3-5 採用試験 後半
ギルド1階奥にある食堂で軽く食事をし、広間へと戻った時には、二日酔いもかなりマシになっていた。
さっきより人が増えている。というより、集まってきている。
中央の空間が自然に空けられ、誰も指示していないのに人垣の円ができていた。
「おい来たぜ」 「例のやつか」 「野営地の?」
声が飛び交う。話はもう回っているらしい。
トウジはほぼ全員の注目を浴びつつ、円の中に入った。
視線が濃い。もう“測る”目ではない。“確認する”目だ。
支部長はその中心に立つと、軽く手を叩いた。
「はいは~い、じゃ、やるぞ~」
軽い口調だが、それだけで場が締まる。
「一戦目。肩慣らしな」
呼ばれた男が前に出る。
軽装、長剣一本、無駄のない構え。トウジを見る目に侮りはないが、過剰な警戒もない。
「……よろしく」 「お願いします」
距離が取られる。
トウジの足が自然に位置を探る。低く、ゆるいが崩れてはいない。
男が踏み込む。速いが無理のない入り。まず剣を合わせてみる、という様子見の一撃――のはずだった。
トウジは半歩だけ横へ動いた。ほんのわずか、剣の軌道を外すだけの動き。
そのまま継ぎ足で内側へ滑り込む。男の視界から消えた瞬間、勝負は終わっていた。
とん、と胸に触れる。
「……え?」
男が止まる。トウジも止まっている。剣は当たっているが、力は入っていない。
一瞬、場が静まる。
「……は?」 「今、終わった?」 「はや……」
遅れてざわめきが広がる。何が起きたのか、追いついていない。
支部長が軽く言う。
「はい、一本」
それで終わりだった。
短い。あまりに短い。だが確かに、決着はついている。
「見えなかったぞ今の」 「踏み込み消えたろ」 「何だあれ……」
評価はまだ定まらない。“強い”ではなく、“妙だ”が先に立つ。
支部長が間を置かずに手を振る。
「次。二戦目、ちょい癖あるやつな」
前に出てきたのは細身の男だった。長めの剣を独特の位置で構えている。刺突主体だと一目で分かる。 距離の取り方も違う。さっきより一歩外、踏み込み一回分余計に遠い。
「……へえ」
男がトウジを見る。観察する目だ。笑っていない。
「面白いな」
支部長の「始め」と同時に、突きが来た。
速い。無駄のない直線。喉を狙う一撃。
トウジは横へ外す。だが、完全には外れない。剣先が空気を裂き、頬のすぐ横を通り抜ける。
間合いが長い。いつもの位置に入る前に、届く。
次が来る。
引かない。踏み込まない。その場から、伸びる。
トウジは避ける。だが、余裕がない。
位置がずれ、リズムが崩れていく。
「どうした?」
男が言う。余裕がある。
「さっきのは偶然か?」
さらに低い突き。腹を狙う。
トウジは一歩下がった。ここで初めて、明確に距離を取る。
いつもの間合いに入れない。少し焦れる。
踏み込めば届くはずなのに、その前に突きが来る。先に刺される。
男は一歩前に出る。距離を固定する動きだ。逃がさない。
突きが続く。速い。正確。浅く、しかし確実に圧をかけてくる。
トウジの動きが少しずつ崩れる。掠る。服が切れる。皮膚の上を刃がかすめる。
「入ってこれないのか?」
挑発ではない。事実確認のような声だった。
分かっている。踏み込めば終わる。だが踏み込まなければ崩される。
トウジは一瞬だけ呼吸を止めた。
踏み込む。
強引に距離を潰す。
その瞬間、最短の突きが返ってくる。喉を狙った一直線。
ギリギリで外す。頬が切れる。血がにじむ。それでも足は止めない。そのまま内側へ入る。
ようやく届く距離。
とん、と当てる。
同時に、相手の剣も止まっている。
互いに、致命の位置。
動けばどちらかが先に届く。
数秒、静止する。
「……は」
男が息を吐く。
「ギリだな」
トウジは答えない。呼吸が荒い。体勢が崩れ、次はもう出せない。
支部長が手を叩いた。
「はい、そこまで」
区切りが入る。
「二戦目、終了」
空気が戻る。
今度のざわめきは、さっきとは質が違う。
「刺さってたぞ今の」 「危ねえだろ」 「入ったけど、押されてたな」
評価が固まっていく。
「相手にもよるだろうが、長引くと危ねえな」
誰かの言葉に、何人かが頷く。
トウジはその場に立ったまま、呼吸を整えている。自分が何をしたのか、まだうまく整理できていない顔で。
ただ一つだけ、はっきりと残っている感覚があった。
通じない相手がいる。
その事実だけが、身体に残っていた。
支部長が軽く顎を動かす。
「三戦目。ちょい強めな」
その言い方に、何人かが苦笑する。
周囲のざわめきが、少しだけ質を変えた。
「……あいつ出すのか」 「早くねえか?」 「いや、ちょうどいいだろ」
そして。
人の輪が、自然に一箇所だけ開いた。
そこから、ひとりが歩いてくる。
小さい。周囲の連中より、明らかに一回り小柄だ。
だが。軽い。足音が、ほとんどしない。
トウジは無意識に視線を上げた。
耳と尻尾。
獣のそれ。
短く小さく揺れる。
手には、左右に一本ずつ。
曲がった刃。曲鉈。
「……シュクリ」
少女が、小さく名前を告げ、軽く首を下げた。
視線がトウジに向く。
止まる。
トウジは、少しだけ息を整えた。
まだ、呼吸は完全には戻っていない。
向かい合う。
距離を取る。――いつもの位置。
シュクリは、構えない。曲鉈をだらりと下げたまま。
だが、力が抜けているわけではない。揺れている――常に。微妙に、位置が変わる。動き続ける。
「……いい?」
少しだけ舌足らずな小さな声。
小さく首を傾ける。
耳が、ピクリと揺れた。
「……はい」
トウジが頷く。
支部長が手を振る。
「始め」
――来た。
速っ……。
もう距離が、ない。詰められた、というより――最初から、そこにいるような感覚。
「っ――」
トウジが動く。
半歩横。
外す。
――外れない。
途中で軌道が変わる。
刃が追ってくる。
一撃。さらに一撃。止まらない。
「……遅い、かも」
淡々とした小さな声。
トウジの動きが、遅れる。
間合いが成立していない。
距離を取った、つもりだけ。
常に、内側にいる。
トウジは一歩引く。
さらに引く。
距離を作ろうとする。
――詰められている。
同じ速度で。いや、それ以上で。
「っ……!」
刃が来る。
横。下。上。連続。
速い。細かい。止まらない。刃が連なって見える。
どれも軽いはずなのに、一つでも当たれば終わると分かる重さがあった。
トウジは避ける。避ける。
余裕がない。
間合いが作れない。
位置を必死でずらす。
「それ、見えてる」
軌道がわずかに変わる。避けれ――?! 先にいる。
「――っ」
初めて、剣が触れる。
金属音。
受けらされた。
瞬間、別の角度からの連撃。
剣を左右に小さく振りながら徐々に後ろに下がる。
完全に、防戦一方となる。
考える間がない。
これまでのように“先に動く”余裕がない。
相手の掌に置かれる。常に先んじられる。
「もう終わり?」
小さな感情の薄い声。
だが、
楽しんでいる。動きが、軽い。
呼吸が乱れていない。
トウジの足が、わずかに止まる。
その一瞬。
来る。
踏み込み。
今までより、一段内側へ。
獣の耳が小さく下に沈み込み。
一瞬で逆手に持ち替えられた曲鉈が顎下から。
「っ――!」
トウジが顎を上げ、後ろへ跳ぶ。
ギリギリで外す。
だが、完全ではない。
服の襟元が裂け、ボタンが飛ぶ。
「……遅い、かも」
もう一度。同じ言葉。
トウジの呼吸が乱れる。
足が崩されている。
間合いが作れない。
「――」
それでも踏み込む。
態勢を崩したまま無理やりに。
下段からのすり上げ。
一気加勢のシュクリを迎え打つ。
――入る。
それを読んでいたように一瞬シュクリが止まる。
伸びあがるトウジ。さらに低くなるシュクリ。
シュクリが視界から消えた。
「――っ!」
避けきれない。
被弾を覚悟する。
腕一本で済むなら、安い。
「はいは~い、そこまで~」
声が落ちた。
場違いな軽さ。
だが。
動きが止まる。
シュクリの刃が、トウジの肘下で止まっている。
確実に切り飛ばされる直前。
トウジの剣は、もちろん届いていない。
流れは、完全にシュクリにあった。
静止。
数秒。
「……まだやる?」
まったく息の乱れていないシュクリが聞く。
トウジは、答えられない。
呼吸が荒い。理解が追いついていない。
支部長が苦笑いをシュクリに向ける。
「いや、もう十分」
軽く手を振る。
「三戦目、終了~」
固唾をのんで戦いを見守ってきた周囲にざわめきが、ゆっくりと戻る。
ただ明確な変化がある。
「……止めたな」 「危なかったろ、今の」 「完全に入ってた」
視線がトウジに向く。
そして、シュクリにも。
評価が、はっきりと分かれる。
トウジはその場に立ったまま、息を整えている。
体が、まだ動けていない。
ただ、はっきりと理解していた。
――通じない。
その事実だけが、身体に残っていた。




