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第8楽章

いつもの倉庫スタジオ。


北海道から帰って来たトラオケ。


亮太は

ひとり、ニヤニヤしている。


浩平

「気持ち悪っ!」


亮太

「牛がさ……トランペット見てさ……」


吹き出す。


その時——

PCにメールが届く。


亮太が開けてみると。


件名:プラネタリウム演奏のお願い


トラベリング・オーケストラ様


『はじめまして。

市立プラネタリウムの担当をしております、星野と申します。


最近、来館者が減ってしまい、何か新しい試みができないかと考えておりました。


そんな中で皆様の活動を知り、

「星を“見る”だけでなく、“聴く”時間が

あってもいいのではないか」と思い、

ご連絡いたしました。


もし可能であればプラネタリウムの上映に

合わせて演奏していただけないでしょうか。


ご検討のほど、

よろしくお願いいたします』


和馬

「依頼か?」


亮太

ゆっくり頷く。

「……ああ」


圭一

「次どこ?」


亮太

少し間を置いてから言う。

「……プラネタリウム」


一瞬、沈黙。


駿

「は?」


浩平

「星?」


いずみ

目を輝かせる。

「行きたい!」


ゆり子

少し考える。

「……悪くないわね」


静かに一言。

「……音が映える」


亮太

小さく笑う。

「星を“聴く”んだってさ」


全員、少しだけ顔を見合わせる。


浩平

笑う。

「次は宇宙かよ」


亮太

ニヤッと笑う。

「トラオケ…次のステージは——」


「星の中だ!」



数週間後。


ワーゲンバスが

静かに夜の道を走る。


いずみ

「なんか、いいね」


ゆり子

「何が?」


いずみ

「いろんな場所で音楽できるの」


圭一

静かに頷く。

「同じ曲でも」


少し間。


「場所で、全然変わる」


前を見たまま。

「……音は」


わずかに間。


「空気で変わる」


和馬

「じゃあ、今日は“星の音”か」


その言葉に

誰もすぐには答えなかった。


窓の外。


街の灯りが遠ざかり、

代わりに空が濃くなっていく。


気づけば、

星がぽつり、ぽつりと見え始めていた。


駿は

窓の外を見たまま

少し間を置いて——


小さくつぶやく。

「……遠いな」


浩平

「何が?」


駿

少しだけ考えてから

「星」


圭一

「そりゃ遠いだろ」


駿

首を振る。

「そうじゃなくてさ」


少し間。


「今見えてるのって、昔の光なんだよな」


車内が少し静かになる。


和馬

小さく言う。

「……音も似てるな、届くまでに」


少し間。


「時間がかかる」


駿は、何も言わない。

誰も言葉を続けなかった。


ワーゲンバスは静かな夜の中へ

溶けていった。


やがて——


前方に丸いドームが見えてきた。

暗闇の中に浮かぶ静かな建物。


亮太

「……あれか」


いずみ

「きれい…」


車がゆっくりと近づく。

看板の文字がヘッドライトに

照らされる。


プラネタリウム。


ワーゲンバスが、静かに止まった。

エンジンが切れる。

一瞬の静けさ。


亮太

小さく言う。

「行くか」


誰も大きな声は出さない。


ドアが開く。


夜の空気が、すっと流れ込んできた。


プラネタリウムの入口。


ガラスの扉の向こうに

やわらかな光が見えている。



ガチャ。


ドアを開けると

ひんやりとした空気が流れた。


受付には

一人の女性が立っていた。

「お待ちしておりました」


やわらかく頭を下げる。


亮太

「トラベリング・オーケストラです」


女性は微笑む。

「本日はよろしくお願いいたします」


いずみ

小声で。

「なんか…静かだね」


ゆり子

「当たり前でしょ、ここ」


館内は

足音が吸い込まれるように静かだった。


壁には、星座のパネル。

暗い通路の先に、丸いドームの入口。

ぽっかりと、口を開けている。


駿

小さく言う。

「映画館みたいだな」


圭一

「でも、もっと静かだ」


女性が振り返る。

「こちらへどうぞ」


ドーム内。 


中はまだ明るく

客席はゆるやかな傾斜になっていた。

見上げると、大きな丸い天井。


いずみ

「わぁ…」


浩平

「ここでやるのか」


ゆり子

「音、どうなるのかしら」


圭一

軽くチェロの弦に触れる。


ポン…

小さな音が、ふわっと広がった。


「……いいな」


静かに周囲を見渡す。

「響きすぎない」


少し間。


「その分、よく届く」


和馬

「逃げ場がない音だな」


女性が説明する。

「演奏中は完全に暗転します。

星の映像と同期していただければ」


亮太

頷く。

「了解です」


照明が、少しだけ落ちた。


リハーサルが始まる。


ケースが開く音。

弦を調整する音。

静かなチューニング。


そのすべてが、いつもより

少しだけ、やわらかく響いた。


いずみ

キーボードの電源を入れる。

小さな電子音。


ゆり子

フルートを構える。

「湿気は大丈夫そうね」


浩平

トランペットを軽く鳴らす。

「音、丸くなるな」


和馬と駿は

目を合わせて軽く頷く。


仁が

静かに前に立つ。


軽く手を上げる。


誰も言葉を発しない。


小さく言う。

「……頭だけ」


音は、出さない。

“鳴らす前の音”を、合わせる。


曲は——


月の光


誰かが、ほんの少しだけ弓を浮かせる。

鍵盤に触れる寸前で、止まる。

音は、まだ無い。


でも——

もう、そこにある。


星が、ゆっくりと流れる光が瞬く。


まるで、

音の代わりに

空が演奏しているみたいに。


圭一は、目を閉じた。


(……こういうのも、いいな)



仁の指が、わずかに動く。


合図。


——それでも、音は出ない。


全員が同じ“始まり”を見ている。

それだけで、十分だった。


静寂が、満ちる。


やがて——


仁が、ゆっくりと手を下ろす。


誰もすぐには動かない。


わずかに頷く。

「……これでいい」


その一言で、空気が決まった。



館内の照明が

ゆっくりと落ち始めた。


ざわめきが自然と消えていく。


小さな足音。

椅子に座る音。

遠くで小さな咳がひとつ。


やがて——


最後の光が消えた瞬間——

そこはもう、夜だった。


頭上いっぱいに広がる、星。


ひとつ、またひとつと瞬きながら

静かに動き始める。


ざわめきは、もう無い。

誰もが、上を見ている。


その中で——


仁が、静かに前へ出る。

指揮棒が、上がる。


音は——

ほとんど、聞こえないくらいだった。


《月の光》


最初の音は、


まるで光が触れたみたいに

やわらかい。


星の動きが、少しだけゆっくりになる。

音に合わせているみたいに。


いずみの音が、ぽつりと灯る。

遠くの星みたいに、小さく。


和馬の音が、その間をつなぐ。

圭一の音が、静かに重なる。


気づけば——

会場全体がひとつの呼吸になっていた。


天井では

天の川が、ゆっくりと流れる。


音はただ——

“溶けていく”星の中へ。


やがて——

天井にひとつ、星が灯る。


まるで

音に呼ばれたみたいに。


ヴァイオリンが静かに重なる。


フルートが揺れる。


キーボードが淡い光みたいに広がる。


チェロの音に合わせるように

ゆっくりとまたひとつ。


またひとつ。

星が増えていく。


最後の旋律


チェロが、

そっとすべてを包み込む。


仁の指揮棒が、わずかに揺れる。


音が、さらに静かになる。

消えていく、手前。


最後の光みたいに。

星が、ひとつ流れた。


仁の指揮棒がゆっくりと下りる。


そして——


星だけが残った。

音の消えたあと光だけが浮かんでいた。


誰も動かない。

音はもう消えているのに

まだ、どこかに残っている気がした。


静寂。


その中で——


ぱち。

小さな拍手。


どこか一人。


それに続いて

もうひとつ。


ぱち、ぱち……


やがてゆっくりと拍手が広がっていく。

大きくはない。


けれど

あたたかい拍手だった。


和馬

少しだけ笑った。

「……ちゃんと戻ってきたな」


浩平

小さく息を吐く。

「宇宙からな」


いずみ

「すごかった…」


ゆり子は何も言わず

静かに楽器を下ろす。


圭一

チェロに手を添えたまま

少しだけ、名残を感じていた。


仁は、何も言わない。

ただ静かに、その余韻を見届けていた。


照明が少しずつ戻る。


星がひとつ、またひとつ

消えていく。


ドームはいつもの空間に戻っていく。


けれど——


誰もすぐには

立ち上がらなかった。


亮太

小さく笑う。

「……いい夜だな」


駿は

最後にもう一度だけ天井を見上げる。

そこには、もう星はなかった。


それでも——

さっきの光が、

まだどこかに残っている気がした。


そのとき——


亮太が

駿の横に立つ。

誰にも聞こえないくらいの声で


ぽつりと。


「……行けよ」


駿は、少しだけ亮太を見る。


亮太は

いつもの顔で笑っていた。


そのとき


いずみの声。

「亮太ー!駿ー!来てー!」


浩平

「早くしろー」


亮太は笑顔で

「さぁ行こうぜ!」


駿

「あぁ…」


2人は

何ごともなかったように歩き出す。


ワーゲンバスの中。

街の灯りが流れていく。


亮太は

ハンドルを握りながら

バックミラー越しに駿を見る。


(あいつなら——)


小さく息を吐いて

前を向いた。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

——第9楽章へ。

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