十、川下りにて(2)
スプラッタ描写あり。
「本番」は思いのほか早く訪れた。装甲艇「バルキル」がルーデシア国境線まであと数キロというところで、川の分流から別の商船が近づき、甲板の船員が手を振った。怪我人がいて、医療品をわけてほしいと言う。包帯の船員がいるので信用したのが悪かった。船をつけて乗り込んできた五人の男たちは全員敵国のスパイで、船体もこちらと同じ偽装だった。さらに悪いことに、甲板にいたマトゥーシュカが人質にされた。
メルを中央に、両手をあげて並ぶ女たちに対峙し、川を背に銃を向けて並ぶ工作員たちは一様にニヤニヤ笑った。真ん中の奴が子供の首をつかんで頭に銃口をあて、隣の奴は腕の包帯をさっさと外して川に放った。
「ゴミは持ち帰れ」
メル隊長の言葉に、どっと笑う男たち。
「女ばかりだから怪しいと思ったら、お仲間か」
右端のリーダー格が言った。
「どうせ、この先の工場がお目当てだろ。まあ報告はあとだ。その前にお楽しみだ」
「上物ばっかじゃねえか、ひひひ」と、隣の奴がイヤらしい目で笑う。メルはことのほか落ち着いて見えるが、両側の部下たちは不快に顔をしかめている。特にブラックは、シュカの身が気がかりだった。
だが、そのとき。
「動くんじゃねえ、このガキ!」と、人質担当がシュカの頭を銃口で小突いたとたん、「ぎゃああああー!」と金切声をあげて暴れだした。「なんだこいつ?! おとなしくしねえと殺すぞ!」
「シュカ、大丈夫だ、そいつは父親じゃない」とメル。「親父はもういない。お前が殺したろ?」
「このガキ、父親を殺したってのか?」
リーダー格がぎょっとして聞くと、なんでもないふうに答えるメル。
「ああ、そいつは化け物で、ヘルメットがないと、超能力で手当たり次第に人を殺すんだ。とくに頭は小突かんほうがいいぞ。一番キレる部分だからな」
シュカは以前、父親に殴られていた恐怖が体に染みついており、頭を軽く突かれただけで全身が危険信号を発し、スイッチが入って暴れだすのである。
だが、もちろん男どもは本気にしない。
「化け物だぁ? こりゃおもしれえ、見せてもらおうか。メット脱がせろ」
「取れねえんだよ!」
「鍵がないと開かないぞ」とメル。
「よこせ!」ともらったが、「どこに差すんだ?!」
「脳天に穴があるだろ」
やっと脱がすとメットを足元へ蹴とばし、いきなりシュカを甲板にうつぶせに転ばして、頭をぐいぐい踏みつけた。
「おい、やめろ!」
叫ぶブラックに、男は踏みながらニヤニヤと言う。
「ガキは脳天に食らわすのが一番いいんだぜ。後遺症が残るからな」
「お前みてえにな」と冷やかす仲間。
「うるせえ!」
どっと笑いが起き、増長してさらに踏みつける男。少女の泣きわめく声が川面に響き、ブラックは死にたくなった。
(あれじゃメットなしでも、ビビって何もできねえぞ!)
「これのどこがバケモンだ? なめんのもいい加減にしろよ!」
言ってリーダー格が近寄り、メルの横面を思いきり殴りつけた。そして倒れたその腹に、何度も蹴りを入れる。うめく隊長。
「ぐはああ!」
「こういう糞生意気な女が一番嫌えなんだよ!」
ところがリーダー格は、蹴っているうちに不意に足が止まり、ぎょろ目をむいて喉をかきむしりだした。
「ぐえええ! 喉が! 喉があああ!」
「ど、どうした〇〇?!」
仲間たちが叫んだ直後、その〇〇さんの首は、斧で横に断ち切ったようにすぱっと飛んで、後ろの川にぼちゃんと落ちた。
崩れる首なし死体に驚愕して男が足を離したので、マトゥーシュカはゆっくりと身を起こし、そっちを見た。刺すような目でにらまれて、あまりの恐怖に小便を漏らして叫ぶ男。
「お、おめえがやったのか?!」
それに答えず周りを見まわすと、ほかの三人も同時にすぱっと首を斬られて、川に石のようにぼちゃん、ぼちゃん、と落ちた。
再び男を見るマトゥーシュカ。
「わ、悪かったあああ! 許してくれえええ!」
腰を抜かして泣き叫ぶが、少女は目をそらさない。いきなり男の両腕がずばずばともがれ、両足が根元から切断されて甲板に転がった。血の海で目をむいて絶叫する男。
「ぎゃあああー!」
そして腹が大きく縦に裂け、腸と内臓が爆発するように飛び出した。
男は死んだ。敵は、ものの一分で全滅した。
ブラックが飛び出して抱きしめると、緊張が切れたマトゥーシュカは、腕の中で泣きじゃくった。
メル隊長は口の血をハンカチで拭いて、嬉しそうに叫んだ。
「よくやった、マトゥーシュカ! 最初にしては上出来――」
「うるせえ、バカヤロウ!」
ブラックは隊長を怒鳴りつけると、子供を船室に連れていった。
(これで、本当にいいのか?!)(なにが安全基地だ、畜生!)




