(二)
眠りが遅れて襲ってきた為朝寝坊した。目が覚めた時は、すでに
仕事が始まる時間だった。日雇い派遣はこっちの都合で休むと次の
仕事も溢れるようになる。寝坊したことわりを連絡して散々謝って
許してもらい、シャワーを済ませて日用品の入ったバックを背負っ
てネットカフェをでた。それでも今日一日は自由を得た「奴隷解放
の日」だった。いつの間にか、この国には奴隷制度が復活していた
のだ。
早春の朝日がまぶしかった。棲家の無い者にとって季節天候は決
定的である。冬の深夜を何処で過ごすかは命に関わる。この冬は温
暖化が言われていたので油断をしてしまった。凍える街の隅っこで
眠ろうとしたが、寒さで眠る事も出来ず散々歩き回った末、肉体的
にも精神的にも限界を超えた。限界を超えると脳が警告を発した後
に「運命に任せろ!」と告げて自ら判断のスイッチを切断してしま
った。そして私の命を支えていた多くの分子たちが私を棄てそれぞ
れ元の物質へ還元し始めた。もはや私は風であり雪であり闇であり
世界そのものだった。世間や社会が消滅して私自身も消滅しようと
していたが、まだ生き延びようとする生命の本能だけが、残された
神経を研ぎ澄ませていた。気がつけば見知らぬ廃墟ビルのレストラ
ンのソファに眠っていた。ホームレスにとって地球の温暖化は有難
い限りだ。このまま熱帯気候になってくれないかとさえ思う。そう
なると外で寝ても苦にならないし寒さに備える必要もない。ホーム
レスが苦にならないときっと皆んな無理して働こうとしなくなって
、その時から先進国のCO2排出量が減り始めるのかもしれない。
熱帯地方の若者に日本人が、
「何故、働かない?」と尋ねたら、熱帯に住む若者が、
「何故、働く?」と聞き返してきて、日本人が、
「楽な暮らしができるだろう」と云うと、熱帯に住む青年が、
「働かなくたって楽に暮らしてる」って言ったという笑い話があっ
たが、日本も熱帯化すればそうなるかもしれない。
冬の間は廃墟ビルのレストランのソファで運良く寝泊まりするこ
とが出来た。私を棄てた分子たちも人肌を恋しがって又戻って来て
くれた。さらにその厨房の棚には廃業前の缶詰やパスタなどがその
まま放置されていた。さすがにコンロは点かなかったが、さっそく
缶に閉じ込められたトマトやアスパラガスを解放して私の胃の中に
閉じ込めた。それでも何時誰か来ないかが気になって落ち着けない
レストランだった。東京に在るものは全てに所有者がいることを改
めて知った。空き地の雑草一つもその土地の所有者のモノなんだ。
ここで行われているのは所有権の奪い合いなんだ、まだ空気の所有
者までは現れていないが。
私はすこし歩いて近くの国家が所有する河川敷へ行った。
(つづく)




