相棒
こんにちはこんばんはおはようございます
第二区画へ向かう廊下。
足音が響く。
さっきよりも速い。
状況は悪化している。
それでも――
二人の距離は、さっきより少しだけ近かった。
「ねえ」
走りながら、リゼが言う。
「さっきのやつ」
「……はい」
「怖かった?」
カイは一瞬だけ考える。
嘘をつく理由はない。
「……怖かったです」
正直に答える。
「消したかもしれないって思った時」
リゼは小さく「そっか」と言う。
少しだけ、視線を前に戻す。
「私はね」
続ける。
「慣れてる」
カイが見る。
「消えるの」
淡々とした声。
「周りの人間が、いなくなるの」
一拍。
「覚えてるの、私だけってことが多いから」
カイは何も言えない。
その言葉の重さが、すぐには処理できない。
「だからさ」
リゼが少しだけ笑う。
「一人で抱えるの、地味にきついんだよね」
その言い方は軽い。
でも、本音だった。
カイの胸に、何かが引っかかる。
「……じゃあ」
言葉を選ぶ。
「今は、一人じゃないですね」
リゼが一瞬だけ止まる。
ほんのわずかに。
そして、ふっと息を吐く。
「……うん」
短い肯定。
それだけなのに、空気が少し変わる。
廊下の先、警報が鳴り始める。
赤い光。
緊急事態。
だが。
「ねえ、カイ」
「はい」
「もしさ」
少しだけ、声が落ちる。
「私が消えたら、どうする?」
カイの足が一瞬だけ鈍る。
だが止まらない。
「……探します」
即答だった。
リゼが少し驚いたように見る。
「見つかる保証ないよ?」
「それでもです」
カイは前を見る。
「完全に消えてないなら、残りはあるはずです」
リゼの目が細くなる。
「じゃあ、“完全に消えた”ら?」
少しだけ、意地悪な問い。
カイは数秒、黙る。
そして。
「……その時は」
言葉を選ぶ。
慎重に。
「消えたってことを、覚えておきます」
リゼの表情が止まる。
「……それ、どういう意味?」
「誰かが覚えてないと」
カイは静かに言う。
「本当に“なかったこと”になるから」
その言葉は、リゼの領域だった。
彼女の役割。
彼女の孤独。
それを――
自然に引き受けるような言葉。
リゼは何も言えない。
数秒。
走りながら、ただ前を見る。
そして。
「……バカだね」
小さく呟く。
でも、その声は少しだけ柔らかい。
「そういうの、重いよ」
「すみません」
素直に謝る。
リゼが吹き出す。
「謝るとこじゃないって」
少しだけ笑う。
その笑いは、これまでで一番自然だった。
「でも――」
一歩、距離が近づく。
「嫌いじゃない」
その言葉は軽い。
けど、どこか本気だった。
カイは少しだけ視線を逸らす。
(……なんだこれ)
状況は最悪。
人が消えている。
原因も不明。
それなのに。
胸の奥が、少しだけ違う動きをしている。
そのとき。
区画の扉が見えてくる。
大きく歪んでいる。
これまでで最大規模の“異常”。
「……来たね」
リゼの声が戻る。
切り替わる。
カイも頷く。
だが、扉の前で。
一瞬だけ。
リゼがカイの袖を掴む。
「離れるなよ」
短く言う。
いつもの軽さはない。
「お前いないと、私ただの記録係だから」
カイはその手を見る。
少しだけ驚いて。
でも、すぐに頷く。
「……はい」
その返事に。
リゼはほんの一瞬だけ安心した顔をする。
すぐにいつもの表情に戻るけど。
「じゃあ――」
手を離す。
「行こうか、“相棒”」
その呼び方に、少しだけ意味が乗る。
ただの役割じゃない。
もう少しだけ、近い何か。
カイは小さく頷く。
二人で、扉に手をかける。
その先には。
さらに大きな“消失”と――
まだ名前のついていない感情が、待っていた。




