第20楽章
いつもの倉庫スタジオ。
仁がコーヒーを片手に座ってる。
和馬がその横で仁に話しかけている。
圭一が寝転がってる。
浩平が勝手に飲み物を飲んでる。
ゆり子といずみが
たわいもない会話をしている。
蓮はイヤホンを付けて
クラシックニュースを見てる。
流れる映像。
“海外オーケストラ特集”
一瞬。
蓮の指が、わずかに止まる。
だが——
何も言わない。
思いおもいに過ごしてる。
亮太のPCが鳴る。
ピコン。
小さな音。
亮太
「おっ!依頼か⁈」
画面
件名:
トラベリングオーケストラの皆様
亮太、読み上げる。
「初めまして。
山中村の村長をしている村中と申します——」
空気が少しずつ、静かになる。
亮太続きを読む。
「この度、時代の流れには勝てず——」
誰も、口を挟まない。
亮太
「村を走る唯一の列車が廃線となり——」
いずみが
小さく息を呑む。
亮太
「駅もなくなってしまいます」
少しの間。
亮太
「それで最後に、
長く世話になった列車のために——
音楽を聴かせてやりたいのです」
沈黙。
亮太
固まる。
そして——
亮太
「……うぅっ」
全員
「え?」
亮太
ボロボロ。
「なにこれぇぇぇぇ」
ゆり子
「はやっ」
圭一
「泣くの早すぎだろ」
亮太
「だってよぉぉぉ!!!列車に音楽って…!!やるしかねぇだろ
こんなのぉぉぉ!!!」
空気が少しずつ——
変わる。
圭一
ゆっくり立ち上がる。
「で、場所…どこだ」
亮太、
慌ててナビで見る。
「えっと……山中村……山奥だな」
和馬
静かに一言。
「行けるのか」
一瞬、
現実が入る。
距離。
時間。
条件。
でも——
誰も、“無理”とは言わない。
仁
静かに
「……行くぞ」
全員
一瞬の間。
そして——
「おう」
机の上。
プリントアウトされたメール。
亮太
目、真っ赤。
「……やろうな?」
全員
「やるって言ってんだろ」
亮太
「よし!!!」
空気
一気に“仕事モード”。
浩平
「で?何やる?」
いずみ
「やっぱり、しっとり系…?」
ゆり子
「お別れだしね」
圭一
「でも暗すぎるのもなぁ」
和馬
「“終わり”じゃなくて“見送る”だろ」
一瞬、静まる
亮太
「……あぁ」
蓮
ずっと黙ってる。
仁
腕を組んでいる。
亮太
「列車のために、だもんな…」
いずみ
「ありがとう、って感じがいい」
浩平
「お、いいじゃんそれ!」
圭一
「でも“ありがとう”って音でどうやる?」
和馬
「言葉じゃなくて伝わるやつだ」
蓮
ゆっくり口を開く。
「……最初、静かでいい」
全員、見る。
「走り出す前みたいに」
蓮、続ける。
「で、途中で広げる…景色みたいに」
仁
目を細める。
「……いいな」
亮太
「おぉ……!」
ゆり子
「最後は?」
蓮
少し考える。
「消えない感じ」
圭一
「消えない?」
「終わっても、残る」
和馬
小さく頷く。
仁
「……これだな」
楽譜を一枚、置く。
ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ
いずみ
「……きれい」
ゆり子
「懐かしい感じ」
圭一
「これ、泣くやつじゃん」
浩平
「もう亮太、泣いてるし」
亮太
「うるせぇ!!これは別だ!!」
蓮
楽譜を見る。
仁
「これでいく」
音は決まった。
⸻
リハーサル
楽譜が並ぶ。
さっきまでの雑音が、
嘘みたいに消えている。
仁、
手を軽く上げる。
「——いくぞ」
音が、
始まる。
やわらかい。
押しつけない。
すっと、
入ってくる。
“思い出みたいに”
亮太、ただ聴いている。
さっき読んだ文章が、
まだ頭に残っている。
廃線。
駅。
最後の列車。
音が、重なる。
仁、
何も言わない。
任せている。
音が、流れていく。
懐かしい
誰も知らない景色。
遠くの光。
夕方のホーム。
人のいなくなった駅。
——そんなものが浮かぶ。
誰かが、小さく息を吸う。
音が、少しだけ深くなる。
止まる。
余韻。
亮太、
ぽつり。
「……これ、やばいな」
小さく笑う。
まだ
目は少しだけ赤い。
仁、
一度だけ頷く。
「いけるな」
音は、もう準備できている。
あとは——
届けるだけ。
⸻
数日後
ワーゲンバス
走っている。
ずっと。
同じような景色が、
流れていく。
街を抜け高速を走り、
また、
知らない道へ。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になる。
ゆり子
「……まだ着かないの?」
圭一
後部座席で伸びる。
「遠いな〜」
浩平
袋を漁りながら。
「なんか食う?」
「さっき食っただろ」
軽い笑い。
でも——
どこか、
いつもより静かだ。
窓の外。
建物が減る。
山。
トンネル。
また山。
電波が、ふっと消える。
亮太、
前を見たまま。
ぽつり。
「なぁ」
誰も、
すぐには返さない。
「ほんとにさ…列車に音楽って、
届くと思う?」
空気が、わずかに止まる。
冗談じゃない。
でも答えもない。
いずみ、
小さく首をかしげる。
「どうなんだろ……」
ゆり子、
腕を組む。
「届くかどうか、じゃなくて——」
言いかけて、
やめる。
浩平
窓の外を見ながら。
「ま、聞こえりゃいいだろ」
軽く言う。
でも、
少しだけ真面目な顔。
圭一
天井を見たまま。
「自己満だろ」
「でも、それでいいんじゃね」
亮太、
「だよなぁ……」
でも——
どこか引っかかっている。
そのとき。
蓮。
窓の外を見る。
流れていく景色。
ぽつり。
「届かせるんだろ」
静かになる。
誰も、すぐに何も言わない。
その一言だけが残る。
仁、
小さく。
「ああ」
車内は少し静か。
誰かが寝てる。
誰かが起きてる。
亮太
小声で
「……遠いなぁ」
和馬
「だから行くんだろ」
遠い場所、遠い誰かに
それでも——
音は向かう。
止まらずに。
⸻
山中村・入口
ワーゲンバスが止まる。
ドアがガラッっと開く。
亮太、降りる。
止まる。
視線の先
村人たちが並んでる
静かに、でも——
笑っている。
亮太
「……え」
圭一
小声
「多くね?」
浩平
「聞いてた話より多いぞ」
ゆり子
「ほぼ全員じゃない?」
村長
一歩前へ出る。
「ようこそ、山中村へ」
深く、頭を下げる。
仁
軽く一歩前へ。
「トラベリングオーケストラです」
空気が少し、ほどける。
村長
顔を上げる。
「本当に来てくださって…」
声が、少し震える。
亮太
その顔を見て——
また泣きそうになる。
圭一
「お前まだ早い」
子ども
ひそひそ声
「あの人…泣くよ」
浩平
「バレれてる」
村人たち
クスッと笑う。
空気
一気に、柔らかくなる。
いずみ
小さく手を振る。
子どもが振り返す。
ゆり子
周りを見る。
古い駅。
短いホーム。
和馬
線路を見る。
「……ここか」
蓮
何も言わない。
ただ——
じっと、駅を見る。
村長
「列車は、今日の夕方が最後です」
全員
静かに聞く。
村長
「長い間、この村を——」
言葉が詰まる。
村人の一人そっと続ける。
「繋いでくれました」
少しの沈黙。
仁
「……分かりました」
村長
深く、頷く。
同じ数。
八人と、八人。
迎える側と、届ける側。
その間にあるのは——
消えていくものと、残るもの。
⸻
山中村
駅には
人が集まっている。
子ども
「来る?」
村人
「もうすぐだ」
ホームに
トラベリングオーケストラ。
静かに、並ぶ。
亮太
深呼吸。
圭一
「緊張してる?」
亮太
「してる」
浩平
「お前が緊張してどーするんだ」
ゆり子
「今日はいいでしょ」
和馬
線路を見る。
蓮
その隣。
何も言わない。
仁
全員を見る。
小さく頷く。
遠くから音。
カタン……
カタン……
子ども
「来た!」
全員
構える。
列車
ゆっくり、近づく。
古い。
でも——
ちゃんと、生きてる。
仁
手を上げる。
静かに、始まる。
《ニュー・シネマ・パラダイス
愛のテーマ》
最初の一音。
やわらかい。
押しつけない。
すっと、
空気に溶ける。
空気が変わる。
列車
ゆっくりとホームに入ってくる。
音と、重なる。
村人
誰も喋らない。
ただ、聞いてる。
亮太
泣いてる。
音楽と重なる
ぴたりと、ではない。
でも——
どこか重なっている。
圭一の音が、静かに揺れる。
いずみが、そっと重ねる。
ゆり子の音が、風みたいに抜ける。
浩平の音が、少しだけ色を足す。
蓮。
一歩、
音を置く。
輪郭が、生まれる。
でも——
主張しない。
ただ、そこにある。
列車が止まる。
ドアが、開く。
音が重なる。
村人たち誰も喋らない。
ただ見ている。
聴いている。
子ども。
母親の手を、ぎゅっと握る。
年配の男性、帽子を取る。
誰かが、目を閉じる。
⸻
亮太。
少し離れた場所で立ったまま。
ただ、
見ている。
(……届いてる)
言葉じゃない。
でも、分かる。
音が流れる。
ホームを包む。
去っていく時間を、
すくい上げるように。
誰も、止めない。
誰も、急がない。
ただ——
そこにある。
最後の時間。
村長
涙。
ゆっくりと前に出る。
少しだけ言葉を探す。
それから——
「……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
亮太
涙のまま笑う。
和馬
列車を見る。
小さく。
「……届いたな」
仁
「ああ」
最後の列車は、また走り出す。
音を乗せて。
この村を、離れていく。
でも——
音は、残る…ここに。
——
ワーゲンバス
エンジン音。
心地よい揺れ。
ゆっくりと村を離れていく。
車内は静か。
行きとは、違う。
やりきった後の、重さ。
でも——
どこか、軽い。
亮太
「……すげぇな」
圭一
「何が」
亮太
「ちゃんと届くんだな」
「だな」
浩平
「良かったな」
ゆり子
「…そうね」
いずみ
「届けたね」
後ろで
仁と和馬
窓の外、流れる夜を見てる。
蓮も後ろの席で
一人、窓の外を見てる。
その時
ブッ……
スマホが小さく、震える。
蓮
視線を落とす。
画面。
メッセージ
駿から。
“明後日、19時”
蓮
一瞬、止まる。
それから——
ふっと。
微かに顔が、ほころぶ。
窓の外
暗闇の向こうに、街の灯り。
スマホ閉じる。
蓮
ほんの少しだけ、表情が緩む。
エンジン音だけが響く。
誰も、何も言わない。
特別な一日が終わる。
でも——
それは、ちゃんと残っている。
それぞれの中に。
つづく…
お読みいただきありがとうございます。
第21楽章へ———




