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2-9 王都近郊

 行軍九日目。


 明日はいよいよ、王都(フィオル)へ入る。


 オルドは、しばしば列を離れていた。冒険者ギルド(ヴァルグラム)の部隊へ顔を出しているらしい。「王都(フィオル)までお前は来るな」そう言われているので、トウジは素直に従っている。


 エストは、逆に忙しそうだった。王都(フィオル)が近づくにつれて、伝令や打ち合わせが増えている。

 馬を降りることも少なく、常にどこかへ向かっている。「トウジは、どっしりと落ち着いていてください」――動き回るな、という意味だと理解した。


 老師は、時折、馬車の横を歩いていた。目が、少し遠い。焦点が合っていないようにも見える。書類の山か、揺れる馬車のせいか。どちらにせよ、大変そうだと思った。




 この丘陵地帯を越えれば、王都(フィオル)が見える。


 そう聞いていた。


 緩やかな起伏。森と草地が、なだらかに繋がっている。


 その途中で、行軍が止まった。


 前触れはなかった。ただ、流れが止まる。


 列の奥から、早馬が駆けてくる。土を蹴る音が、まっすぐ伸びる。


 やがて、近くにいた聖騎士団へと伝令が届く。空気が変わる。鎧の音が、わずかに増える。


 ロアンが先頭に出る。その後を追って数騎が、そのまま西へと駆けていく。


 何かが起きている。


「トウジ」


 横に、馬の気配。


 エストが寄せてきていた。


「先頭付近の森で、瘴気が発生しているようです」


 その言葉で、体が先に動く。


 踏み出しかけて、止められる。


「落ち着いてください」


 声は静かだった。


「いやでも!」


王都(フィオル)の周辺では、よくあることですから」


 トウジは眉を寄せる。


「瘴気が、よく発生するってこと?」


「はい」


 エストは頷く。


「人が多く住まう場所の周辺には、かならず瘴気が沸きます」


「……?」


「そういうものだと思ってください」


 少しだけ、間を置く。


「あまり、いいことではありませんが」


 風が吹く。草が揺れる。


「そのために、聖騎士や神官が周囲を巡回しています」


「でも、王都(フィオル)はそんなので大丈夫なの?」


「結界がありますから」


 視線が少しだけ前へ向く。


「そのための神殿でもあります」


「マルヴォロス隊長、準備できました」


 聖騎士が一人、馬を寄せてくる。


 エストが振り向く。


「いまから、二陣として後詰に入ります。ついてきますか?」


 トウジは一瞬だけ間を置く。


「え? いいの?」


「はい」


 短く返る。


「私がいますので」


 その言い方で、十分だった。


「行きます」


 トウジは頷く。




 馬を飛ばす。列を抜ける。前へ。


 風が強くなる。


 森が近づく。


 空気が変わる。わずかに、重い。




 現場は、すでに兵士たちが作った簡素な柵で囲われていた。


 その先、下草のあまりない疎らな木々の中で、聖騎士たちが円を作る。


 その中心に、薄墨色の揺らぎ。


 瘴気。


 それほど濃くはない。


 先陣の聖騎士たちと距離を若干取ったエストの横に並んで、様子を見守る。


 詠唱が始まる。低い声。揃っている。


 重なりながら、ずれていく。完全には一致しない。だが、崩れない。


 足元に、紋が浮かぶ。細い線。光が、ゆっくりと巡る。


 円が徐々に閉じていく。瘴気が、押される。逃げ場を失うように、さらに中心へと寄せられる。


 紋の淡い光の層が厚くなる。何層にも重なり、徐々に瘴気を封じ込める。


 逃げ場を求めていた揺らぎが、やがて止まり――光に飲み込まれるように、音もなく形が崩れていった。




 トウジは、その光景に違和感を覚えた。


 消えているが、何かが違う。あの時と、違う。


 少しずつ、確実に、安全に、時間をかけている。でも、あの時は――


 ……答えが見つからない。




 瘴気は、ほとんど消えた。


 残りが、細く漂う。


 その時、何かが触れた。


 頭の奥。思考よりもっと深い場所。指先でなぞるような感触。だが、確かにある。


 それが――すっと消える。跡を残さずに。


 トウジは、瞬きをする。


 またこの感覚だ……。


「……トウジ?」


 横で、エストが声をかける。


 トウジは、ゆっくりと視線を戻した。


「……あ」


 言葉を選ぶ。


「いえ、なんでもないです」――そう言うしかなかった。




 聖騎士たちが、わずかに息を吐く。


 瘴気も光も、完全に消えていた。


 周囲を確認していたロアンが、エストの方へ頷いてみせた。


 エストも頷き返すと、それを見た聖騎士たちも動き始めた。


 任務は終わった。




 柵の後ろで成り行きを見ていた部隊から伝令が走る。


 柵が撤収され、周囲に喧騒が戻ってきた。


 トウジは、その場に立ったまま、


 さっきの感触を探そうとして――やめた。


 すでに、どこにも残っていなかった。


 だか、確かに何かが触れた。

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