(三十二)
音沙汰のなかったバロックからメールが来た。彼の「みちのく一
人旅」はシノギを稼ぎながらの宛てのない旅なので、先を急ぐ必要
などなかったが、まだ東京の隣の県に居ることが意外だった。
「サッチャンがテレビに出たよ」
「見た」
「何で逃げたの?」
「性に合わん」
「サッチャン、泣いていたよ」
「メールで謝った」
「会わないの?」
バロックは返事をよこさなかった。
私はすぐにサッチャンにメールをして、バロックの様子を伝えた。
彼女は今や時の人で、環境問題を扱う情報番組にはエコロジーガー
ルとして頻繁に顔を出して、それだけに止まらず、名前の一件以来
、しっかりした主張を持ったインテリタレントとしてワイドショー
のコメンテーターも器用にこなしていた。ただ、彼女をよく知る者
にとっては、いつ化けの皮を剥がされるか冷や汗を流しながら見て
いた。ある番組では、ネットへの書き込みで脅迫をした若者が逮捕
された事件を取り上げていて、コメントを求められた弁護士が、
「愉快犯だとしても許されない」
と語ったが、彼女は聞きまつがいをしたのか、
「えっ、誘拐まではしてないですよ!」
と彼の言葉を遮った。弁護士は慌てて、
「そうじゃなくて、ゆかい犯ですよ、愉快、不愉快のゆかい」
と、彼女の聞き間違いを指摘したが、どうも彼女は「愉快犯」とい
う言葉を知らなかったようで黙まりこくってしまった。
さらに、環境問題を取り上げた生放送の番組では、バイオマス燃
料が排出するCO2までも温室効果ガスと勘違いしていたようで、
「バイオマス燃料を使ってもCO2は排出されますからね」
と言って、横にいた司会者はすぐに、
「いやいやいや、バイオマスは温室効果ガスとは違うんですよ」
と彼女に説明した。番組が終わってしばらくして、エコロジーガー
ルの彼女からメールが来た。
「バイオマス燃料はなんで温室効果ガスじゃないのか教えて?」
私はバイオマス燃料とは再生可能な循環性のあるエネルギーである
ことを説明してやった。
サッチャンのお陰で私の絵は売れるようになったが、しかし、オ
ークションの落札価格は私の想像をはるかに超えていた。終了時間
までには、怖くなってもう入札しないで欲しい思う程だった。私は
まだ自分の絵に自信がなかった。テレビで話題になったがそれだけ
のものだと思っていた。つまり絵が評価されたとは思っていなかっ
た。だから、どんな人が落札したのか気になってすぐに電話をした
。落札したのは銀座の画商だった。
「あれ、入金済みましたよね?」
電話に出たのは女性だった。
「あっ、そういうことじゃ無くて、もしよろしければ、どうして私
の絵を買われたのか教えて頂けないでしょうか?」
「えっ!貴方が描いたの?」
「あっ!」
すぐにばれてしまった。
「ちょうど良かったわ、実は私もお話があります。電話では何です
から、もしよろしければ、お伺いしても構いませんか?絵のことで」
私の部屋は女性が気兼ねなく寛げるような部屋ではなかった。
「あっ、それなら私が落札された絵を持ってそちらへ伺いますけど」
「じゃあ、そうして下さる」
こうして私は女性が経営する銀座の画廊へ向かった。
(つづく)




