表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『バグを喰らう者』  作者: Iori-y-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

不完全

こんにちはこんばんはおはようございます

空気が、わずかに張り詰める。


カイとリゼの手が離れたあとも、感覚だけが残っていた。


“繋がっている”。


言葉にしづらいが、確かな実感。


教官が一歩前に出る。


「……試せるか」


短い問い。


カイは空白を見る。


リゼも同じ場所を見る。


「やってみる」


リゼが先に言った。


「でも条件がある」


教官が目を細める。


「言え」


「邪魔しないで」


即答だった。


「これ、たぶん“繊細な作業”だから」


少しだけ、カイを見る。


「この人、たぶん雑にやるとまた消す」


「……否定できません」


カイが小さく言う。


兵士の一人が不安げに口を開く。


「ほ、本当に戻るんですか……?」


リゼは少しだけ考えてから答える。


「戻る“可能性はある”」


その言い方は曖昧だったが、嘘はなかった。


「ただし――」


空白を指差す。


「“完全には戻らない”かもしれない」


沈黙。


だが、誰も止めなかった。


止められる状況ではない。


教官が短く頷く。


「やれ」


その一言で決まる。


リゼがカイの隣に立つ。


距離が近い。


「いい?」


小声で言う。


「まず、私が“形”を出す」


「形……」


「記憶の輪郭。完全じゃないけど、目印にはなる」


カイは頷く。


「そのあと、あんたが“引っ張る”」


「……どこから」


リゼは少しだけ笑う。


「決まってるでしょ」


空白を見る。


「“まだ残ってるところ”から」


カイの胸が、ドクンと鳴る。


(残ってる……)


さっき感じた違和感。


あれは――


“ゼロじゃない”証拠。


「いくよ」


リゼが目を閉じる。


その瞬間。


空気が変わる。


ノイズではない。


もっと静かな揺らぎ。


カイの視界に、うっすらと“影”が浮かぶ。


人の形。


ぼやけている。


だが、確かにそこにある。


「……見える?」


「はい」


カイは即答する。


他の人間には何も見えていない。


だが二人には、共有されている。


「じゃあ、それを掴んで」


カイはゆっくりと手を伸ばす。


触れる。


感触はない。


だが――


(ある)


微かに、“引っかかる”。


「そこ」


リゼが小さく言う。


「それが残りカス」


カイは集中する。


いつもの“バグ”とは違う。


これは壊れていない。


ただ――


“薄い”。


「……引くぞ」


カイが言う。


「待って」


リゼが止める。


「一気にやると千切れる」


「……じゃあ」


「合わせて」


一歩、近づく。


肩が触れる距離。


「私が形を保つ。あんたが引く」


短く、的確な役割分担。


「……いける?」


カイは少しだけ考えて。


頷いた。


「やります」


「よし」


リゼが息を整える。


「せーの、でいく」


一拍。


「せーの」


その瞬間。


カイは“引いた”。


重い。


想像以上に。


(……これ)


ただの情報じゃない。


“存在そのもの”。


引き剥がすような感覚。


「っ……!」


腕に負荷がかかる。


リゼが歯を食いしばる。


「……形、崩れる……!」


影が揺れる。


輪郭がほどける。


「ダメだ、強すぎる」


カイが止めようとする。


「止めるな!」


リゼが叫ぶ。


「ここで離したら、完全に消える!」


カイの動きが止まる。


(どうする)


このまま引けば、壊れる。


離せば、消える。


選べ。


教官の言葉がよぎる。


(……違う)


これは、“消すか残すか”じゃない。


「……支える」


カイは呟く。


引くのをやめる。


代わりに――


“周り”に触れる。


空間そのもの。


歪みではない、“土台”。


「何してるの!?」


リゼが焦る。


「いいから、維持して!」


カイは空間を“押さえる”。


広がりすぎないように。


壊れないように。


「……ここに、置く」


静かに言う。


引くのではなく。


“戻る場所”を作る。


その瞬間。


影が、わずかに安定する。


リゼの目が見開かれる。


「……なに、それ」


「わからない。でも――」


カイは集中する。


「これなら、壊れない」


リゼがすぐに理解する。


「……引く量、減らす」


「はい」


二人の動きが揃う。


引く。


支える。


保つ。


少しずつ。


本当に、少しずつ。


影が濃くなる。


輪郭が戻る。


やがて――


「……っ!」


リゼが息を呑む。


影が、“人”になる。


不完全だ。


だが、確かに。


そこに“いる”。


次の瞬間。


ドサッ、と音がした。


床に、一人の男が現れる。


荒い呼吸。


意識はない。


だが――


「……いる」


兵士が震える声で言う。


「本当に……!」


ざわめきが爆発する。


「医療班呼べ!」


「急げ!」


人が動き出す。


カイはその場に立ち尽くす。


手が、少し震えている。


リゼが隣で座り込む。


「……はあ……」


大きく息を吐く。


「ギリギリ……」


カイが男を見る。


「……戻った」


リゼが首を振る。


「違う」


カイを見る。


その目は真剣だった。


「“戻した”んじゃない」


一拍。


「“再構成した”」


その言葉が、重く落ちる。


カイは何も言えない。


教官がゆっくりと近づく。


倒れている男を見る。


そして、カイとリゼを見る。


「……確認する」


低い声。


「こいつは、“元と同じ”か?」


沈黙。


リゼが、少しだけ目を伏せる。


「……たぶん」


曖昧な答え。


「でも――」


顔を上げる。


「“完全には同じじゃない”」


空気が冷える。


カイの背筋に、またあの感覚が走る。


“消しすぎた”のとは違う。


今度は――


“足りていない”。


男が、わずかに目を開ける。


ぼんやりとした視線。


周囲を見る。


そして。


「……ここ、どこだ?」


誰かが息を呑む。


男は続ける。


「……俺、誰だ?」


沈黙が、落ちた。


カイの手が、ゆっくりと握られる。


これは。


“戻った”わけじゃない。


新しく作られた、“別の何か”だ。


リゼが小さく呟く。


「……やっぱりね」


そしてカイを見る。


「だから言ったでしょ」


静かな声。


「簡単には戻らないって」


その現実が、二人の前に突きつけられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ