(三十九)
その後の「DINNER」は散々なものだった。メインゲストだ
った私が、自分の殻に閉じこもってしまったので、話しが全く続か
ずに沈黙だけが煩かった。静寂が訪れる度に、女社長が当たり
障りのない話しを持ち出したが、いずれも私が加われない話題で、
ただ、相槌を打つことしか出来ずに会話はプツリプツリと途切れた
。まるで私は、イルカの群れに誤って紛れ込んだマグロのようで、
「空気が読めない」どころか、まったく息ができなかった。我々の
出会いは初っ端から祝福されてはいなかった。女社長が心の中で「
ダメだっ、こりゃ」と呟くのが聞こえた。ワインで朱色に染まった
テーブルクロスを見詰めながら、私は朱に交われずに赤くなった。
彼女は「DINNER」を終えると、早々に我々を見捨てて化粧室
へ旅立ってしまった。すると、酩酊した老先生が突然、私に話しか
けてきた。
「君、あっ、君は何と言う名だっけ?」
私はさっき言ったばかりの名前をもう一度告げた。直ぐに老先生は
私の名前を君づけで呼んだが、その後、二度と名前を呼ばれることは
なかった。そして、
「君ね、日本の文化は接木なんだよ。ずーっと桜でやってきた
が、明治になってバラの美しさに驚いて、バラを接ごうとした。と
ころが、誰もバラの育て方を知らない。そこで国家が近代化の啓蒙
を推し進める為に、絵画だけでなく西洋文化を真似ようとした」
先生もまた周りの空気が読めないのか、日ごろ講演か何かでたぶん
何度も演説したと思われる話を、上の空の私に、淀むことなく滔々
と語り始めた。私は仕方なく、
「ええ」
と答えると、我が意を得たりとばかりに、
「当時、多くの画家を志す若者が西洋絵画の技法を学ぶ為にフランス
へ留学した。ところが、その西洋ではすでに写実的な描写に飽き々々
して、逆に日本の浮世絵の独特の画法に魅せられていた。あっちへ行
ったら桜がいいってなってる」
「戸惑ったでしょうね、バラを習いに行った人は」
「確かに、それに浮世絵は庶民文化だからね。今で言うと漫画だよ。
こっちでは誰も芸術だなんて思っていない」
「ちょうど印象派が出て来た頃ですね」
「そうだ、写実を習うつもりだったのに、それはもう時代遅れで、こ
れからは個性が大事だとなった。これは凄いことだよ、君。写実とは
突き詰めれば個性を排すことだからね。個性まで人に習う訳にはいか
ない。ところが、日本ではやっぱり写実を求められる」
「どうしていいか解らなくなりますよね」
「そうっ、それが今の日本の美術界なんだ」
「ダメですか?」
「いや、全然かまわない。ただ、そうなると権威に縋る者が増えて、
遂には自分の個性を見失い、退屈な絵画ばかりが持て囃されるように
なる」
「はい」
「日本の絵画は近代化と共に国家に支えられて、様々な個性が花開い
た、それは間違いない。しかし、今まさにそのアカデミズムこそが、
芸術全般の閉塞を招いている」
彼は酔っ払っていたが、話はそれほど支離滅裂ではなかった。間もな
く女社長が戻って来た。
「あれっ、お話し盛り上がってるわね」
それでも、老先生の熱弁は冷めなかった。
「つまり、我が国の芸術は、馬鹿げた権威主義から逃れられられなく
なってしまった。そもそも、芸術家に学歴や肩書きなど必要ないんだ
、作品が全てだ。そう思わないか?」
「はい」
「ところが今の芸術家はやたら肩書を見せびらかす」
「ええ」
「君のような肩書のない者が変えてくれると期待しているんだよ。頑
張りなさい」
「はい」
私は感激のあまり今にも泣き出しそうになった。
「帰りましょうか」と、女社長が冷たく言った。
(つづく)




