(二十八)
バロックの居無くなった駅前広場は、日常のストレスを発散する
為に深夜まで人が盛ることが無くなり、治安を気にする人々は一応
に胸を撫で下ろした様だが、私はそんな風には思わない。人は都会
で暮らす限りストレスを感じずに生きる事などできない。それはC
O2の問題に似ていて、ストレスの発散は此処で押さえ込んだとし
ても他所で噴き出すだけだ。ただ、此処の治安を気に掛ける人々の
ストレスは間違いなく減ったに違いない。
バロックからのメールは何度か届いたが、彼の居場所は落ち着か
無かった。地方から東京へ出て来る者は、西から来る者は東京以東
の地理に疎く、東京を越えてさらに東に行くことに抵抗があり、同
じように東から来る者も東京を越えて西へ行こうとしない。それは
東京という目的地を通り過ぎて東京から離れることに不安を覚える
からではないか。もちろんそんなことを調べたわけではないがそん
な気がする。バロックは関西の人間なので、西へ行ったものと思っ
ていたら、彼は果敢にも地理に疎い「みちのくに」への奥の細道を
なぞっていた。
バロックが居なくなったからといって、広場の路上パフォーマー
がまったく居なくなった訳ではなかった。いや、かえってバロック
を真似たシンガーたちの熾烈な競争が始まっていた。それでも若い
シンガーたちがいくら上手くバロックを真似ても、確かにソツなく
歌っているが、ファミレスの蝋細工で出来たサンプルのように、臭
いがしなくて物足りなかった。彼等の歌声は確かに上手いんだけど
もまるでコンピューターによって作られたようにそつがなく、バロ
ックのような個性的な歌声の者は居なかった。しかし、その中でも
人気を集めていた、いつも尾崎豊を唄う若者が私の路上画廊に来て
言った、
「アートさん、今度サッチャンがここへ来るらしいですよ」
「いつ?」
「今度の日曜日」
「えっ、ほんと!」
いつの間にかサッチャンはデビュー曲「エコロジーラブ」をリリー
スしていて、その曲はまたたく間にヒットチャートを駆け上がって
、今では地域再生事業を紹介するテレビ番組のテーマ曲にもなって
いた。私はテレビの歌番組はほとんど見ないが、それでもテレビで
彼女が歌うシーンを何度か見たことがある。
コタカ、我々は尾崎豊のモノマネをする彼を「コ」タカと呼んで
いた。それは、彼が書くユタカの「ユ」の字が「コ」にしか見えな
かったから。「コタカ」の説明では、テレビの歌番組で、彼女がデ
ビュー前に歌っていた路上でヒット曲「エコロジーラブ」を歌うと
ころを収録するらしい。私は驚いて、バロックにメールをした。す
るとバロックは、
「知ってる」
「えっ、知ってたの?」
バロックはサッチャンが彼にとっては思い入れのあるこの地に来る
事を、「旅を栖とする」前から知っていたのだ。
(つづく)




