(三十一)
サッチャンの有り難い宣伝のお蔭で生活は一変した。まず、コタ
カ(尾崎豊のバッタモン)から電話があり、「休んでいる場合じゃ
ないですよ!」と言われて、仕方なく描き終えた十数枚の絵を持っ
て駅前広場へ出掛けたが、画廊を開く間もなく全てが売れてしまっ
た。私は一夜にして売れっ子画家になっていた。とは言っても、早
朝に牛乳配達のアルバイトがある為、一日に描ける絵は五枚がいい
とこだった。アトリエ代わりに使ってるバロックの部屋でひたすら
絵を描いて、出来た絵を広場に持っていったが、地べたに並べるま
でも無く数分で売れてしまい、もう露店を出す必要が無くなった。
やがて広場からは路上画廊が無くなり、私は「幻の画家」と言われ
て、ついには私の絵を手に入れることが出来れば幸せになれるとま
で云われるようになった。コタカ(尾崎豊のバッタモン)はもっと
値段を高くするべきだと言ったが、サッチャンがテレビで「千円で
―す」と言ったので、しばらくは変えるわけにはいかなかった。と
ころが、コタカは、
「だけどアートの絵、ネットのオークションでもっと高く売られて
るよ」
「えっ!」
私はすぐにパソコンを開いて驚いた。私の絵が入札を重ねて一万円
を超える値段を付けていた。サッチャンの放送があってから出品さ
れたに違いなかった。私は絵を買って行った人を思い浮かべた。彼
等は私の絵が高く売れると読んで買っていたのか。つまり、決して
私の絵を認めて買って行ったのではなかったのか?もちろん、そん
なことは解っていたが、何故ならそれまでは全く売れなかったんだ
から、それでも、まさか投機に利用されているとは思わなかった。
私は、サッチャンがテレビで広めてくれたことがきっかけになっ
て、多少なりとも私の絵が評価されたと、思い違いをしていたこと
に言いようのない虚しさを覚えた。絵を買い求める人の為にと思い、
あえて金額の駆け引きを避けていたが、そのことが絵の評価とは別
の価値を生み、それが売買されていたのだ。私は絵を描く気にもな
れず、アパートとは反対の河川敷へ向かって歩いた。
私は自分の絵が社会から認められたとは思っていなかった。ただ
、知り合いがテレビで取り上げて一時的な話題に為ったけれど、正
当に評価されたとは決して思っていない。絵を買った者が絵の価値
認めていれば、すかさずネットで売り飛ばすことなどしないだろう
。私の絵は、絵の評価とは違う価値によって求められているのだ。
これは、絵を描く者にとっては深刻な事態だ。画家は、何の為に絵
を描くのかと云えば人に見てもらう為だ。そして、その絵を観た人
が共感してくれることが絵を描く者にとっての第一義で、やせ我慢
で言えば、売れる売れないは二の次のことだ。ただ、売れなければ
人に観てもらうことも叶わないので、売れることを願うが、観た人
が価値を認めないにもかかわらず、投機的な価値で買われていくこ
とに、その絵を描いた本人としては納得がいかなかった。そこで、
私は自らで、自分の絵をオークションに出品しようと思った。だが
、自分の絵がどれ程の価値があるのか解らなかったので、開始価格
を人がオークションに出して付けていた一万円から始めた。
「価値」とは「もの」の価値ではなく「価値」を認める人や社会
の判断で決まる。お金でさえ社会が認めなければ価値を失う。離れ
小島に一人で暮らす者にとっては、お金など何の価値もない。お金
は社会性がなければ「価値」がない。例えば、法を犯して盗んだお
金は社会が認めないから、手に入れた時からお金としての「価値」
はない、厳密に言えば犯罪者はただの紙切れを盗んでいるのだ。私
の絵もまた社会が認めない限りただの紙切れなのだ。その紙切れに
描かれた私の絵を認めるということは、私の絵を通して私に共感し
、「価値」を共有することなのだ。こうして、ただの紙切れに描か
れた絵は「価値」が認められたことになり、絵画としての「価値」
は、経済的価値へ転換される。つまり、社会的「価値」とは相対的
であり、「価値」を認めるという事は投機的なことであり、私の絵
の投機的な価値は絵そのものにあるのか、それともテレビによって
名前が知られた人気だけなのか、よくわからなかった。
(つづく)




