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第6楽章

あの夜の動物園からしばらくして

少しずつ、空気がやわらかくなってきた。


そんなある日——

いつもの倉庫スタジオ。


浩平の携帯が鳴った。


「おっLINEだ」


亮太が少し驚きながら

「お前にLINEする友達がいたとは」


浩平が

ニヤッっとしながら

「女子高生だ」


全員が、顔を上げる。


「は?」


浩平が笑いながら

「あのトランペット高校生

東野紗智子だよ」


駿

「いつLINE交換したんだ」


圭一

「ついに来たか…青春」


浩平笑いながら

「なんでそうなるんだ、時々演奏した時の

気持ちを送ってくるんだ」


浩平が少し笑う。


「前より、ちゃんと“聴いてる”…

相変わらず生意気だけどな」


「いいライバルだな」

和馬が静かに言う。


その時

亮太のPCにメールが届く


「おっ!依頼だ!」


「どこから?」

圭一がのんびりと聞く。


亮太が声を弾ませる。

「市のイベント!

春の桜フェスだって!前座だけど..」


駿

「おー、いいじゃん!」


浩平

「屋外か?」


亮太、ニヤニヤしながら

「屋外ステージ!俺たち人気出てきたな」


「気のせいじゃない?」

ゆり子が冷静に言うと


「違う!ほらっ!フォロワーだって

こんなに増えてる!」


亮太がドンッと出したスマホのSNSを

みんな覗き込む。


フォロワー12人。


「4人増えてる」

和馬がぽつりと言う。


亮太嬉しそうに

「だろう?

気合い入れて今からリハーサルだ!」


全員


「は?」

「今から?」

「急だなぁ」


浩平が

笑いながら

「亮太が一番盛り上がってる」


「子どもみたい」

ゆり子が静かに言った。


仁は何も言わず

静かに指揮棒を持った。


亮太が嬉しそうに言う。


「よし!トラオケ!

桜フェスに向けて——

曲は四季 春 リハーサル開始!」


仁は何も言わず

静かに指揮棒を持った。


——その時。


窓の外。

やわらかな風が、すっと吹き抜けた。

まだ咲ききっていない桜の枝が、

かすかに揺れる。


いずみが、ふと外を見る。


「……もうすぐだね」

誰にともなく、つぶやく。


やわらかな風が、もう一度吹く。


仁の指揮棒が振り下ろされる。


春が、始まる。


——


そして、迎えた当日


春の風が、桜の花びらを運んでいた。

会場はすでに多くの人で賑わっている。


屋台に子どもたち

そしてカメラを構え人々。


遠くのステージからスタッフの声が響く。


「まずはトラベリング・オーケストラの

皆さんです!」


ステージ裏。


楽器ケースが並ぶ。


亮太が

ステージの方を覗く。

「客多いな」


圭一

「市長も来てるみたい」


駿

「それ言うなよ」


ゆり子

「失敗できないやつね」


浩平

「プレッシャーかけるなって」


その横で——

いずみは、屋台の方を見ていた。


「たこ焼き美味しそう」


全員

「今じゃない」


スタッフが声をかける。

「皆さん準備お願いしまーす!」


仁が静かに言う。

「行くぞ」


亮太がみんなを見る。


そして


「よし!トラオケ…桜フェス…いくぞ!」


全員がステージに出ると

目の前には桜並木が広がっていた。

風が吹くたび花びらが舞う。


ステージ上、

自然と声は小さくなる。


圭一

「いい景色だな」


駿

「桜フェスって感じだな」


ゆり子

「花びら楽譜に落ちそう」


和馬は小さく頷く。

「それはそれで風情ある」


仁が前に立つ。


客席が少し静かになった。


指揮棒が上がる。


そして——


演奏が始まった。


《四季 春》


最初の音——


ぱっと、広がる。

明るく、軽やかに。


春が、そのまま音になったように。


ヴァイオリンが、まるで——

花びらと一緒に舞っているみたいに。


フルートが、

チェロが、

すべてが、やわらかい。


子どもが、空を見上げる。

手を伸ばす。

舞う花びらを、つかまえようとして。


その横で、

大人も、ふっと笑う。


音が、景色に溶けていく。


観客の顔が

次々と笑顔になる。


その時。


スピーカーから、

一瞬だけノイズが走った。


ジッ……


和馬が、ほんのわずかに眉を動かす。


バチッ!


突然

スピーカーの音が消えた。


客席がざわつく。


浩平が小さく言う。

「音響……死んだな」


圭一

「まじか」


亮太

「うわ」


音が外にほとんど届かない。

このまま続けても客席まで届かない。


仁の指揮が

一瞬だけ止まりかけた。


その時、

キーボードからポロン小さな音がした。


いずみだった。


もう一度


ポロン。

ポロン。


「春」の低音をゆっくり弾いている。

和馬がちらっと見る。


いずみはニコニコしていた。


そして客席に向かって言う。


「みなさーん!」


観客がぽかんとする。


いずみ手を叩く。


パン!


「手拍子お願いしまーす!」


パン!

パン!


子どもが真似する。


パン!

パン!


駿

「やるなぁ」


浩平

「天然か天才か」


観客の手拍子が少しずつ増える。


パン!


パン!


パン!


和馬が、弓を構えた。

一瞬だけ、目を閉じる。


そして——


弾いた。


四季「春」


今度の音は——


まっすぐ近くの人に、届くように。

その人が、また手を叩く。


パン!


そのリズムが、また次の人へと伝わる。

音が、広がる。


スピーカーじゃない。


人から人へと、つながっていく。


音は、小さい。


でも——

やわらかく包む。


亮太は、客席で見ていた。


少しだけ、笑う。

「……天才かよ。拾いやがった」


最後のフレーズ。

手拍子が、ひとつになる。


パン!


パン!


パン!


花びらが、また舞う。

音と、重なる。


そして——

静かに、終わった。


一瞬の沈黙。


さっきよりも大きな拍手が、広がった。


その時。


ステージ袖、スタッフの声が聞こえた。

「音響、直りました!」


亮太

「おせぇーよ」


スピーカーから音が戻る。


桜の花びらが音の中で舞っていた。

大歓声と拍手が

桜フェスの会場を包んだ。


「すごーい!」

「もう一回!」


子どもたちの声が飛ぶ。


亮太が思わず笑う。

「大成功だな」


駿

「結果オーライ」


和馬

「いずみのおかげだな」


浩平

「本人どこ行った?」


その時だった。


ステージの端で

スタッフと話していた市長が

マイクを持つ。


「本日は素晴らしい演奏を——」


亮太たちは

なんとなく客席の方を見ていた。


ふと

ゆり子が言う。

「……いずみ?」


振り返る。


さっきまで

そこにいたはずのいずみが…いない。


全員

同時に気づく。


「あ…」


視線の先。


屋台の方へ

走っていく、いずみの姿。

その手には、もうすでにたこ焼き。


圭一

「早いな」


駿

「行動が」


「音速」


亮太は

頭を抱えた。

「……あいつ」


ゆり子

小さく笑う。

「そういう子だったわね」


全員


「ああ」


ふっと笑った。


やがて楽器を片付け

ワーゲンバスへ向かう。


夕暮れの空に

桜の花びらが舞っていた。


その中で——

駿だけが、少し足を止めた。


ポケットからスマホを取り出す。


画面には、1通のメール。


ドイツの楽団からの誘い。

短いメッセージ。


「返事を待っている」


少しだけ、目を細める。

すぐに画面を閉じる。


遠くで、

さっきの手拍子のリズムが、

まだ聞こえている。


パン。


パン。


パン。


駿は、桜の方を見る。


そして——


(……どっちも、いいんだよな)


小さく息を吐く。

スマホをポケットに戻す。


「駿!置いてくぞー!」


亮太の声。


駿は振り返る。


いつもの顔で


「今行く!」


軽く走り出す。


亮太がエンジンをかける。

少し笑って

「よし、帰るぞ」


ワーゲンバスはゆっくりと走り出した。

桜フェスの灯りがだんだん遠くなる。


亮太はバックミラー越しに

楽しそうに話してるメンバーを見た。


その中で——


駿だけが、

窓の外を見たままだった。


ほんの一瞬、

亮太の視線が止まる。


(……ずっとこのまま… じゃないよな)


すぐにいつもの顔に戻る。


夜になりかけた空にひとひらの桜が舞う。


ワーゲンバスは静かに、

次の音楽を探す旅へと向かう。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

——第7楽章へ。

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