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パソコンを持って街を棄てろ!  作者: ケケロ脱走兵
45/58

(四十五)

 サッチャンから電話が掛かってきた。

「バロックからデンワがないんだけど、何か知ってる?」

私はつい先日連絡があったことを告げた。

「えっ、ほんと?」

私も言った後で、バロックがサッチャンには何も知らせてないこと

を知った。

「信じられない」

そう言ってからサッチャンは、バロックのことを聞き出そうとした

。サッチャンは私にとってはいわば恩人で、乞われれば言わざるを

得なかった。私は恐る々々言った。

「もう路上はしばらく止めるって」

「えっ、どうして?」

彼女はどうももう一度バロックと一緒に路上からやり直したいと思

っているようだ。

「さぁあ」

私はバロックがどうしてサッチャンにもその事を言わなかったのか

考えていた。

 サッチャンはヒット曲の後、イメージチェンジをして新曲を出し

た時、ある音楽関係者との熱愛が報じられた。私も関心を押さえ切

れずにコンビニでその雑誌に載った写真を見た。深夜の物陰で人目

を憚らずに抱擁する男女の姿が写っていたが、その女性がサッチャ

ンかどうかはヘソのピアスが見えなかったのではっきりしなかった

。相手の男は、雑誌によれば、既婚者だった。その頃は、サッチャ

ンも忙しくしていて、バロックにも私にも事の真意を伝えることな

どなかった。いまさら蔽った土を穿り返して確かめるつもりなどな

かったが、私は、恐らく私以上にバロックも、もどかしく思ってい

たに違いなかった。ただ女性は、否、サッチャンは土で蔽い隠して

しまえば後は何もなかった様に振舞った。「あっ!」私は、何故バ

ロックが急に東京を去ったのか判った。バロックが東京を出たのは

まさにその頃だったのだ。

「ねえ、聞いてる?もうっ、何か知ってることがあれば教えてよ」

「あっ、ああ・・・」

私は何を言っていいか判らなくなって、もう一度順序立てて考えて

からでないと、思っていることを軽々しく口にしてはいけないと思

い、話しを逸らした。

「あっ、今度、個展をする事になったよ」

「へえーっ、おめでとう。すごいわね」

「ありがとう、ほんとに君には感謝してる」

「いつ?」

「まだまだ先、来年だよ」

「必ず行くからね」

「ありがとう、決まったら教える」

私のチェンジは成功したかに思えたが、

「バロックも知ってるの?」

「あっ、知らない。決まったばかりだから」

「ちょっと、バロックのことちゃんと教えてよ」

「ええっ」

 私は、女社長から個展の為に二十号(727×530mm)を超える大きな

絵を描くように言われていた。それまでは六号(410×273mm)までの

絵しか描いた事がなかったので、同じ大きさの絵ばかりでは詰まらな

いと言われて安請け合いをしてしまった。ところが、これが全く上手

く描けなかった。ただ大きくすればいいという訳にはいかなかった。

短編小説ならまとまりのある話しも、広げてしまったが故にぼやけて

しまったり、明らかな嘘が露呈したり、まるでこの小説のようになっ

てしまった。ただ、作家にしろ画家にしろ、凡そ創造に携わる者にと

ってなくてはならぬ能力とは何かと言えば、嘘を如何に上手く吐くか

という能力である。サッチャンからの電話は、有りもしない空間を墨

で塗りつぶしながら、どうすれば上手く騙せるかと苦心している時だ

った。

「ねえ、会えない」

電話での遣り取りにもどかしくなったサッチャンがそう言った。サッ

チャンは元の学校へ復学していて、その学校はこのアパートのすぐ近

くだった。それでも、私はメールの交換をしても、会いたいとは思わ

なかった。それはバロックに遠慮してというよりも、ホームレスだっ

たという負い目が、サッチャンに限らず若い女性に対してあった。も

ちろん男としての性的欲望は寝てる間に満ちて、朝起きるとゲージの

針は上を向いていたが、その欲望を充たす相手は何時もバーチャルだ

った。私はこれを「自虐視姦」と呼んだ。

「校門の前に居るから」

私は、恩人の命令に逆らえず、仕方なくサッチャンの学校へ向かった。

 もう日は傾きかけていた。馴染みの商店街には、授業を終えたばか

りの学生たちが行き先の定まらない歩き方で、行き先の定まった社会

人の往来の邪魔をしていた。私は未だにこの学校が何を教える学校な

のか判然としなかった。以前は電気系の専門学校だったが、今では鍼

灸師からマンガ、ロボット、音楽、バイオ技術、タレント、自動車整

備、ダンス、建築、声優、IT、フィットネス、「フィットネス?」

、遂には宇宙システムまで学べるというのだ。

さすがに介護福祉士は儲からないからか早々に敏く撤退していたが、

凄いと言っちゃあ凄い。

 門の前でミュージックアーティスト科在籍のサッチャンが待ってい

た。

「アート、こっち」

「あれっ、気付かなかったよ」

サッチャンはすでに人気アーティストの面影すらなく、普通の学生に

紛れて地味な上着にジーンズという格好で、呼び止められなければ判

らなかった。私は直接には言えなかった感謝の言葉を言って頭を下げ

た。それから、バロックが送って来た十数カットの写メを見せた。サ

ッチャンは、私から携帯を奪ってしばらく懐かしそうに見ていた。た

だ、二人が佇む校門辺りは、学んだことを消化できずにいる学生達が

、奥の「大腸」から続々と押し出されて来て邪魔になった。

「場所を変えようか?」

私はそう促してサッチャンを見ると、サッチャンは携帯の画面を食い

入るように見ながら、目に涙を溜めていた。

 サッチャンと私は、商店街の横道にある喫茶店に入った。私は、バ

ロックから聞いたことを思い出しながら話した。サッチャンは、私の

携帯に送られてきた写メを見ながら聞いていた。ただ、随分彼女は変

わってしまった。嘗て一緒に路上で唄っていた頃の必要以上に笑って

いた天真の明るさが消え、大人になったんだと思ったが、それにして

は暗かった。

「何でこんな所へ行っちゃったのかしら?バロック」

彼女はたぶん山の中の風景を見ながら、そう言った。私は、「あんた

のせいじゃないの」と言いたかったが、言える訳がなかった。

「恐らく世の中のことを予感していたんじゃないのかな」

「えっ!世の中の、何を?」

「破局を」

サッチャンは、突然顔を上げて私を睨んだ。

「そんなのわかる訳ないじゃん」

私はその目の厳しさに思っていることが言えなくなった。

「そうだよね」

サッチャンは携帯を私に返して、そしてテーブルに肘をついて手の平に

顎を載せ窓の外を眺めた。しばらく話しが途絶えた。そのきつい眼付き

と精彩を失った表情から、私はサッチャンに何かあったんだと直感した

。そして、私は何とか心を開いてもらおうと思って話しかけた。

「サッチャンも、もう卒業じゃないの?」

「私、もうサッチャンじゃないのよ、チカコ」

「あっ、そうか。ゴメン、ゴメン!」

それでも私の恩人を放って置く訳にはいかなかった。

「えっ、それじゃあ、もう歌わないの?」

彼女は何も応えなかったが、その一言が彼女を揺らした。外を眺めている

眼の目尻から涙がこぼれた。そして急に顔を両手で蔽いながら、周りを憚

らずに大きな声で泣きはじめた。私は何故そうなったのか判らず驚いた。

「どうしたんだよ?サッチャン、いったい何があったんだよ」

私は思わず彼女の肩に手を架けた。

「君には感謝しているって言っただろ。力になれないかもしれないけど何

でも言ってくれよ、一緒に歌った仲間じゃないか」

ただ彼女は顔を伏せて、泣きじゃくるばかりだった。


                            (つづく)

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