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『バグを喰らう者』  作者: Iori-y-


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2/14

代償

訓練場の喧騒が遠ざかる。


カイは教官の後ろを無言で歩いていた。

石造りの廊下はひんやりとしていて、外の熱気が嘘のように消えている。


連れてこられたのは、訓練施設の奥――

普段は立ち入り禁止の区域だった。


「ここだ」


重い扉が開く。


中は、何もない部屋だった。


床も壁も、均一な灰色。

窓はなく、外界との繋がりを感じさせない閉鎖空間。


ただ中央に、小さな台座が一つ。


その上に――歪みがあった。


カイの視界が、わずかに揺れる。


(……強い)


第1話で見たものとは比べものにならない。

ノイズが濃い。密度が違う。


「見えるか」


教官が振り返らずに言う。


「はい」


即答だった。


教官は数秒だけ沈黙した。


「……そうか」


その一言は、わずかに重かった。


「触ってみろ」


カイは一瞬だけ躊躇した。


だが、足は自然と前に出る。


台座に近づくにつれて、“それ”は形を持ち始めた。


裂け目のようにも、影のようにも見える。

存在しているのに、存在が定義されていない。


(これが……バグ)


手を伸ばす。


空気に触れているはずなのに、感触が違う。


“引っかかる”。


現実に、指が沈む。


その瞬間――


視界が弾けた。


無数の線。

無数の記号。

無数の“あり得たはずの分岐”。


カイは息を呑む。


(これ……全部、可能性?)


同じ部屋が何百通りも重なっている。

微妙に位置が違う。形が違う。時間がズレている。


バグは、それらが“重なったまま固定されている状態”だった。


「……なるほど」


カイは小さく呟く。


理解できる。


完全ではない。だが構造は掴める。


「直せるか」


背後から教官の声。


カイは振り返らない。


「やってみます」


指先に意識を集中させる。


必要なのは――“正しい位置”。


ズレたものを、戻す。


(基準は……これだ)


最も安定している層を見つける。


他はすべて“例外”。


「――揃えろ」


カイはそう言った。


言葉に意味はない。

だが、意識を固定するために必要だった。


歪みが震える。


抵抗。


当然だ。

これは“複数の現実”がせめぎ合っている状態。


一つに固定するということは、他を否定すること。


(でも――)


カイは指を押し込む。


「……決める」


その瞬間。


バチン、と音がした。


歪みが収束する。


線が消える。

ノイズが消える。


世界が一つになる。


静寂。


カイは手を引いた。


台座の上には、もう何もない。


完全な“正常”。


「……成功、です」


振り返る。


教官は、無表情でそれを見ていた。


だがその目は、明らかに変わっていた。


「もう一度だ」


短く言う。


直後、空間が歪む。


今度は、部屋の隅。


さっきよりも小さい。

だが、性質が違う。


(ランダム……?)


形が定まらない。

絶えず変化している。


「これも、やれ」


カイは頷く。


今度は慎重に近づく。


さっきのような“基準”が見えない。


安定層が存在しない。


(なら……)


カイは考える。


“作る”しかない。


「……固定する」


空間に触れる。


暴れるバグを、無理やり押さえ込む。


反発が強い。


さっきとは比べものにならない。


「っ……!」


腕が震える。


視界が揺れる。


だが――


(ここだ)


一瞬だけ、静止する点。


そこに合わせる。


「――止まれ」


バグが、止まる。


完全ではない。

だが、収束する。


やがて、それも消えた。


カイは大きく息を吐く。


「……終わりました」


沈黙。


教官がゆっくりと歩み寄る。


台座と、部屋の隅。

両方を確認する。


異常なし。


完全な正常。


「……お前のスキル名は何だ」


カイは少し考えた。


正式な名称は知らない。

だが、今やっていることは一つだ。


「デバグ、です」


教官は目を細めた。


「ふざけているのか?」


「いえ。本気です」


即答。


教官はしばらくカイを見つめる。


やがて、息を吐いた。


「いいだろう」


踵を返す。


「ついてこい」


「どこへ?」


カイの問いに、教官は短く答えた。


「お前の価値を決める場所だ」


扉が開く。


その先は、さらに奥――

選ばれた者しか入れない領域。


カイは一歩踏み出す。


その瞬間、わずかに違和感を覚えた。


(……今の修正)


完全だったはず。


だがほんの微かに――


“何かを消しすぎた”感覚。


カイは振り返る。


部屋は静かだ。


何もおかしくない。


「どうした」


教官の声。


カイは首を振る。


「いえ」


気のせいだ。


そう判断して、前を向く。


だがその違和感は、確かに残っていた。


まるで――


“本来あったはずの何か”が、最初から存在しなかったかのように。


カイは知らない。


それが、デバグの代償の始まりだということを。

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