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最終楽章

翌朝。

リハーサル室。


音が、近い。

近すぎる。

逃げ場がない。


昨夜の笑いは、もうない。


あるのは。

研ぎ澄まされた音だけ。


馴れ合いは、一切ない。


四人、向かい合う。

距離が、近い。


息が、読める距離。


弦が、震える音。

指が擦れる音。


呼吸。

全部、聞こえる。


誤魔化しが、効かない。


一音でもズレれば——

すぐに、分かる。


和馬

小さく息を吐く。

「……来たな」


駿

無言で弓を持つ。


蓮

すでに、音の中にいる。


フェリックス

静かに、

弦を押さえる。


四つの音が、

まだ鳴っていないのに——


もう、

そこにある。


空気が、張り詰める。


逃げ場はない。

ここからは——


“合わせる”じゃない。

“剥き出しで、噛み合う”世界。


弦楽四重奏リハーサル。


特別編成。


駿(Vn1)

蓮(Vn2)

和馬(Va)

フェリックス(Vc)


誰も、

合図を出さない。


でも——

分かっている。


始まる。


静寂。


駿

弓を置く。


最初の音。

静かに。


でも——

芯がある。


蓮

すぐに入る。


合わせる。

……ようで。


ほんのわずか。

ズレる。


和馬

その間を、埋める。


低く。

支える。


フェリックス

様子を見るように。


遅れて入る。


四つの音。

揃う。


——はずだった。


蓮

一歩、前に出る。


音が、強い。

主張。


駿

即座に反応。


引かない。

前に出る。


二つのヴァイオリン。


ぶつかる。


音が、絡む。

譲らない。


⸻


客席


浩平

「昨日と別世界じゃねぇか……」


ゆり子

「当たり前でしょ」


いずみ

わずかに手を握る。


仁。

四人を見てる。


ルーカス

腕を組んでいる。

「……」


一瞬の静寂。


そして——

空気が、張り詰める。


客席、誰も動けない。


ゆり子

「……」


浩平

飲み込まれる。


圭一

目を細める。


和馬

その中で——

冷静に、聞いている。


ズレ。

衝突。


でも——

崩れてはいない。


(……まだ、いける)


フェリックス

少し笑う。

楽しんでいる。


さらに音を乗せる。


深く。

重く。


四つの音が——

限界まで張り詰める。


その時。


駿

一瞬だけ力を抜く。


音が、開く。


隙。


蓮

そこに——

入る。


音が、重なる。

ぶつかりじゃない。


“噛み合う”


一瞬。

完全に揃う。


空気が、震える。


客席

息を飲む。


次の瞬間——


終わる。


唐突に。

余韻だけが、残る。


誰も、すぐに動けない。


ルーカス

ゆっくり、口を開く。

「……いい」


視線を向ける。


駿。


蓮。


ルーカス

「もう一度」


静寂。


駿

構える。


蓮

無言で構える。


再開。


音。

さっきより、速い。


駿

流れを作る。

引っ張る。


蓮

逆らう。

あえて。


音が——

ぶつかる。


和馬

即座に支える。


フェリックス

低音で押さえる。


その時——


駿

「……だから違う」


止まる。


蓮

「何が違う」


駿

「“勝とうとしてる音”だ」


蓮

「は?」


「相手見てねぇ」


蓮

「見てるだろ」


駿

「見てるだけだ」


「……意味わかんねぇ」


駿

一歩、近づく。

「聴け」


蓮

眉が、わずかに動く。


駿

「お前、自分の音しか鳴ってねぇ」


空気が——

落ちる。


亮太

小さく。

「やば……」


仁

動かない。


蓮

ゆっくり、口を開く。

「……そっちこそ」


駿、止まる。


蓮

「綺麗にまとめてるだけだろ」


一瞬の間。


「逃げてんのは、どっちだよ」


静寂。


フェリックス

目だけ動く。


和馬

息を止める。


駿

——少しだけ、笑う。

「いいな、それ」


蓮

「は?」


「やっと本音が出た」


蓮、黙る。


駿

「それで弾け」


ルーカス

「続けろ」


⸻


再開。


音。

変わる。


蓮。

遠慮しない剥き出し。


駿

受ける返す。


ぶつかる。


でも——

弾かれない。


和馬

低音で繋ぐ。


フェリックス

深く、支える。


四つの音。


絡む。


一瞬。


完全に——

揃う。


客席。

息を飲む。


でも——


次の瞬間。

ほどける。


そして——

流れる。


止める者は、いない。

もう、止められない。


終わらない。


まだ——

ひとつじゃない。


でも。

もう、バラバラでもない。

ほどけない糸みたいに。


二つの音が——


絡み始めていた。


⸻


ホテル


静か。


音がないのに——

今日の音だけ、残っている。


蓮の部屋

ケース、開いたまま。


ヴァイオリンに触れない。


蓮

ベッドに横になる。

天井を見上げながら


「……勝とうとしてる音、か」


小さく笑う。


「うるせぇよ」


でも——


蓮

目を閉じる。


あの頃がよみがえる。


——初めて、

駿と会った日。


⸻


蝉の声、

照りつける日差し。

駿

「お前…なんていう名前?」

蓮

「人に名前聞くなら自分から先に名乗れよ」

駿

「じぁあ…

父親…ヴァイオリニストだろ」


空気が変わる。


蓮

「……なんで知ってる」

駿

視線、逸らさない。

「俺もだ」


沈黙


駿

「木戸孝臣」

蓮

止まる。


幼い頃の記憶が蘇る。


レコードの音。

ヴァイオリン。

そして——

拒絶されたあの日。


蓮

「……嘘だろ」

駿

「俺もそう思った」


二人、見つめる。


⸻


現在


目を開ける。


あの瞬間。

ぶつかった音。


そして——

揃った、一瞬。


蓮

小さく

「……あれか」


⸻


廊下に足音が響く。


駿

自販機の前。

何も押さない。


駿

「逃げてる、か」


小さく息を吐く。


「……言うじゃねぇか」


壁にもたれる。


駿

目を閉じる。


思い出す。


音じゃなく——


過去。


⸻


回想(幼少)


暗い部屋。

母の咳。

幼い駿。


テーブルの上に

置かれた手紙。

“演奏旅行に出る”


母のかすれ声

「……あの人は、音楽の人だから……」


沈黙


幼い駿

何も言わない。


ただ、見ている。

遠ざかる背中を。


⸻


現在


駿

目を開ける。


駿

「……似てる…か…」


誰に、とは言わない。


でも——

分かっている。


音の理由も。

ぶつかる理由も。


そして——

何から目を逸らしているかも。


夜は、深い。


⸻


ラウンジ


和馬ひとり。

楽譜を見る。


和馬

「あと一歩、か」


深く息を吐くと

譜面を閉じる。


⸻


別の席。


フェリックス

ビールを一口

「で?」


「結局どっちが折れるんだ?」


少し口元を緩める。


⸻


小ホール。

明かりは消えている。


誰もいない。


でも——

今日の音が、まだ残っている。


ぶつかった音。

揃いかけた音。


明日。


それが答えになるのか。

まだ、誰も知らない。


⸻


本番

コンサートホール


第一部 ドイツ楽団,トラオケ合同演奏


満席。

ざわめき。


舞台袖。


圭一

「緊張してきた」


浩平

「やべぇ〜」


ゆり子

「落ち着きなさい」


いずみ

「楽しみ〜」


和馬

静かに目を閉じる。


蓮

深呼吸。


駿

目を開ける。


仁

振り返る。

「いくぞ」


舞台、歩き出す。


拍手


全員

位置につく。


静まる。


仁。

指揮棒を上げる。


一瞬。


落ちる。


《ボレロ》


刻み。

小さく。


繰り返す。


揺れない。

音が、少しずつ増える。


誰も、前に出ない。


ただ——

重なる。


ドイツ楽団。


トラベリングオーケストラ。


混ざる。

違いはある。


でも——

外れない。


客席。

ざわめきは、もうない。

ただ、見ている。


音が、膨らむ。

押し上がる。


その中で——


仁。

ほんのわずかに、間を取る。

一歩、引く。


空いた場所。


ルーカス

入る。


そのまま、振る。


途切れない。

流れは、そのまま続く。


誰も、驚かない。

分かっていたように。


音は、さらに大きくなる。

押し寄せる。


でも——

崩れない。


最後。


一気に、解き放たれる。


音が、消える。


一瞬の静寂。


次の瞬間——


拍手。

波のように、広がる。


⸻


舞台袖。


戻る足音。

誰も、すぐには喋らない。


まだ、終わっていない。

視線が、次へ向く。


本番は——

ここからだ。


⸻


第ニ部 特別編成


光の中

ステージには四人だけ。


観客、静かに見守る。


編成


駿(Vn1)

蓮(Vn2)

和馬(Va)

フェリックス(Vc)


沈黙が長い。


蓮

息を吸う。


駿

目を閉じる。


最初の一音


鳴る。


駿

静か…そして深い。


蓮

すぐに重なる。

強い。


音が交わる。


最初から違う。


でも

逃げない。


音を受け渡す。


駿

内側から滲む。


蓮

外へ放つ。


ぶつかる


でも——

弾かれない。


和馬が繋ぐ。


フェリックスが支える。


四つの音が円を描くように。


回り始める。

絡み続ける。


駿

流れを作る。


押しつけない。

引き込む。


蓮

乗る。


だが——

崩さない。

ぶつからない。


見ている。

“聴いている”


旋律が渡る。


駿から——


蓮へ。


蓮から——


駿へ。


言葉みたいに。

音が会話になる。


観客

息を呑む。


駿

少しだけ、

熱を乗せる。


蓮

迷わず返す。


駿

受けて、

返す。


一音ごとに——

熱が上がる。


譲らない。


それでも——


音は、

ひとつも乱れない。


次の瞬間


加速。


蓮

感情が、出る。

剥き出し。


駿

それを受け止める。

逃げない。


音が、ぶつかる。

絡む。


一瞬


——止まる。


二人

背中を向けたまま。


静寂


…….


次の音

同時に鳴る。


振り返る

一瞬、目が合う。


完全に揃う。

音が、ひとつになる。


和馬

目を閉じる。


フェリックス

小さく口が緩む。


観客

誰も動かない。


クライマックス


二人のヴァイオリン


同じ旋律。


でも——

同じじゃない。


駿

内から燃える。


蓮

外へ放つ。


ぶつかりながら——

完全に重なる。


音が満ちる。

すべてを、包む。


そして——

最後の一音。


消える。


……


静寂。


長い。


観客

誰も動けない。


…….


そして


拍手

爆発する。


亮太

「うわああああ!!!」


圭一

「……やったな」


浩平

「….かっけぇー」


ゆり子

「すごい…」


いずみ

「泣きそう…」


仁

静かに頷く。


——


ステージ。


蓮

息を整える。


駿

視線を向ける。


一瞬、目が合う。


互いにほんの少し

笑う。


二つの音は——

消えたわけじゃない。


これからも、違う。

ぶつかる。


でも——

あの一瞬を、知っている。


終演。


——


楽屋。


ドアが開く。


空気が、一気に戻る。


亮太

「しゅ〜〜〜〜〜ん‼︎」


駿

「やめろ!」


亮太

そのまま、抱きつく。


駿

「汗ついてんだよ!」


亮太

「知るかぁぁ!!」


そのまま

亮太、蓮をロックオン


亮太

無言で、両手を広げる。


抱きつく瞬間


蓮

一歩、横へ。


亮太

「えっ」


空振り


蓮

何も言わず、水を飲む。


…….


全員

爆笑。


圭一

「雑な扱いだな」


ゆり子

「順当ね」


いずみ

「あははは!」


和馬

小さく笑う。


フェリックス

肩をすくめる。

「いいねぇー」


空気が、ほどける。

笑いが、広がる。


さっきまでの張りつめたものが——

どこかへ、消える。


——


会場近くの店。


夜は、まだ続いている。


ざわめき。

グラスの音。

笑い声。


さっきまでの静寂が、

嘘みたいに——


うるさい。


亮太

「っしゃああああああ!!!!!」


一番うるさい。


和馬

「通常運転だな」


浩平

「安心するわ逆に」


蓮。

黙って飲む。


駿。

少し離れた席。


グラスを持ったまま、

何も言わない。


その二人を——

見てるやつがいる。


亮太。

ニヤリ。

「はい注目ーーーー!!!」


パン、と手を叩く。


全員

「またか」


亮太

「本日の主役!!!!」


ビシッ。

指差す。


「この二人でーす!!!!」


駿と蓮。


沈黙。


蓮

「やめろ」

駿

「やめろ」


被る。


爆笑。


亮太

「シンクロすんなよ!!!!

さっき散々やっただろ!!」


圭一

「まだやるのかよ」


ゆり子

「もうお腹いっぱいなんだけど」


亮太

「いやいやいや!!!聞きたいでしょ!?」


ドイツ楽団側を見る。


ドイツ楽団たち。

めちゃくちゃ頷く。


蓮

「最悪だ……」


駿

「巻き込まれたな」


亮太

「というわけで!!!」


ニヤァ。

「お互いどう思ってるか発表ーーーー!!!!」


全員

「やれやれ!!!!!!」


もう——

止まらない。


亮太

「まずは蓮!!!」


蓮

「……は?」


亮太

「駿のことどう思ってんの!?」


沈黙。


全員、

見る。


蓮。

グラスを置く。

「……うるせぇ」


亮太

「感想じゃねぇ!!!!」


蓮

「…………ムカつく」


ざわつく。


蓮

「でも——」


少しだけ視線を上げる。


「……逃げない」


静かに、

落ちる言葉。


亮太

「おぉ〜〜〜〜〜〜!!!!!」


駿。

わずかに目を細める。


亮太

「じゃあ次!!!駿!!!」


駿

「断る」


亮太

「断るな!!!!」


駿。

ため息。

「……面倒なやつ」


蓮

「は?」


駿

「でも——」


一瞬だけ、笑う。


「….ちゃんと、聴いてる」


静かに刺さる。


蓮。

言葉を返さない。


でも——

口元が、わずかに緩む。


亮太

「はい両想いーーーーーーー!!!!」


全員

爆笑。


蓮

「うるせぇ」


駿

「うるせぇな」


亮太

「また被った!!!!」


全員

爆笑。


蓮

小さく息を吐く。


駿

グラスを傾ける。


何も言わない。


でも——

もう、十分だった。


⸻


打ち上げも終わり。


外は

少し冷えた空気。


ドイツ楽団

まとまって動き出す。


駿

その中にいる。


⸻


トラベリングオーケストラ

少し離れて、見ている。


駿

振り返る。

「じゃあな」


亮太

「おう!!またな!!」


圭一

軽く手を上げる。


ゆり子

微笑む。


いずみ

「気をつけてね!」


浩平

「またな!」


和馬

黙って頷く。


蓮が聞く。

「次、どこ」


駿

「シンガポール」


一瞬、

沈黙


蓮

何か言いかけて

……止める。


駿

それを見る。


一瞬。


ほんのわずかに、

口元が緩む。


遠くから


「シュン!!」


ドイツ楽団

手を振って呼んでいる。


駿

「行く」

軽く手を上げる。


蓮

その背中を見る。


後ろから


亮太

「行くぞー!」


ワーゲンバスのエンジン音。


蓮

振り返る。


駐車場には、

いつもの仲間たち。


蓮

歩き出す。

道は、分かれる。


でも——

音は、途切れない。


———


ワーゲンバス車内。


エンジン音。

ガタガタ揺れる。


そして——

うるさい。


亮太

「っしゃああああああ!!!!」


圭一

「うるせぇ!!!!」


ゆり子

「運転に集中しなさいよ!!」


いずみ

「でも楽しかったね……!」


浩平

「まあな」


後部座席。


蓮。

窓の外を見ている。


流れる街灯。

夜の景色。


亮太

バックミラー越しに

「おーい蓮!!!

魂抜けてんぞ!!!」


蓮

「うるせぇ」


圭一

「燃え尽き症候群か?」


ゆり子

「早いわよ」


亮太

「いやいやいや!!!

今日の主役だろお前!!!」


蓮

「違う……まだ途中だ」


空気が、

少しだけ変わる。


和馬。

ふっと笑う。

「だろうな」


いずみ

「また会えるよね?」


誰も、

すぐには答えない。


亮太

「会うに決まってんだろ!!!」


即答。


浩平

「軽いなぁ」


亮太

「だって終わってねぇもん!!!」


ハンドルを軽く叩く


「続きあるだろ!!!絶対!!!」


蓮。

視線は外のまま。


でも——

わずかに、


口元が小さく動く。

「……負けてらんねぇな」


ワーゲンバス。

笑い声が、揺れる。


夜は、そのまま流れていく。


⸻


数日後。


いつもの倉庫スタジオ。


ドアを背にして

スタジオのど真ん中。


亮太

ヴァイオリンを構える——“フリ”。


「……ッ」


無音のまま、弾く。


亮太、熱演中。

身体を揺らし踏み込み、

振り返る!!


亮太

「ここで!!!目ぇ合うんだよ!!」


キメ顔。


「あっ…⁈」


そこには


蓮。

壁にもたれ、腕を組んでいる。


その横で


全員。

ニヤニヤ。


沈黙


亮太

「……」


蓮

「誰の真似してんの?」


亮太

「……えっ!?

しゅ……あっ、いや……れ……」


言い切る前に

メンバーが入ってくる。


逃げ場なし。


和馬

「蓮と再演するか?」


亮太

パッと顔が明るくなる。

「蓮!いいか!?」


蓮

「しない」

即答。


亮太

「なんでだよ!!!」


圭一

「当たり前だろ」


いずみ

「あははは!」


ゆり子

「完コピだったのにね」


亮太

「だろ!?自信あったのに!!」


仁

「お前、

それ、“音”じゃなくて“雰囲気”」


浩平

「しかも盛りすぎ」


全員

また爆笑


「……」


亮太

撃沈


その時

PCの通知音


ピコン。


全員

そちらを見る。


亮太

「おっ!依頼だ」


ニヤッっとする。


全員

自然と集まる。


メッセージを読む。


新しい“音”の始まり。


今日もどこかで、

花が咲く。


完

お読みいただきありがとうございます。

「今日もどこかで花が咲く」の

スピンオフ 駿と蓮の物語。

駿編へ———と続きます。

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