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第7楽章

窓の外から、

どこかの鳥の声が聞こえていた。


いつもの倉庫スタジオ。


亮太がPCを見ながら

「大変だ!」


亮太の驚きに

驚かない圭一

「何が?」


浩平

「依頼?」


亮太

ニヤッと笑う。

「この間の桜フェスの配信動画だよ!」


全員PCの前に集まる。


「再生回数が伸びてる!」


仁は冷静に

「フェス全体だろ?」


亮太

「いいの!ここでトラオケを

知ってくれたら!」


和馬がちょっと呆れる

「お前ってほんと前向きだよな」


みんな笑う


そこへPCにメールが届く。


亮太

「ん?」


亮太が読んでみる。


件名:演奏のお願い


トラベリング・オーケストラ様


『はじめまして。

北海道で酪農を営んでいます。


突然のご連絡、失礼いたします。


実はここ最近飼育している牛たちの

乳の出が良くなく悩んでおります。

そんな折、テレビで

「音楽を聴かせることで牛が

リラックスし、乳の出が良くなる」

という話を知りました。


それならばぜひ一度、音楽を聴かせて

あげたいと思い、いくつかの団体様に

ご相談させていただいたのですが、

なかなかお引き受けいただけず……。


そんな中でトラベリング・オーケストラ様

の活動を知り「この方たちなら」と思い、思い切ってご連絡させていただきました。


場所は北海道の小さな牧場ですが、

もしご都合が合いましたら牛たちのために

演奏していただけないでしょうか。


ご検討いただけましたら幸いです』


風の丘ファーム


亮太

「北海道…」


少し間。


誰かの頭に、

広い草原と、牛の群れが浮かぶ。


しかも牛のため…


圭一

「飛行機?」


亮太が腕を組み

しばらく考え込む。


そして——


「俺たちの相棒は?」


和馬が即座に

「ワーゲンバス」


亮太

「っていうことは?」


全員

「⁇⁇⁇」


亮太

ニヤッと笑う。

「船」


全員

「船⁈」


駿

「フェリー?」


「ワーゲンバスごと乗せる」

亮太の目にチカラが入る。


浩平、冷静に

「それ金かかるだろ」


亮太

胸を張る。

「飛行機より安い!」


ゆり子が、ため息まじりで

「貧乏楽団ね」


いずみ

「船旅だー!」


静かに言う。

「……長旅だな」


浩平、嬉しそうに

「お菓子いっぱい持って行かなきゃ」


圭一

ぽつりと言う。

「牛ってさ……」


みんなが見る。


「音、ちゃんと聞いてるよな」


少し考えてから続ける。


「落ち着くと乳の出も変わるって

聞いたことある」


亮太

「マジか」


圭一

「うん、人と一緒だよ」

少し笑う。

「いい音だと、安心する」


一瞬、空気が静かになる。


仁が言う。

「……やるか」


亮太がパンと手を叩く。

「決まり!トラオケ——」


ニヤッと笑う。


「次の目的地は北海道!」


いずみが手を上げて

「やったー!」


圭一、少し息を吐きながら

「船かぁ……」


仁は静かに頷く。

「準備しろ」


ワーゲンバスが

次の旅へ向けて

静かに動き出す準備を始めていた。


—— その向こうで。

風に揺れる草の音が、

まだ見ぬ場所から届く気がした。



数週間後

フェリー乗船


巨大フェリー。

ワーゲンバスが船に入る。


駿が、ちょっとわくわく気味に。

「なんか冒険っぽいな」


圭一、真顔で。

「楽団っていうか旅人だな」


浩平

「牛のために北海道行く旅人」


ゆり子

「シュールすぎる」


フェリーの汽笛が鳴る。

——日常が、少しずつ遠ざかっていく。


低い霧の向こうに広い港が見えてきた。


アナウンスが流れる。

「まもなく北海道に到着いたします」


いずみが、はしゃぐ。

「北海道だぁーー!」


駿

「涼しっ!」


ゆり子

「空気が違うわね」


浩平

「牛の匂いしない?」


圭一

「まだ港だぞ」


仁と和馬

静かに海を見ている。


亮太

「よし!行くぞ、みんな」


フェリーの車両デッキ。

ワーゲンバスのエンジンがかかる。


ゆっくりと船を降り

北海道の地面へ。


浩平が、ぽつりと言う。

「ほんとに来ちゃったな」


ゆり子

「人生って不思議」


いずみ、一人わくわくしながら

「牛かわいいかなぁ」


亮太

ハンドルを握る。


「牧場まで2時間だ!」


しばらく走ると景色が変わった。

広い大地まっすぐな道。

遠くに雪の残る山。


「すげぇ……」

浩平、感無量の声を上げる。


圭一が言う。

「空広すぎ」


ゆり子

「音が響きそうね」


「観客は牛だけどな」

駿のツッコミが冴える。


やがて。

木の看板が見えた。


「風の丘ファーム」


亮太

「ここだ!」


ワーゲンバスが止まる。


エンジンを切る。


——静かだ。


風と、遠くの鳥の声だけがある。

目の前に広がったのは

とてつもなく広い牧場。


緑の草原。


牛。


牛。


牛。


浩平

「多っ‼︎」


圭一

「客席いっぱい」


ゆり子

「全員モーって言うわね」


いずみ

目を輝かせる。

「かわいい……!」


そのとき


一頭の牛が

のっそり近づいてきた。


「来た来た来た来た」

浩平、ちょっと逃げ腰。


駿、笑いながら

「逃げんな」


浩平

「でかいって!」


いずみ

牛の前にしゃがむ。

「こんにちは」


「モーー」


その声は、どこかゆったりしていた。


「会話してる」


ゆり子

「通じてるわね」


亮太笑いながら

牧場を見渡す。

「牛のための演奏だ」


その言葉に——


一頭の牛が、ゆっくりと耳を動かした。


夕方の牧場。

空はゆっくりと

オレンジに染まりはじめていた。


風が、草をなでる。


——静かだ。


ワーゲンバスのそばで

楽器を降ろすメンバーたち。


そのとき。


「……あの」


振り返ると——


一人の男性が立っていた。


帽子をかぶり、作業着姿。

少しだけ緊張した顔。


亮太

「あ、もしかして……」


男性は深く頭を下げる。


「来ていただいて、

本当にありがとうございます」


亮太たちも頭を下げる。

「こちらこそ!」


少し歩きながら、牧場の中へ。

牛たちがのんびりと草を食べている。


牧場主

少し言葉を選ぶ。

「ここ最近、どうも落ち着きがなくて」


ゆり子

「落ち着きが……」


遠くで一頭の牛が、小さく鳴く。


牧場主

「乳の出も、正直よくなくて……」


いずみは、そっと一頭の牛に近づく。


手を伸ばす。

牛は、少しだけ身じろぎして——

止まる。


「大丈夫、大丈夫」

いずみ小さな声。


牛の呼吸が、ゆっくりになる。


それを見ていた牧場主が、

少し驚いた顔をする。

「……不思議ですね」


仁が静かに言う。

「音も、同じです

無理に聴かせるものじゃない

そこに“ある”だけでいい」


牧場主は、ゆっくり頷く。

「……だから、お願いしたんです」


亮太たちを見る。


一瞬、風が吹く。

草が揺れる。


亮太が、ニヤッと笑う。

「任せてください

トラベリング・オーケストラですから」


夕焼けの中。

楽器ケースが開かれる。


チューニングの音が、ひとつ。

またひとつ。

牧場に、初めて音が落ちる。


遠くで一頭の牛が、耳を動かした。


ゆっくり周りを見る。


夕焼けが、ゆっくりと牧場を染めいく。

オレンジ色の光が

草の上にやわらかく落ちる。


牛たちは、のんびりと草を食んでいる。


仁が静かに前へ出る。


指揮棒を持つ。


その瞬間

牧場の空気がすっと静まる。

風さえ、少し遠慮したみたいに。


亮太

「曲は——」


《交響曲第6番 田園》


仁が、静かに指揮棒を下ろした。


最初の音は——

風にまぎれるように、やさしかった。


主張しない。

でも、確かにそこにある。


ヴァイオリンが、ゆっくりと歌う。

草が揺れるリズムと、重なる。


チェロが、深く支える。


フルートが、遠くをなぞる。


キーボードの音が、静かに広がる。


音は、

ゆっくり溶けていく景色の中へ。


その中で、

牛が一頭、ゆっくり顔を上げた。

もぐもぐと草を噛みながら

じっと演奏を見ている。


ゆり子のフルートが草原を渡る。


その音に誘われるように——


もう一頭。


さらにもう一頭。


牛たちが

ゆっくりと顔を上げた。


駿

(……増えてない?)


浩平

(来てる来てる来てる)


圭一

チェロを弾きながら苦笑する。

(客席が動いてる)


牛たちは、のそのそと歩き出した。

草を踏みしめながら音の方へ

近づいてくる。


いずみ

嬉しそうに小さく言う。

「聴きに来てる!」


ゆり子

(うわぁ!)


駿

(最前列取りに来てる)


浩平

トランペットを構えたまま

(近い近い近い!)


一頭の牛が

浩平のすぐ前で止まった。


じーっと

トランペットを見ている。


「モーー」


全員


(合いの手入れた!)


しかし——


仁は動じない。


指揮棒が、ゆっくりと弧を描く。


最後のフレーズ。


風が吹く草が揺れる。

音と、重なる。


そして——

静かに、終わった。


牛たちは、いつのまにか

楽団を囲むように集まっていた。


和馬

(過去最多の客だな)


亮太

ニヤッと笑う。

「満員御礼だ」


牛たちは、

しばらくその場を動かなかった。


まるで、

音の余韻を聞いているみたいに。


次の瞬間——


「モーーー」

牛たちの大合唱。


駿

「拍手の代わり?」


圭一

「客席大満足」


いずみ

そっと牛の背中を撫でる。


「モーー」


ゆり子

「完全に気に入られてるわね」


そのとき——

遠くから誰かが走ってくる。


牧場主だった。


息を切らしながら叫ぶ。


「すごい!!」


ぽつりと。

「……こんな顔、久しぶりだ」


見る先には——


牛たち。


牧場主は牛たちを見て

そして搾乳小屋の方を指差した。


「出てるんです!!」


全員

「?」


——そのとき。


どこからか、

かすかに音が聞こえていた。


ぽたん。


ぽたん。


牧場主

満面の笑み。

「ミルクが!!本当に出てるんです!」


全員

「えええーー!?」


和馬

「本当に効果あったのか」


ゆり子

「音楽療法?」


亮太

「牛バージョン」


いずみ

牛を撫でながら。

「よかったねぇ」


「モーー」



その頃には、

空はすっかり群青に変わっていた。


牧場の外に

長いテーブルが並んでいた。

北海道の食材がずらりと並ぶ。


木の上には——

北海道の食材が、

これでもかと並んでいた。


溶けかけたバターの香り。

焼きたての肉から、

じゅわっと脂が落ちる。


そして


とろけるチーズに

分厚いベーコン。

焼きたてのソーセージ。


亮太

「うわっ!

これ全部食っていいの!?」


牧場主が笑う。

「もちろん!」


「肉!肉!肉!」

浩平の目の輝きが違う。


駿

「チーズ!うまそっ!!」


圭一

「バターは裏切らない」


和馬

「演奏より気合い入るな」


ゆり子

「いやダメでしょそれ」


いずみ

「牛さんのご褒美だねぇ」


「モーー」


全員、笑う。


その時、

牧場主が、大きな箱を持ってきた。


「お礼です!」


箱を開けると——


瓶が並んでいた。

「朝しぼり牛乳です」


いずみ

目を輝かせる。

「わぁ!」


浩平

ゴクゴク飲む。

「……これ反則だろ」


和馬

「甘いな」


圭一

少し考えて。

「……帰りたくなくなるな、これ」


亮太

満足そうに笑う。

「いい依頼だったな」


牛たちを見ながら。

「客席は…素直だった」


ゆり子

クスッと笑う。

「確かに」


そのとき——

牛が一頭、テーブルの近くまで来た。


浩平

「また来た!」


いずみ

パンをちぎって差し出す。


「モーー」


駿

笑う。

「完全に仲間だな」


亮太

牛を見ながら言う。

「トラオケ」


少し考えて。


「初の牛ファン獲得だ」


「モーー」


風が吹く。

その声はまるで、

アンコールみたいだった。


遠くの牧場で牛の鳴き声が響く。

風が草を揺らす、やわらかな夜。


その中で——

今日の音楽は静かに

この場所に残っていた。


ワーゲンバスは夜の牧場に

静かに佇んでいた。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

——第8楽章へ。

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