(二十七)
バロックとサッチャンのデュエットによるパフォーマンスは、日
に日に駅前広場の人の流れを堰き止め始めて、遂には駅前の交番の
おまわりさんが注意しに来るほど人気を博した。すでに彼らはイン
ディーズ・レーベルの会社から数枚のオリジナルCDをリリースし
てそれを路上で売っていたが、ついにメジャー・デビューの話が飛
び込んできた。ただし、それはサッチャンだけのソロ・デビューだ
った。バロックはサッチャンに自分のことは気に留めないで「チャ
ンスを逃すな」とけしかけたが、サッチャンはなかなか受けようと
はしなかった。ただ、バロックは自分の演る音楽が今はやりのポジ
ティブソングとかけ離れていることを実感していた。
「なんか宗教っぽいんだよね、最近の歌」
それが彼の感想だった。
間もなくして、サッチャンをスターに迎えるための使者が現れて
、サッチャンはバロックの翁にこれまで育ててくれた感謝を伝え
て、天上の世界へ帰って行った。バロックは表面上は気にもしない
素振りをしていたが、そんなはずはなかった。ソロに戻ったバロッ
クは、始めにストーンズの「Let's spennd the night together」
を熱唱して、いつ終わるとも知れない路上ソロライブが始まった。
終わる頃にはギャラリーが差し入れた酒で酩酊しながら唾を飛ばし
ながら叫んだ。興にのって辺りが白けてきても、その場でギターを
抱えたまま酔眠することも何度かあった。まさに泥酔いライブだっ
た。私は路上からステージアップしたサッチャンに代って再びボー
カルをとった。やがて気が付くと二人は、タイムアップのホイッス
ルと同時にピッチに倒れこむサッカー選手のように、大の字になっ
たまま寝ていた。空が白み、スズメたちの交わす朝の挨拶で目が醒
めて、手術を受けた病人が麻酔から醒めて意識を取り戻すまでの白
けた感覚のまま仰向けになっていると、バロックが、
「俺、旅に出るわ」
「たたたっ旅?」
私はワザと大袈裟にそう言って自分を取り戻そうとした。そして、
「何で?」
「何時までも此処で歌えんみたいや」
彼が言うには『JASRAC』がやって来て「著作権料を払え」と
言われたらしい。どうもカラオケ店から抗議を受けた様で、確かに
彼のライブは目立ち過ぎたかもしれないが、その世知辛さに私は呆
然とした。
「払えばいいじゃん」
「否、どうもそれだけじゃ済まんみたいや」
「カラオケ店?」
「それもある」
「他にも?」
「面白ない者が居るんやろ、この頃はマッポもうるさいし」
確かに深夜になるとお巡りがしつこく注意をしに来た。
「でも、何処へ行くの?」
「分からん」
「・・・」
「アパートそのままにしとくから住んでくれへんか?」
「ああ、いいけど」
「まっ、ここもそろそろ飽きて来たし、丁度ええ潮時やわ」
バロックはその次の晩から駅前広場に出るのを止めた。彼はギター
とバックパックだけを持って、東京へ来た時と同じ様に呆気なく東
京を去った。
(つづく)




