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第22楽章

リハーサル室。


譜面台が並ぶ。


椅子の軋む音。

楽器の微かな調整音。


誰も、無駄に喋らない。


ルーカス

「初めから」


ラヴェル《ボレロ》


静かに、リハーサルが始まる。


一定のリズム。

揺れない。

その上に、音が少しずつ重なっていく。


ルーカス

迷いなく振る。


仁。

少し離れて、見ている。


駿。

その流れの中にいる。


——そこで。


蓮。

ほんのわずか、前に出る。


押さない。


でも——

引かない。


一音。

芯が、立つ。


空気が、変わる。


誰かの視線が、動く。


駿。

気づく。

視線だけ、向ける。


蓮。

逸らさない。


そのまま——

もう一度、入る。


今度は、少しだけ深く。


流れは、崩れない。


でも——

温度が、上がる。


駿。

ほんのわずかに、乗る。


返す。


言葉は、ない。


それでも——

はっきりと、分かる。


(来いよ)


ルーカス

一瞬だけ、眉が動く。


仁。

小さく、息を吐く。

止めない。


音は、そのまま続く。


ぶつかる。


それでも——

崩れない。


仁。

腕を組んだまま。

動かない。

視線だけが、二人を追う。


一瞬。


ほんのわずかに、

口元が緩む。


音は、さらに熱を持つ。


蓮。

押す。

さらに前へ。


駿。

合わせる。

逃げない。


ぶつかったまま進む。

全体が揺れる。


でも——

誰も落ちない。


ギリギリ細い線の上。

一歩でもずれたら終わる。


でも続く。


音が増える。

重なる。

押し上がる。


さっきまでの歪みがそのまま熱になる。


駿。

一瞬だけ視線を送る。


蓮へ。


蓮、受ける。


そのまま返す。


今度はぶつからない。


でも——

引いてもいない。


噛み合う

それでも、進む。

止まらない。


やがて——

終わりが近づく。


誰も顔を上げない。


音だけが前に行く。


最後。

張っていたものが、

ふっと外れる。


ルーカス

ゆっくり息を吐く。

「……いい」

それだけ。


仁、

小さく頷く。

「ああ」


視線が、重なる。


ほんの一瞬。


それで——

十分だった。


亮太、

固まったまま。

「……なに今の」


誰も、説明しない。


でも——

全員、分かっている。


ルーカス

わずかに視線を横に流す。


仁。

同じタイミングで、目を戻す。


言葉はない。


だが——

ズレは、ない。


ルーカス

短く。

「もう一度」


指揮棒が再び上がる。

音が始まる。


そして——


また、

蓮の音。


今度は——

迷いがない。

一直線に、入る。


駿へ。


駿の音へ——正面から。

逃げない、まっすぐ。


駿、受ける。

そのまま返す。


ぶつかる

今度は、隠さない。


空気が、震える。


ぶつかる

さっきより、はっきりと。


空気が、鳴る。


和馬

その様子を見ている。


(……似てるな)


一瞬、過る。


——斗真。


幼い頃。

音で張り合っていた、あの感じ。

音でぶつかっていた頃。


引かない。

譲らない。

負けたくない。


和馬

わずかに、息を吐く。

「……ああ」


誰にも聞こえない声。


「そういうことか」


視線を上げる。


駿と蓮。


小さく

「……ガキかよ」


けれど——

口元が、ほんの少しだけ緩む。


流れは、そのまま続く。


誰も、外さない。

押したまま、進む。


やがて——

熱が、少しずつほどけていく。


音が、整う。


そして、

止まる。


静寂。


誰も、すぐには動かない。


ルーカス

静かに、指揮棒を下ろす。


「最後に、一度」


短く。


誰も、異論はない。

団員たちは、それぞれの位置へ戻る。


仁だけは、その場に残った。


だが——

視線は、前。


指揮棒が上がる。


始まる。

一定のリズム。


揺れない。

その上に、音が一つずつ重なっていく。


誰も、余計なことはしない。


ただ、前へ進む。


中盤。


ルーカス

ほんのわずかに、間を取る。


一歩、引く。

その空間に——


仁。

入る。


そのまま、振る。


途切れない。

誰も、乱れない。


視線が、一瞬だけ揺れる。

すぐに戻る。


音は、そのまま続く。


終盤。

熱が、上がる。


仁。

一歩、下がる。


ルーカス

前へ。


再び、取る。


その動きは——

最初から決まっていたみたいに。


ラスト。

全てが、揃う。


最後の音。

消える。


静寂。


誰も、すぐには動かない。


ルーカス

ほんのわずかに、頷く。


仁。

同じタイミングで、頷く。


そして

リハーサルが終わる。


張り詰めていた空気が、

ゆっくりとほどけていく。


誰も、すぐには喋らない。


さっきまでの音が、まだ残っている。


⸻


ドイツ楽団。


トラベリングオーケストラ。


⸻


言葉は違っても——


音は、ぶつかっていた。


その余韻が、まだ場に漂っている。


その中で——

一人だけ、空気の違う男がいた。


亮太。

ニヤニヤしている。


「……よし」

小さく呟く。


パン、と手を叩く。


「はいはいはいはい!!!

ここで終わりじゃないからな!!!」


静寂が、破られる。


ドイツ楽団の団員たちが顔を上げる。


トラオケの面々も視線を向ける。


ざわめき。


亮太、構わず続ける。

「せっかくなんだからさ——」


両手を広げる。


「“ちゃんと仲良くなろうぜ”って話!!!」


意味が伝わる。

小さな笑いが起きる。


和馬

「……また始まったな」


圭一

「嫌な予感しかしない」


ゆり子

「止めないの?」


仁

「無駄だろ」


亮太

満面の笑み。

「というわけで!!!

親睦会やりまーす!!!」


拍手。


……は、まばら。


でも——

空気は、少しだけ動いた。


亮太

さらに声を張る。

「しかも!ただの飲み会じゃない!!!」


嫌な予感が、強まる。


「シャッフル!!!

デュオ対決だ!!!!!」


一斉に反応が返る。


圭一

「無茶だろ!!!」


ゆり子

「意味が分からない」


和馬

「余計ややこしくするな」


ドイツ側もざわつく。


亮太

ニヤリ。

「言葉いらねぇだろ?」


指でトントンと自分の耳を叩く。


「音でやれよ」


一瞬。

その場が、静かになる。


ルーカス

腕を組んだまま、口元をわずかに上げる。

「……いい提案だ」


一瞬。


ドイツ側の何人かが、顔を見合わせる。

誰かが、笑う。


亮太

ガッツポーズ。

「よっしゃ!!!」


くじを取り出す。


「じゃあランダムで組むぞー!!!」


ガサガサと音が響く。


結果——


蓮 × いずみ

駿 × ゆり子

和馬 × 圭一

亮太 × 浩平


一拍。


ゆり子

「……予想通りのカオスね」


圭一

「一組だけ方向性違くない?」


和馬

「事故枠だな」


亮太

「うるせぇな!!!ちゃんとやるわ!!!」


浩平

「腹減った」


全員

「知ってる」


亮太

「よし!!!じゃあ各自準備!!!」


亮太、

ニヤッと笑う。

「蓮 × いずみ!!!」


一瞬。


空気が変わる。


いずみ

「はーい!」


蓮。

何も言わない。

でも——

視線だけ向ける。


亮太、

さらに

「その次!!!駿 × ゆり子!!!」


ゆり子

「……ああ、はい」


ため息。

でも嫌じゃない顔。


駿、軽く肩を回す。


空気が、また少し締まる。


今度は——

違う温度。


亮太

「よーし!!!準備!!!」


それぞれ動き出す。


⸻


亮太

「よし!!!最初!!!」


蓮。

いずみ。


向かい合う。


いずみ

「よろしく!」


蓮

小さく頷く。


音が始まる。


柔らかい音。


でも——


蓮の音は鋭い。


いずみが笑う。


「やりにくっ!」


笑いが起きる。


———


亮太

「じぁあ!!次!!!」


駿。

ゆり子。


一音。


空気が変わる。


ゆり子

「……なるほど」


駿

少しだけ笑う。


短く音が重なる。


亮太

「よし!!!終わり!!!」


全員

「早い!!!!!」


———


浩平

「俺らまだ?」


亮太

「待て待て待て」


亮太。

ごそごそ。

カバンを漁る。


取り出したのは——


小さな、土色の楽器。

……オカリナ。


沈黙。


ゆり子

「……は?」


圭一

「え?」


いずみ

「かわいい……?」


和馬

「……お前、音大だよな?」


亮太

「そうだよ?」


全員

「なんでそれ!?」


亮太

「楽器に貴賤はねぇだろ!!!!」


ゆり子

「いやそういう問題じゃない」


圭一

「お前サックスだっただろ!?!!!」


亮太

「今日はオカリナの気分」


ゆり子

「意味が分からない」


仁

「選択を間違えてる」


浩平

「それで飯食える?」


亮太

「食えねぇよ!!!」


全員

「だろうな!!!」


爆笑。


⸻


ルーカス

腕を組んで見ている。

小さく。

「……面白い」


亮太

「よーし!!いくぞ浩平!!!」


浩平

「おう」


肉持ったまま。


ゆり子

「置け」


⸻


——演奏開始。


最初。

ぐだぐだ。


テンポ、ズレる。

リズム、合わない。


浩平

「今どこ?」


亮太

「知らん!!!」


和馬

「終わってるだろこれ」


いずみ

「自由すぎる……」


崩壊。


笑いが起きる。


ルーカス

肩を震わせ小さく笑ってる

「……クレイジーだな」


でも——

止まらない。


亮太。

ただ吹く。


外しても気にしない。

間違えても止まらない。


まっすぐ変わらない。


その音に——

浩平、合わせる。


少しずつ雑だった音が、並び始める。


ゆり子、

目を細める。

「……あれ」


圭一

「嘘だろ」


いずみ

「揃ってきてる……?」


ぐちゃぐちゃのはずなのに。

どこか、まとまっていく。

理由は、分からない。


でも——

前に進む。


亮太。

楽しそうに吹いている。


浩平も笑っている。


最後。

勢いのまま——

曲が終わる。


爆笑。


亮太、

満足げ。


オカリナを見下ろす。


圭一

「なんで成功したんだよ」


和馬

「成功してない」


いずみ

「途中までは事故だったよね?」


ルーカス

小さく笑う。

「……クレイジーだ」


亮太

ドヤ顔。

「だろ?」


全員

「違う」


さっきまでの緊張が、完全にほどける。


誰かが飲み物を開ける。

誰かが座り込む。


浩平は、もう食べている。


ゆり子

「早い」


浩平

「勝負はもう始まってる」


和馬

「何のだよ」


駿

小さく笑う。


蓮

視線だけ向ける。


亮太

まだ何かやろうとしている。


仁

「やめとけ」


亮太

「なんでだよ!!!」


圭一

「……てかさ、なんでオカリナなんだよ」


一瞬。


いつもの流れなら——

ふざけて終わる。


でも。


亮太

少しだけ手を止める。


オカリナを、くるりと回す。


「んー」


珍しく、間を置く。


「でかい音ってさ」


ぽつり。


「強い奴が、持っていくじゃん」


静かになる。

誰も、突っ込まない。


亮太

続ける。

「上手い奴とか、音圧ある奴とか、

そういうのが前に出るだろ?」


肩をすくめる。


「でもさ」


オカリナを軽く叩く。


「こういう音って、

ちゃんと聞こうとしないと、

聞こえないんだよ」


「だからさ——」


ニヤッと笑う。


「嫌でも聞くだろ?」


沈黙。


ゆり子

小さく呟く。

「……性格悪いわね」


亮太

即答。

「褒め言葉だな」


笑いが戻る。


でも——

さっきまでとは、少し違う。


和馬

小さく息を吐く。

「……なるほどな」


圭一

「お前、考えてやってんのかよ……」


亮太

「当たり前だろ」


あっさり。


「じゃなきゃ音大出てねぇよ」


ゆり子

「その割に選択がおかしい」


亮太

「うるせぇな!!!」


また笑いが起きる。


でも——


その場にいる全員が、

ほんの少しだけ理解している。


亮太は、ただふざけてるわけじゃない。


“空気を動かしてる”。


音で。


笑い声。


ぐちゃぐちゃのまま。


そのまま——

夜は更けていく。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

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