(五十)
女社長から話しがあるからとデンワで呼び出された。個展の打ち
合わせということだったが、もちろん、私が先日雑誌の対談で発言
したことをたしなめるために違いない。今度は遅れない様に早く部
屋を出た。都心には至る所に東京オリンピックの幟が飾られてい
て、不遇から抜け出せない者にとって2019年が東京に留まるタ
イムリミットである。東京でのオリンピック開催は災いに似ている
。他所でやるのであれば他人事のように覗いてられるが、いざ東京
で始まるなるとめんどくさくて逃げ出したくなる。大体、我々は二
千年以上も前に思い付いた祭典を未だに歓迎しているのだ。更に、
デモクラシーといえば同じように紀元前に生まれた制度にも拘らず
政治はそれに勝る制度を未だ産み出せていない。オリンピックもデ
モクラシーも大昔に生れたものではないか!いったい、人間は二千
年前よりも本当に進歩したのだろうか。産業革命によってもたらさ
れた近代文明社会は、たかだか二百年余りでエンストしかけていて
、いずれこの文明もガス欠によるか排ガスによるかで成長を終わら
せようとしている。この国も二百年前はチョンマゲを結い腰に凶器
を帯びて闊歩していたのだ。恐らく人類の歴史から見ればこの時代
など一瞬の繁栄でしかない。つまり何時までも続くものではないの
かもしれない。かつて恐竜が巨大化することによって滅亡を速めた
ように、人類もまた巨大化したエネルギー消費によって、恐竜の二
の舞になるのではないだろうか。74億の人間が豊かさを求めて争
い、世界中が人跡に汚されてもそこを遁れて原始からやり直す新大
陸はもう何処にもない。そもそも私はこれ程の人々が東京で生活す
るための稼ぎをどうやって得ているのか分からなくなることがある
。4千万を超える人々が毎日食べて暮らしていくためには相当な量
の食糧や生産が必要だが、東京がそれを賄うための何か画期的な技
術が開発されたいう話はとんと聞かないし、それでも生産性のない
社会福祉費だけは確実に増えている。生活するために借金ばかりが
積み上げられ、財政破綻が叫ばれても生活を改めようとは思わない
。何もかもが限界に近付いているにもかかわらず、何もかもが変わ
らない。我々はいま不思議な時代に生きている。バロックが言うよ
うに、食うものがなくなれば畑か山へ行けばそれなりに糊口を凌ぐ
ことができる暮らしの方が豊かなのかもしれない。私は漠然とでは
あるが、東京での生活がいつまでも続けられるとは思えなかった。
世の中にはどうやって稼いでいるのかよく解らない商売があるが
、画商や骨董屋などがそうだ。休んではいないが何時観ても客の姿
を見たことがない、女社長の画廊もそんな店だった。何度か足を運
んだが終ぞ絵を買い求める客に出くわしたことがなかった。絵の売
買でどうやって値を付けているのか、その場に立ち会いたいものだ
と常々思っていたが、早く着いた画廊のドアを何時ものように押し
て入ったら中には幾人かの客が居た。私は少し驚いたが、それでも
客が居ることにホッとした。ちょうど、多芸で知られた芸能人が個
展を終えたばかりで、壁には彼の描いた奔放な水彩が、ご丁寧に書
で説明までされて吊るされていた。魚の絵には「鰺」と読みづらい
字で書かれていて、なるほど説明がなければアジとは気付かなかっ
た。ところが、どの絵も売却済の札が貼られていた。もしその芸能
人が描いたという証がなければ、千円札の野口英世の肖像画と交換
することさえ拒みたくなる程の拘りのない絵だったが、隅には拘り
の有るサインが記されていたいた。客の中から女社長が現れた。私
は雑誌の対談での無礼をデンワでも何度も詫びていたが、更に深く
頭を下げて詫びた。女社長はそれには応えずに、
「あらっ、随分早いわね」
と言って自分の時計を見た。
「まだ一時間もあるじゃない」
そう言って、
「困ったわね、まだ少し時間が掛かるのよ」
しばらく考え込んでから、またしても例のホテルのラウンジで待つ
ように言った。もしも、私が二度と行きたくない場所があるとすれ
ば、駅の通路にダンボールを敷いたただ寝るだけの場所よりも、高
級ベッドを備えたただ寝るだけでは虚しくなるその宇宙ステーショ
ンホテルだった。 (つづく)




