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パソコンを持って街を棄てろ!  作者: ケケロ脱走兵
29/58

(二十九)

 サッチャンが来る日曜の朝は、前日の暑さが深夜になっても回収

されないままコンクリートに留まって翌朝にまで繰り越され、睡眠

が満たされないままうなされながら目覚めたが、朝日が昇る前から

繰り越された温もりを感じて、今日一日の暑さとの戦いを早々に諦

めて、どこかへ逃げ出したい気持ちだった。ただ、テレビは避暑地

の新緑の梢が涼しげにそよ風に揺れている映像を流していて、それ

が余計にむかついて見ている者を暑くした。

 サッチャンが凱旋して来る広場は、いつもは暑さを避けて閑散と

していたが、今日は彼女のファンやそうでもない人々も集まり、陽

が昇るにつれて小さくなる日陰に佇みながら、午後から始まる彼女

のライブを汗を流して待っていた。そもそも彼女は、近所にある専

門学校の生徒だったが、そこはミュージシャンを目指す生徒たちの

ためのクラスがあって、サッチャンはそのクラスの生徒だった。彼

女が間もなく立つであろうステージには、彼女が在籍するその学校

の生徒達によって複雑な機材が据えられていた。私は普段と違うそ

の様子を見て、今日は出たくなかったが、サッチャンにバロックの

ことを伝えなければいけないと思って仕方なく路上画廊を開いた。

正午を越えた太陽は人々の脳天を垂直に炙った(あぶった)が、それでも広

場にはさらに人が溢れ、ついには駅のコンコースまでも人で埋まり

、通行の妨げになると駅員がマイクで叫んでいた。ただ、この無為

に佇む人々はすることが無いので、何時もは関わろうとしない私の

絵にも関心を向けて、そのうちの何人かは買ってくれた。誰もが待

ちくたびれて、このまま何も始まらなければ脳天を炙られた人々が

何を仕出かすか分からないと思い始めた頃、一台のマイクロバスが

進入して来て、窓から窺える彼女の姿に、沸騰したファン達がその

熱を喚声に換えて一斉に発したので、辺りの温度はさらに上がった

。ついに、思わせ振りにサッチャンがドアを開けて現れたが、彼女

は幾らも歩き出さないうちにファンに取り囲まれてしまった。世間

の注目を受けるという事はこんなにも物事が前に進まないことなの

かと呆れてしまったが、すこし経ってあの生徒達に護られながら駆

けって、かつてスターへの一歩を印した記念すべき駅前広場への凱

旋を果たした。彼女は白のTシャツにジーンズというシンプルな格

好で、ほとんど化粧をしていないのか、それともそういう化粧をし

ているのかのどちらかだった。あんなに拘っていた髪は後ろで束ね

てオフを強調していた。彼女はさっそく私を見つけ、辺りを見回し

ながら、

「バロックは何処にいるの?」

と聞いてきた。私は正直に彼が東京を出て行ったことを告げた。す

ると、彼女は急に悲しそうな顔をして、

「えっ、そんなっ!」

と言って泣き出した。彼女は、今日の事を随分前からバロックに伝

えて、バロックのギターで歌うということでこの企画に応じたらし

い。彼女はすぐに番組のスタッフに駆け寄って怒りを露にした。私

はどんな経緯があったのか知らないが、涙を気にもせずに男のスタ

ッフに抗議する彼女を見て、随分強くなったなと思った。彼女はそ

れでも決められたスケジュールを無難にこなした。演奏はもちろ

ん彼女に付いているたぶん寄せ集めのバンドが演った。ヒット曲「

エコロジーラブ」を歌った後は集まった人々の力強い拍手がビルの

谷間にこだました。ただ、バロックのギターであの頃の様に歌うこ

とはなかった。サッチャンは自分のライブが終わった後も、そこに

居た路上ミュージシャンをステージに呼んでカメラに収録させた。

私の絵も随分撮られた。

「アート、絶対にテレビに流すからね」

彼女はそう言い残して、再びファンの中に飛び込んでいった。そし

て、例えが悪いが豚小屋に餌を放り投げた時のようにファンに囲ま

れてサインをしていた時、晴天にわかにかき曇り、突然、大粒の雨

が沸騰した人々の脳天に落ちてきて、間違いなく「ジュッ」という

音がして、すぐに、さっきまでの晴れ間が嘘のような大雨になった

。思いがけず脳天を冷まされた人々は我を取り戻したかのように、

激しさを増す雨の中を四方八方へと走り去って、サッチャンだけは

雨の中をゆっくりと歩いて、私に手を振ってからバスに乗った。

 その日の夜には彼女に番号を教えたK帯が鳴り、バロックが居な

くなった顛末を教えた。彼女は私の話を黙って聞いていた。その日

の雨は止むことなくいつまでも降り続いていた。                               

                         (つづく)

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