七、ピッピ大佐の手記
シリアルキラー、大量殺人者の目的は、性欲や他者への怒りのように個人で違いはあれど、その根底には安堵への欲求がある。私自身が経験したからよくわかるが、幼児期に家庭内で親から安心感を与えられずに成長した場合、それを人並みの倍以上に強く求める傾向がある。しかも一般人はそれを普通に(全くなんの努力もなく、ただ幸運により)当たり前として得ているので、それへの嫉妬から怒りの対象になりやすく、嫌がらせ程度で済めばたんに困った人だが、状況次第では殺人まで発展することもある。自分は念動力という能力を生来持っていたため、最悪のパターンになってしまった。
かつて所属していた部隊の一等兵から、家庭内暴力を起こした彼女の兄が施設に入れられておとなしくなり、その後自殺したという話を聞いた。その兄もまた、無意識で安堵欲しさに暴れたのが、それを抑えられて命を絶つことになってしまったのだが、心の安心はそれほどまでに重要、いやもっと言えば人間としての根本であり、これの有無は人生を左右するどころではなく、人間か否かの分かれ目でさえあるのだ。時として、それを得るために殺人を繰り返すこともいとわない。
通り魔、テロなどを行ったときの快感は、性的やザマア的なものとは別に、親からもらえなかった人生の承認を得たという思い込み、自身の失った人間性をこの手にしたという確たる実感である。これは安心を得て無事に育ち、社会に適合している一般人には、永久に理解できない感覚だろう。犯罪者の精神は、確固たる不安の土台の上に成り立っている。他人を害する者の心の奥底には、他人への絶対的な恐怖がある。殺人者は基本的に対人恐怖症であり、卑怯だの言われようが、自分より弱いもののみを狙うのは当然のことである。
私は運よく軍隊で能力を使って贖罪の意味で戦果をあげ、今はこのような地位を得ているが、だからといって過去の罪が許されるわけではないのは分かっている。それでも絶対に否定できないことがある。殺人を行う際の充実感である。敵を殺したときに得られる喜びは、自分の存在が世界からわずかでも認められた、という奇跡のような、格別の安心感だ(一等兵は、これを「心の安全基地」と呼んだ)。
このような文章は、世間に発表しても有害なだけだから、自分だけで保持するつもりだが、なんなら紛失してもかまわない。私の死後に残った場合には、どうにでも扱っていただいていい。
最後に、普通ならただの殺人犯として裁かれるところを、戦地で敵を殺すことで国のために尽くしたことになり、恩賞までいただけるのだから、私を入れてくれた隊長には感謝しかない。彼女は「良い殺人と悪い殺人がある」と言った。かつて幼児期に悪い殺人を行った者として、これからも国家と国民を助ける良い殺人を続けるつもりだ。命ある限り。




