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第4楽章

空港での見送り演奏から数日経った

ある夜、いつもの倉庫スタジオ。


亮太

ぽつりと呟く。

「斗真、行っちゃったなぁ」


浩平

しんみりと

「和馬、寂しくなるな」


和馬の方を見る。


「あいつは、あいつの音楽を

目指してくれたらそれでいい」


仁も和馬の方を見ながら

「兄弟セッション出来るといいな」


和馬は、少し笑った。


そこへ

PCにメールが届く。


差出人

桐生東高等学校 吹奏楽部 顧問 木村


亮太が読む。


『夜の動物園イベントで

演奏していただけませんか』


「夜の動物園?」

駿が聞き返す。


圭一

「動物とコラボ?」


ゆり子

少し考えながら

「動物は聴いてくれるのかしら」


亮太が続きを読む。


『実は、うちの吹奏楽部も出演するのですが、ぜひトラベリング・オーケストラと

合同演奏をお願いしたいのです』


「合同⁈」

圭一が驚きの声をあげたとき


ドアが勢いよく開いた。


全員、一斉に見る。


入ってきたのはスーツ姿の男性。


ややくたびれたジャケット。

ずれたネクタイ。

そしてメガネの奥の目だけが、

妙に輝いている。


亮太を見るなり言う。

「本物だ……」


全員


「?」


男性が名刺を出す。


「桐生東高等学校 吹奏楽部

顧問の木村です!」


亮太

名刺を受け取りながら

「え?あっ…ども」


顧問

早口で

「メール見ていただけましたか?」


「もう、来てる……」

浩平が小さく呟く。


顧問

やや興奮気味に

「お会いしたくて来てしまいました!」


「マニアだ……」

いずみがぼそっと言う。


顧問は深く頭を下げる。


「お願いです!うちの生徒に本物の

音楽を聴かせてやってください」


その時だった。


「本物?」


スタジオの入り口から声。


振り向くと


高校生の女の子。

トランペットケースを持っている。

少し挑戦的な目。


亮太を見る。


「プロってそんなもんですか?」


少し首をかしげる。


「思ってたより…普通ですね」


空気が止まる。


圭一

小さく

「来た…」


駿

小声で

「問題児だ」


顧問が慌てる。


「こ、こら!」


少女はトランペットケースを軽く叩く。


「うちの吹奏楽部の方が

上手いかもですよ?」


顧問

「東野!」


少女は肩をすくめると

「東野紗智子です」


亮太を見たまま言う。


「桐生東高等学校吹奏楽部トランペット」


少し挑戦的な笑顔で


「ソロ担当」


圭一

ぼそっと

「自信満々」


亮太は腕を組む。

少し考えて、笑った。


「へぇ」

ゆっくり言う。

「いいじゃん」


紗智子

「え?」


「夜の動物園で」

亮太、指を立てる。

「合同演奏」


紗智子の眉が少し上がる。


亮太は続ける。


「プロと高校生…どっちが上手いか」

ニヤッと笑いながら

「やってみる?」


スタジオの空気が少し熱くなる。


和馬は何も言わずにその様子を見ていた。

ほんの少しだけ、楽しそうに。


紗智子は少し黙った。


そして——

「いいですよ…逃げないでくださいね」


ケースからトランペットを取り出す。


「面白いじゃん」

浩平が笑う。

ゆっくりとケースを開ける。


亮太が椅子に座る。


「浩平」

「ん?」

「負けんなよ」


浩平

ふっと笑いながら

「誰に言ってんだ」


紗智子がトランペットを構える。


浩平

静かに

「君の得意な曲でいいよ」


紗智子

余裕のある顔で

「トランペット吹きの休日」


「オーケー」

浩平も構える。


その瞬間——

仁が指揮棒を上げる。


全員


「え?」


一言

「音楽だろ」


駿

小声で

「完全に面白がってる」


「やれやれ」

と亮太が笑う。


仁の指揮棒が動いた。


最初の音は——

紗智子だった。


明るく、軽やか。


速い。

そして、正確。


迷いがない。


「……おお」

駿が思わず声を漏らす。


浩平は、まだ吹かない。

ただ、聴いている。


——その瞬間。

浩平の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


(……懐かしいな)

音を受けながら、ふと思う。


(俺も——ああいう音、出してた)


薄暗いライブハウス。

客はまばら。


若い頃の浩平が、

トランペットを構えている。

今より少し細くて、目つきが鋭い。


「見てろよ」

誰に言うでもなく、呟く。


そして——


吹く。

強く、速く、前に出る音。

“負けたくない”だけでできた音。


演奏が終わる。


拍手は、まばら。


ステージ袖。

一人の男が、ぼそっと言う。

「……うまいけどな」


浩平が振り向く。


男は続ける。

「それ、音楽か?」


浩平の表情が止まる。

——何も言い返せない。


外に出とほんの少し寒い夜の街。

ネオンの光が寂しく見える。


浩平はトランペットケースを

持ってイラついたまま歩く。


(なんだよ……)


足を止める。

遠くから、音が聞こえる。


ふと見ると小さな路上ライブ。

決して上手くはない。


でも。

聴いている人が、笑っている。

輝いてみえる。


その光景に——

浩平は、少しだけ眉をひそめる。


(……なんでだよ)


自分の方が、上手い。

速く吹ける。

難しいフレーズもできる。


なのに——

あっちの方が、“楽しそう”に見えた。


トランペットケースを、少し強く握る。


(……わかんねぇ)


小さく吐き捨てる。


でも——

知りたいと、思った。


(……あの頃の俺より)


紗智子の音を受けながら思う。


(いい音してるな)


高校生とは思えない堂々とした響き。


浩平がすぐに返す。

少し太い音。

余裕のあるフレーズ。


紗智子が眉を上げる。

浩平はニヤッとする。


トランペット同士の掛け合い。


——その時。


ほんの一瞬。

紗智子の呼吸が、わずかに乱れた。


(……なんで)


さっきと同じフレーズ。

同じタイミング。


なのに——


返ってきた音が、違う。

包まれるような音。


(……やりにくい)


ほんの一瞬、そう思う。


でも。

次の瞬間には、もう吹いている。


スタジオの空気が一気に変わる。


「うまっ」

圭一が言う。


「高校生か?」

和馬が驚く。


その時。


フルートが入った。

ゆり子だ。


そしてチェロ。


キーボードがリズムを作る。

セッションが広がる。


仁が楽しそうに指揮棒を振る。


浩平のトランペット。

紗智子のトランペット。


二つの音が重なっていく。


そして——

最後のフレーズ。


仁の指揮棒が止まる。


音が終わる。


一瞬の静寂。


亮太

拍手する

「いいじゃん」


いずみ

笑いながら

「めちゃ楽しい」


紗智子はトランペットを下ろした。

少し息を整えて浩平を見ると

浩平は笑っていた。


「悪くない」

一言。


紗智子は少し驚く。


浩平

トランペットを肩に乗せながら

「夜の動物園、楽しみだな」


紗智子

少しだけ笑う。

「負けませんよ」


浩平は一瞬きょとんとする。

そして吹き出した。

「まだ言ってるのか」


紗智子

「え?」


浩平はトランペットをしまいながら


「さっきの」

スタジオを指さす。

「勝負だったか?」


紗智子は少し黙る。

さっきの音を思い出す。


自分の音。

杉山浩平の音。


そこに重なった


フルート。

ヴァイオリン。

チェロ。

キーボード。


いつの間にか音が増えて

音楽になっていた。


紗智子

小さく

「……違いますね」


「だろ」

浩平は笑う。


そこへ亮太が立ち上がる。


「うちの楽団な」

少し肩をすくめて

「勝ち負けで演奏したことないんだ」


駿が、横から

「だいたい依頼だからな」

と笑いながら言うと、


圭一

ぼそっと

「幼稚園とか、パン屋とか」


「空港とか」

浩平が笑いながら言う。


紗智子が顔を上げて


「空港?」


と聞き返す。


浩平

肩をすくめて

「見送り演奏」


紗智子はトランペットを見て


「……でも」

ぽつりと言う。


そして亮太を見て


「うまい方が勝ちじゃないんですか」


亮太は少し笑うと


「音楽ってさ」

スタジオを指さす。

「さっきみたいに音が重なった時、

急に景色変わるだろ」


紗智子は何も言わない。


亮太が続ける。


「それが面白いんだ」


少しニヤッとする。


紗智子はまだ納得していない様子で


「……でも」


少し顔を上げる。


「それって、綺麗ごとじゃないですか」


スタジオの空気が、少しだけ止まる。


「おっ」

と駿が小さく笑う。


浩平は苦笑い。


でも——

亮太は笑わなかった。


少しだけ、真っ直ぐな顔になる。


「いいよ」

静かに言う。


「え?」

紗智子が眉をひそめる。


亮太は顧問の木村を見る。


「夜の動物園」

少しだけ口角を上げる。

「そのまま、やりましょう」


「そのまま?」

紗智子が聞き返すと


「プロと高校生」

亮太、指を立てる。

「——ガチでやる」


スタジオの空気が変わる。


圭一

ニヤッと笑いながら

「面白くなってきたな」


腕を組んだまま

「ただし」

少しだけ目を閉じる。


全員の視線が集まる。


「一曲だけじゃない」

「え?」

「最初は——」


ゆっくり言う。


「トランペット吹きの休日」

浩平と紗智子を見る。

「好きにやればいい」


そして続ける。


「そのあと」

指揮棒を軽く持ち上げる。

「全員でやる」


紗智子は黙る。

仁の言葉を待つ。


「その時にわかる…音楽かどうか」

静かに言い切る。


——静寂。


紗智子は、少しだけうつむいた。

トランペットを握る手に、力が入る。


そして。

小さく息を吐く。


「……いいです」


顔を上げる。

さっきより、少しだけ真剣な目。


「やります」


その言葉は、

さっきより少しだけ——

軽くなかった。


「決まりだな」

浩平が笑う。


仁は静かに指揮棒を下ろす。


次の舞台が決まった。

——夜の動物園。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

——第5楽章へ。

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