表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/57

3-5 採用試験 後半

 ギルド1階奥にある食堂で軽く食事をし、広間へと戻った時には、二日酔いもかなりマシになっていた。


 さっきより人が増えている。というより、集まってきている。


 中央の空間が自然に空けられ、誰も指示していないのに人垣の円ができていた。


「おい来たぜ」 「例のやつか」 「野営地の?」


 声が飛び交う。話はもう回っているらしい。


 トウジはほぼ全員の注目を浴びつつ、円の中に入った。

 視線が濃い。もう“測る”目ではない。“確認する”目だ。


 支部長はその中心に立つと、軽く手を叩いた。


「はいは~い、じゃ、やるぞ~」


 軽い口調だが、それだけで場が締まる。


「一戦目。肩慣らしな」


 呼ばれた男が前に出る。

 軽装、長剣一本、無駄のない構え。トウジを見る目に侮りはないが、過剰な警戒もない。


「……よろしく」 「お願いします」


 距離が取られる。


 トウジの足が自然に位置を探る。低く、ゆるいが崩れてはいない。


 男が踏み込む。速いが無理のない入り。まず剣を合わせてみる、という様子見の一撃――のはずだった。


 トウジは半歩だけ横へ動いた。ほんのわずか、剣の軌道を外すだけの動き。

 そのまま継ぎ足で内側へ滑り込む。男の視界から消えた瞬間、勝負は終わっていた。


 とん、と胸に触れる。


「……え?」


 男が止まる。トウジも止まっている。剣は当たっているが、力は入っていない。


 一瞬、場が静まる。


「……は?」 「今、終わった?」 「はや……」


 遅れてざわめきが広がる。何が起きたのか、追いついていない。


 支部長が軽く言う。


「はい、一本」


 それで終わりだった。


 短い。あまりに短い。だが確かに、決着はついている。


「見えなかったぞ今の」 「踏み込み消えたろ」 「何だあれ……」


 評価はまだ定まらない。“強い”ではなく、“妙だ”が先に立つ。


 支部長が間を置かずに手を振る。


「次。二戦目、ちょい癖あるやつな」


 前に出てきたのは細身の男だった。長めの剣を独特の位置で構えている。刺突主体だと一目で分かる。 距離の取り方も違う。さっきより一歩外、踏み込み一回分余計に遠い。


「……へえ」


 男がトウジを見る。観察する目だ。笑っていない。


「面白いな」


 支部長の「始め」と同時に、突きが来た。


 速い。無駄のない直線。喉を狙う一撃。


 トウジは横へ外す。だが、完全には外れない。剣先が空気を裂き、頬のすぐ横を通り抜ける。


 間合いが長い。いつもの位置に入る前に、届く。


 次が来る。


 引かない。踏み込まない。その場から、伸びる。


 トウジは避ける。だが、余裕がない。


 位置がずれ、リズムが崩れていく。


「どうした?」


 男が言う。余裕がある。


「さっきのは偶然か?」


 さらに低い突き。腹を狙う。


 トウジは一歩下がった。ここで初めて、明確に距離を取る。


 いつもの間合いに入れない。少し焦れる。


 踏み込めば届くはずなのに、その前に突きが来る。先に刺される。


 男は一歩前に出る。距離を固定する動きだ。逃がさない。


 突きが続く。速い。正確。浅く、しかし確実に圧をかけてくる。


 トウジの動きが少しずつ崩れる。掠る。服が切れる。皮膚の上を刃がかすめる。


「入ってこれないのか?」


 挑発ではない。事実確認のような声だった。


 分かっている。踏み込めば終わる。だが踏み込まなければ崩される。


 トウジは一瞬だけ呼吸を止めた。


 踏み込む。


 強引に距離を潰す。


 その瞬間、最短の突きが返ってくる。喉を狙った一直線。


 ギリギリで外す。頬が切れる。血がにじむ。それでも足は止めない。そのまま内側へ入る。


 ようやく届く距離。


 とん、と当てる。


 同時に、相手の剣も止まっている。


 互いに、致命の位置。


 動けばどちらかが先に届く。


 数秒、静止する。


「……は」


 男が息を吐く。


「ギリだな」


 トウジは答えない。呼吸が荒い。体勢が崩れ、次はもう出せない。


 支部長が手を叩いた。


「はい、そこまで」


 区切りが入る。


「二戦目、終了」


 空気が戻る。


 今度のざわめきは、さっきとは質が違う。


「刺さってたぞ今の」 「危ねえだろ」 「入ったけど、押されてたな」


 評価が固まっていく。


「相手にもよるだろうが、長引くと危ねえな」


 誰かの言葉に、何人かが頷く。


 トウジはその場に立ったまま、呼吸を整えている。自分が何をしたのか、まだうまく整理できていない顔で。


 ただ一つだけ、はっきりと残っている感覚があった。


 通じない相手がいる。


 その事実だけが、身体に残っていた。




 支部長が軽く顎を動かす。


「三戦目。ちょい強めな」


 その言い方に、何人かが苦笑する。


 周囲のざわめきが、少しだけ質を変えた。


「……あいつ出すのか」 「早くねえか?」 「いや、ちょうどいいだろ」



 そして。


 人の輪が、自然に一箇所だけ開いた。


 そこから、ひとりが歩いてくる。


 小さい。周囲の連中より、明らかに一回り小柄だ。


 だが。軽い。足音が、ほとんどしない。


 トウジは無意識に視線を上げた。


 耳と尻尾。


 獣のそれ。


 短く小さく揺れる。


 手には、左右に一本ずつ。


 曲がった刃。曲鉈(ククリ)


 「……シュクリ」


 少女が、小さく名前を告げ、軽く首を下げた。


 視線がトウジに向く。


 止まる。


 トウジは、少しだけ息を整えた。


 まだ、呼吸は完全には戻っていない。


 向かい合う。


 距離を取る。――いつもの位置。


 シュクリは、構えない。曲鉈(ククリ)をだらりと下げたまま。


 だが、力が抜けているわけではない。揺れている――常に。微妙に、位置が変わる。動き続ける。


「……いい?」


 少しだけ舌足らずな小さな声。


 小さく首を傾ける。

 耳が、ピクリと揺れた。


「……はい」


 トウジが頷く。


 支部長が手を振る。


「始め」


 ――来た。


 速っ……。


 もう距離が、ない。詰められた、というより――最初から、そこにいるような感覚。


「っ――」


 トウジが動く。


 半歩横。


 外す。


 ――外れない。


 途中で軌道が変わる。


 刃が追ってくる。


 一撃。さらに一撃。止まらない。


「……遅い、かも」


 淡々とした小さな声。


 トウジの動きが、遅れる。


 間合いが成立していない。


 距離を取った、つもりだけ。


 常に、内側にいる。


 トウジは一歩引く。


 さらに引く。


 距離を作ろうとする。


 ――詰められている。


 同じ速度で。いや、それ以上で。


「っ……!」


 刃が来る。


 横。下。上。連続。


 速い。細かい。止まらない。刃が連なって見える。


 どれも軽いはずなのに、一つでも当たれば終わると分かる重さがあった。


 トウジは避ける。避ける。

 余裕がない。


 間合いが作れない。


 位置を必死でずらす。


「それ、見えてる」


 軌道がわずかに変わる。避けれ――?! 先にいる。


「――っ」


 初めて、剣が触れる。


 金属音。


 受けらされた。


 瞬間、別の角度からの連撃。


 剣を左右に小さく振りながら徐々に後ろに下がる。


 完全に、防戦一方となる。


 考える間がない。


 これまでのように“先に動く”余裕がない。


 相手の掌に置かれる。常に先んじられる。


「もう終わり?」


 小さな感情の薄い声。


 だが、


 楽しんでいる。動きが、軽い。


 呼吸が乱れていない。


 トウジの足が、わずかに止まる。


 その一瞬。


 来る。


 踏み込み。


 今までより、一段内側へ。


 獣の耳が小さく下に沈み込み。


 一瞬で逆手に持ち替えられた曲鉈(ククリ)が顎下から。


「っ――!」


 トウジが顎を上げ、後ろへ跳ぶ。


 ギリギリで外す。


 だが、完全ではない。


 服の襟元が裂け、ボタンが飛ぶ。


「……遅い、かも」


 もう一度。同じ言葉。


 トウジの呼吸が乱れる。


 足が崩されている。


 間合いが作れない。


「――」


 それでも踏み込む。


 態勢を崩したまま無理やりに。


 下段からのすり上げ。


 一気加勢のシュクリを迎え打つ。


 ――入る。


 それを読んでいたように一瞬シュクリが止まる。

 

 伸びあがるトウジ。さらに低くなるシュクリ。


 シュクリが視界から消えた。


「――っ!」


 避けきれない。


 被弾を覚悟する。


 腕一本で済むなら、安い。




「はいは~い、そこまで~」


 声が落ちた。


 場違いな軽さ。


 だが。


 動きが止まる。


 シュクリの刃が、トウジの肘下で止まっている。


 確実に切り飛ばされる直前。


 トウジの剣は、もちろん届いていない。


 流れは、完全にシュクリにあった。


 静止。


 数秒。


「……まだやる?」


 まったく息の乱れていないシュクリが聞く。


 トウジは、答えられない。


 呼吸が荒い。理解が追いついていない。


 支部長が苦笑いをシュクリに向ける。


「いや、もう十分」


 軽く手を振る。


「三戦目、終了~」


 固唾をのんで戦いを見守ってきた周囲にざわめきが、ゆっくりと戻る。


 ただ明確な変化がある。


「……止めたな」 「危なかったろ、今の」 「完全に入ってた」


 視線がトウジに向く。


 そして、シュクリにも。


 評価が、はっきりと分かれる。


 トウジはその場に立ったまま、息を整えている。


 体が、まだ動けていない。


 ただ、はっきりと理解していた。


 ――通じない。


 その事実だけが、身体に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ