混ざってる
こんにちはこんばんはおはようございます
歪みの前で、カイは動かない。
手も伸ばさない。
ただ、見ている。
「……珍しいね」
リゼが言う。
「いつもすぐ触るのに」
「今回は、触ったらダメな気がします」
カイは静かに答える。
目は歪みから離さない。
(引くと減る)
(支えると崩れる)
(選ぶと捨てる)
ここまではわかっている。
なら。
(……選ばない方法は?)
「リゼ」
「なに」
「これ、全部“ズレてる”だけですよね」
リゼが眉をひそめる。
「まあ……うん。完全に消えてるわけじゃない」
「なら」
カイの声が少しだけ変わる。
「“揃える”んじゃなくて、“重ねる”ことはできますか」
一瞬の沈黙。
「……は?」
リゼが素で聞き返す。
「重ねる?」
「はい」
カイは歪みを見る。
「今までやってたのは、“一つを選んで他を消す”でした」
「そうだね」
「でも」
一歩、踏み出す。
「全部を一つに“押し込む”ことができれば」
リゼの目が細くなる。
理解が追いつき始める。
「……それ、情報量的にパンクするよ」
「だから」
カイは指先を歪みに近づける。
「“削らない代わりに、圧縮する”」
その言葉に、管理者が初めて反応する。
「……圧縮」
小さく呟く。
興味の色。
リゼが頭を抱える。
「待って、それかなり危ない」
「はい」
カイはあっさり認める。
「でも、消すよりは」
リゼがカイを見る。
少しだけ長く。
そして。
「……やるなら付き合う」
ため息混じりに言う。
「どうせ止めてもやるでしょ」
「……はい」
「で、私の役割は?」
「全部、覚えててください」
即答だった。
「は?」
「重ねたときに、“何が何か”わからなくなる可能性があります」
カイの声は冷静だった。
「その時、あなたの記憶が“参照”になります」
リゼが数秒、黙る。
そして。
「……ほんと、厄介な能力してるね」
少しだけ笑う。
でもその目は真剣だった。
「いいよ。全部覚える」
管理者が静かに言う。
「開始しろ」
カイは頷く。
手を、歪みに触れる。
瞬間――
視界が弾ける。
今まで以上の情報量。
無数の存在が、一斉に“押し寄せる”。
「っ……!」
カイの膝がわずかに揺れる。
「カイ!」
リゼの声。
「……大丈夫です」
息が荒い。
だが、止まらない。
(選ばない)
(捨てない)
(全部――)
「――重ねる」
その瞬間。
歪みが、収縮する。
バラバラだった層が、一点に集まり始める。
だが――
「やばい、崩れる!」
リゼが叫ぶ。
情報同士が衝突している。
矛盾。
干渉。
「支えて!」
「やってます!」
カイが空間を押さえる。
だが、限界が近い。
「……足りない」
カイが呟く。
「何が!」
「基準が」
今までなら“正しい位置”があった。
だが今回は違う。
全部が正しい。
全部がズレている。
「……なら」
リゼが歯を食いしばる。
「私が決める」
目を閉じる。
記憶を掘り起こす。
「この子はこうだった!」
一つのイメージを投げる。
「こっちはこう!」
次々と。
断片を“意味”に変換していく。
カイがそれを掴む。
(……これだ)
完全な正解じゃない。
でも、“崩れない形”になる。
「――固定!」
圧縮された歪みが、バチンと収まる。
静寂。
次の瞬間。
ドサドサ、と音がする。
複数の人間が、床に現れる。
息をしている。
生きている。
「……成功?」
リゼが呟く。
だが。
カイは動かない。
「……違う」
小さく言う。
リゼが見る。
「何が」
カイの視線の先。
現れた人間たち。
その中の一人が、ゆっくりと起き上がる。
そして。
隣にいる別の人間を見て。
「……お前、俺の妹だよな?」
妹は、首を傾げる。
「……違うけど」
空気が、凍る。
カイの喉が鳴る。
(……混ざってる)
完全には戻っていない。
だが――
“消えてもいない”。
管理者が、静かに言う。
「……興味深い」




