盛大にため息をついた。


「惜しかったんだがなあ」


「なにがですか」


「治療所だよ。ここに作るって話だ」


 治療費が抑えられる。回復魔法も定期で使える。長い目で見れば冒険者の生存率が上がる。


「やる!! って即答したんだがな」


 流れた。ギルドの取引には、違法ではないが聖環院があまりいい顔をしないものが混じっている。守秘義務がある以上、中へは入れられない。


「商業地区に別で作るらしいぞ」


 事務局長は、それだけ言って戻っていった。


 神官の出入りが減る気配は、まったくない。



 そんな騒がしい日々を送るうち、気づけば、北方探査から二か月が過ぎていた。


 王都(フィオル)の街路樹はすっかり若葉を纏い、冒険者たちもそろそろ暑くなるぞと、薄着になりつつあった。


 そんな初夏の昼下がり、冒険者ギルド王都支部の前へ、一台の馬車が静かに停車する。いや――“馬車”などという言葉では片付けられない。


 磨き上げられた深紅の車体。側面へ刻まれた王家紋章。金飾りの施された四頭立て。街路を進むだけで周囲の通行人が自然と道を空ける、王国正式使節用の儀礼馬車だった。


「嘘だろ」「……なんでこんなもんが」 ギルドの内外にいた冒険者たちがざわつく。


 馬車の扉が開き、まず降り立ったのは、白銀の礼装鎧を纏った騎士二名。そのうちの一人は、黒光りする箱を抱えている。続いて、深青の式服を着た文官風の男が静かに地面へ降りた。


 年齢は五十前後。胸元にはエルン王国文政局の徽章。そして腰には、国王直属使節を示す銀杖が吊られている。


 周囲の空気が、一瞬で張り詰めた。


「本物かよ……」 誰かが呟く。


 もちろん冒険者ギルドに来るような種類の人間ではない。少なくとも、“普通”なら。


 使者はギルドの入口まで進むと、静かに杖を鳴らした。乾いた音が、昼下がりの商業地区へ響く。


「エルン王国国王陛下御名代として参じた」


 低く通る声だった。


 ギルド内の喧騒が止まる。受付嬢すら背筋を伸ばしていた。


 使者の後ろで、騎士が黒塗りの箱の蓋を静かに開け、箱の中に納まっている書簡を示す。


 書簡は、紐で縛られその結び目が赤蝋で封じられている。その赤蝋の中央には見慣れぬ印章が。


 ――国王御璽。


 ただの書簡ではない。王命。国家の意思そのものだった。


 使者は箱を騎士から受け取った。ギルドの建物を一瞥する。それから箱を押し頂き、中へと歩を進めた。






 四柱聖環院王都本院。その最奥部にある聖女執務室。


 白を基調とした静かな室内には、柔らかな香が漂っていた。大きな窓から差し込む午後の日差しが、室内の銀装飾を淡く照らしている。


 机に向かっていた聖女は、扉が開く気配に顔を上げた。


「失礼します、聖女様」


 入室してきたのはエストだった。


 聖騎士装束の上へ薄い神官外套を羽織り、その手には数枚の封書が抱えられている。


 聖女は小さく微笑む。


「あら今日は騎士団に行ってたのね」


「はい。先ほど戻りました」


 エストは一礼し、書類を差し出した。


 聖女は受け取った文書へ視線を落とす。


 数行ほど読み進めたところで、細い眉がわずかに動いた。


「……あら」


 エストが静かに告げる。


「王国が、トウジ・アイヒラーへ正式な召喚状を送達しました」


「……こちらには、なにか言ってきてる?」


「いえ。現時点では、特に」


 聖女は小さく息を吐いた。


「まあ」


 どこか呆れたような、それでいて少し楽しそうな声音だった。


「私との盟約を反故にするつもりなのかしら」


 王国と四柱聖環院の間には、正式な取り決めが存在する。“勇者”に関する保護・監督権限を、聖女側へ委ねるという盟約。今回の件は、その取り決めを半ば無視した形になる。


 エストは、もう一通の書状を差し出した。


「こちらは、抗議文案になります」


 聖女は受け取り、静かに目を通す。そして数秒後。


「ふふっ」 ころころと鈴のように笑った。


「もう少しキツい言い回しでも良くなくて?」


 エストは、なんとも言い難い顔になる。


「少し負い目があると第1柱記録院が申しております」


「王国への報告がおざなり過ぎたかしら」


 くすくすと笑いながら、聖女は書状を机へ置いた。


 そして。


「まぁいいわ。そうね……召喚の日時と場所、確認しておいて」


 さらりと言う。「私も出ます」


 エストが目を瞬かせた。


「……聖女様自ら、ですか?」


「ちょうど良いでしょう?」


 聖女は悪戯っぽく笑う。


「勇者君と会えるいい機会ですもの」


 その言葉に、エストの表情がほんの僅かに固くなった。


 だがすぐに一礼する。


「承知しました。そのように手配いたします」


「もちろん、貴女もね」


 一瞬だけ、エストの動きが止まる。


 だが彼女は何も言わず、静かに頭を下げた。


「……かしこまりました」


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