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『バグを喰らう者』  作者: Iori-y-


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世界を忘れない者

こんにちはこんばんはおはようございます

収容区画は、騒然としていた。


人の声が飛び交っている。


だが――どこかおかしい。


「ここにいたはずなんだ!」


「記録には残ってる、でも……!」


兵士たちが混乱している。


カイは足を止めた。


(……薄い)


空間が、妙に軽い。


“何かが抜け落ちている”。


「どこだ」


教官が鋭く問う。


兵士が震える指で奥を指す。


「第三区画……です」


扉が開かれる。


中に入った瞬間、カイは息を呑んだ。


(……ひどい)


歪みがない。


バグがない。


それなのに――


“空白”だけがある。


ベッドが並んでいる。


数も整っている。


だが一つだけ、不自然に間隔が空いている場所があった。


「……ここに、誰かいたんだな」


教官が低く言う。


「はい。確かに……いたはずなんです」


兵士の声が揺れる。


「名前も、顔も……思い出せないんですけど……!」


カイはゆっくりと近づく。


空白の前に立つ。


手を伸ばす。


(これは……)


バグじゃない。


修正後の“欠損”。


しかも――


(俺がやったやつに、似てる)


胸の奥がざわつく。


そのとき。


「……そこ、触るな」


後ろから声がした。


カイが振り返る。


部屋の隅。


一人の少女が、壁にもたれて座っていた。


誰も気づいていなかったかのように、自然にそこにいる。


長い髪。


無表情に近い顔。


だがその目だけが、はっきりとカイを見ていた。


「お前、見えてるだろ」


カイは一瞬だけ黙る。


そして頷いた。


「見えてます」


教官が眉をひそめる。


「……誰だ、お前は」


少女はゆっくりと立ち上がる。


埃を払う仕草。


「配属記録、消えてるはずだけど」


軽く言う。


「ここにいる時点で、おかしいって気づかない?」


兵士たちがざわつく。


「記録が……ない?」


「でも、確かに……」


認識が揺れている。


見えているのに、把握できない。


カイは確信する。


(この人……)


“消されてない”。


むしろ――


“残ってる”。


「名前は?」


カイが聞く。


少女は少しだけ考える。


「……リゼ」


短く答える。


「たぶん、それで呼ばれてた」


「たぶん?」


「記録が消えてるからね」


あっさり言う。


「でも私は覚えてる。全部」


その言葉に、空気が変わる。


教官の視線が鋭くなる。


「全部、だと?」


「うん」


リゼはカイを見る。


まっすぐに。


「さっき、あんたが“消したやつ”も」


カイの心臓が一拍、強く鳴る。


「……やっぱり」


リゼは小さく息を吐く。


「同じ匂いがすると思った」


一歩、近づく。


空白の場所を指差す。


「ここにいた人間」


カイは息を呑む。


「……覚えてるんですか」


「覚えてるよ」


即答だった。


「男。黒髪。右手に古傷」


周囲がざわつく。


「そんな奴……いたか……?」


「いや、記録には……!」


「ないよ」


リゼが遮る。


「全部、消えてるから」


そして、カイを見る。


「でも“完全には消えてない”」


カイの視線が鋭くなる。


「……どういう意味ですか」


リゼは少しだけ笑った。


初めての、わずかな表情。


「残りカスがある」


その言い方は、どこか冷たかった。


「普通は気づかない。でも――」


カイの胸の違和感が強くなる。


「……あなたは気づくんですね」


「うん」


リゼは頷く。


「私は“消えたものを覚えてる”」


一拍。


「たぶん、それが私のスキル」


教官が低く呟く。


「……記録保持系か」


「そんな立派なもんじゃないけどね」


リゼは肩をすくめる。


「ただ忘れないだけ。消されても」


そして、カイに一歩近づく。


距離が詰まる。


「で、あんたは逆」


じっと見る。


「“消す側”」


カイは否定しない。


できない。


「ねえ」


リゼの声が少しだけ柔らかくなる。


「一人じゃ無理でしょ」


カイは黙る。


図星だった。


「消したあと、気持ち悪いでしょ」


「……はい」


小さく答える。


「それ、“残ってる証拠”だから」


リゼは空白を見る。


「完全には消えてない。でも戻せない」


カイの指が、わずかに震える。


「……戻せるんですか」


リゼは首を横に振る。


「私一人じゃ無理」


そして、カイを見る。


「でもあんたなら、“触れる”」


静かな確信。


「私は“覚えてる”。あんたは“触れる”」


一拍。


「だから――」


リゼは手を差し出した。


「組もう」


シンプルな言葉。


「消しすぎたやつ、取り戻すために」


カイはその手を見る。


少しだけ、迷う。


だが。


(……一人じゃ無理)


教官の言葉がよぎる。


“選べ”。


なら――


「……はい」


カイは手を取った。


その瞬間。


微かに、空間が揺れた。


ほんのわずかに。


だが確かに。


“何か”が繋がった感覚。


リゼが目を細める。


「今の、感じた?」


「……はい」


カイは空白を見る。


さっきよりも、わずかに――


“輪郭”が見える気がした。


教官がそれを見て、低く呟く。


「……なるほどな」


視線が二人に向けられる。


評価でも、警戒でもない。


「厄介な組み合わせだ」


その言葉は、ほとんど確信だった。


世界を消す者と。


世界を忘れない者。


その二人が、今――


同じ側に立った。

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