(三十)
サッチャン凱旋騒動の後の大雨は、路上に並べた水墨画を水に流
して水泡に帰してしまった。私は慌てて片付けようとしたが、焼け
石に水、覆水盆に帰らず、路上に大雨だった。私は苦労して描いた
絵を全て失ったため、しばらくは路上画廊を開く事が出来なかった
。もう一度写真を見ながら作品を作っていたが、出鱈目な描写の東
京タワーが気になり、実際の東京タワーが見える高層ビルを探しな
がら、写真に撮ったりスケッチしたりして、作品を作ることにも手
を焼いていた。そうやって幾日も路上画廊を休んでいると、ある日
、テレビの歌番組でサッチャンが出ていた。私は作品作りに集中し
てすっかり放送日を忘れていたのだ。慌ててテレビに噛り付きサッ
チャンと司会者の遣り取りを固唾を呑んで観ていた。お笑い芸人の
司会者は、彼女をネタに笑いを取ろうとすぐに話しを落として、サ
ッチャンの人と為りを伝えようなどとは端から思っていなかった。
こういうのって彼女の歌を聴きたいファンにとってウザく無いのか
な?サッチャンは名前をからかわれて生い立ちを笑いものにされて
いた。
「路上ライブをやってました」
「えっ!路上生活してたの?」
「違いますっ!路上ライブです」
「ほらっ、路上『ライフ』って言ってるじゃん」
(笑い声)
こんな会話がいつまでも続いて、笑いを繋ぐために仕方なく彼女の歌
が流された。今や世の中は生活の厳しさが深刻になって笑ってなどい
られないが、失われた笑いはテレビの中で溢れていた。本来、芸人は
世間の常識を笑いものにしたが、今や、世間の常識で人の非常識を笑
いものにしている。芸人も人格者になったもんだ。そこまでやるなら
、いっそ「お笑い」ニュース放送でもやればいいと思っていたら、ワ
イドショーではお笑い芸人がコメンテーターになっていた。すでに、
お笑い芸人が世間に常識を説いていた。まもなくお笑い芸人が大臣に
為る日も遠くないだろうと思っていたら、バラエティー番組ではある
が芸人が総理大臣に為って政治家を非難していた。私は政治が暮らし
を良くするなどとは努々考えていないが、政治が暮らしを悪くするこ
とはあるだろう。お笑い芸人が「選ばれて」政治を担う事に何の文句
もない。民主主義とはそう云うもんだ。政治家が芸人よりも優れてい
るなどと全く思っていない。ただ、お笑い芸人が力の無い者をバカに
して笑いを取るのは、あまりにも芸がない。今、テレビで行われてい
ることを学校へ移せば、そのまま「いじめ」問題になるだろう。せめ
て芸人くらいは権力者に媚びず、権力者の驕りを笑いものにしてして
貰いたいものだ。画面ではサッチャンの収録された凱旋ライブが流さ
れて、ヒット曲「エコロジーラブ」を歌うアップの顔はいつの間にか
彼女は化粧をしていたので驚いた。間奏になると其処に居たパフォー
マー達が映し出されてその中に一瞬だけ私が映っていた。予想してい
た通りに、収録された殆んどはカットされて申し訳程度の放映しかさ
れなかった。私は安堵して、と言うのも話題になっても描き貯めた絵
がなかったので、VTRが終わりCMになったのでホッとしてベット
に寝転んだ。少し物足りない気持ちがあったが、世の中とはそうした
ものだ。CMが終わりもう彼女が出ないものと思っていたら、司会者
が、
「サッチャン、何か最後に言いたい事があるそうですが?」
するとサッチャンが、
「はいっ!」
サッチャンは手に持った紙を広げてテレビの画面に掲げた。それは私
が描いた絵だった。私は驚いてベットを降りて再びテレビに噛り付い
た。
「私の友達がここで絵を描いてまーす。良かったら見に行ってくださ
い」
すると、絵心のある司会者がその絵を取って見ながら、
「なに、これっ!墨で描いてんの?」
「はいっ!」
「高層ビルを・・・?ふーん」
「ほら東京タワー」
サッチャンは絵の中の赤くなったところを指して説明した。
「確かに変わってる、けど面白いね。これっ!」
「でしょ!」
サッチャンは続けて、
「いつでも居ますから良かったら買って上げてください!千円でーす」
ずーっと路上画廊を休んでいた私にとって寝耳に水だった。
「ええっ!」
(つづく)




