お前は気をつけろ
こんにちはこんばんはおはようございます
医療班が慌ただしく動く。
だが、現場は混乱していた。
「記憶が食い違ってる!」
「人格が一部混線してるぞ!」
「誰が誰だ……!?」
カイは立ち尽くす。
リゼも、珍しく無言だった。
「……やったね」
リゼがぽつりと言う。
「減らさなかった」
カイは頷く。
「はい」
「でも――」
その先を、二人とも言わない。
わかっているから。
“混ざった”。
教官が近づく。
表情は険しい。
「……説明しろ」
カイが答える。
「圧縮しました」
「結果は見ればわかる」
低い声。
「これは“正常”か?」
カイは言葉に詰まる。
正常じゃない。
でも。
「……消えてはいません」
それだけは、確かだった。
教官は数秒、黙る。
そして。
「……記録しろ」
それだけ言う。
否定も、肯定もせずに。
リゼが小さく息を吐く。
「グレー判定だね」
カイは人々を見る。
混ざった記憶。
曖昧な関係。
でも、確かに“存在している”。
「……どう思いますか」
カイが聞く。
リゼは少し考える。
そして。
「私は、アリ」
あっさり言う。
「消えるよりマシ」
でもすぐに付け足す。
「ただし」
カイを見る。
「これ続けたら、“元の世界”は消えるよ」
カイの胸が重くなる。
「……元の世界」
「うん」
リゼが周囲を見る。
「正確な関係、正確な記憶、正確な個人」
指を軽く振る。
「全部、“曖昧”になる」
管理者が口を開く。
「それが“劣化”だ」
冷たい声。
「精度が落ちる」
カイが反論する。
「でも、ゼロじゃない」
「中途半端だ」
「可能性は残る」
沈黙。
二つの価値観がぶつかる。
管理者はしばらく考えるように黙り。
そして。
「……許容範囲内だ」
そう言った。
「何を基準に?」
リゼが聞く。
「崩壊しない限りだ」
即答だった。
「完全な消失よりは、負荷が低い」
合理的な判断。
だが。
「ただし」
管理者の視線がカイに向く。
「お前は気をつけろ」
カイが眉をひそめる。
「何を」
「それを続ければ」
一拍。
「“お前自身”も混ざる」
カイの背筋に冷たいものが走る。
「……どういう意味ですか」
管理者は答えない。
代わりに。
指を、軽く弾く。
その瞬間。
カイの視界が、揺れる。
一瞬だけ。
見知らぬ記憶が流れ込む。
知らない家。
知らない声。
「……っ!?」
カイがよろめく。
リゼがすぐに支える。
「カイ!」
カイは息を荒げる。
「……今、何か……」
リゼが睨む。
「今の何」
管理者は淡々と言う。
「兆候だ」
一拍。
「お前は“触れすぎている”」
カイの手が、わずかに震える。
「境界が曖昧になる」
静かな宣告。
「他人と、自分の」
沈黙。
リゼが小さく舌打ちする。
「……最悪」
でも。
その手は、カイの腕を離さない。
「大丈夫?」
カイは少しだけ息を整える。
そして。
「……はい」
弱い返事。
でも、目はまだ死んでいない。
リゼが少しだけ安心した顔をする。
「ならいい」
そして、小さく言う。
「混ざるならさ」
カイが見る。
「はい」
リゼが少しだけ笑う。
「せめて“マシなやつ”と混ざりなよ」
軽い冗談。
でも、その裏にあるのは――
「私とか」
一瞬だけ、間。
カイが固まる。
リゼはすぐに顔を逸らす。
「……冗談」
だが耳が少し赤い。
カイは何も言えない。
ただ。
胸の奥が、少しだけ変な動きをする。
世界は壊れかけている。
人は混ざり始めている。
それでも。
二人の間にだけは。
まだ、はっきりした“何か”が残っていた。




