第16楽章
いつもの倉庫スタジオ。
亮太ひとり。
ニヤニヤしながら
YouTubeにあげようと編集作業を
している。
もちろんそれは…
ミュージック・カレッジ学院
ベートーヴェン第7番。
PCに
メールが届く。
亮太
嬉しそうに開く。
一瞬
マウスが止まる。
「えっ⁈」
思わずグループLINEで
集合をかける。
夜九時に全員集まる。
ただ事じゃない空気。
亮太みんなの顔を見ながら
「依頼が来てさ…」
いずみ
「どうしたの?」
亮太
「オレ……」
言葉が、詰まる。
浩平
「なんだよ」
「オレ……」
仁
「早く言え」
亮太
「一日署長してほしいって」
沈黙。
圭一
「……は?」
ゆり子
「誰が?」
和馬
眉をひそめる。
「仁か?」
亮太
「だから!」
一歩前に出る。
「オレ!!」
全員
「えええええー‼︎」
いずみ
「なんで!?」
浩平
「何したらそうなるんだよ!」
ゆり子
「絶対トラブル起こすじゃない!」
和馬
ため息。
「終わったな……」
仁
一言。
「断れ」
亮太
「断るわけねーだろ!」
ニヤッと笑う。
「面白そうじゃん」
空気が一気にざわつく。
“嫌な予感しかしない”
その横で——
蓮。
クスッと笑う。
全員
蓮を見る。
「今笑った!?」
蓮
「いや」
視線を逸らす。
でも——
口元が
少しだけ緩んでいる。
亮太
「よし決まり!」
パンッと手を叩く。
「全員、強制参加な」
全員
「はぁ!?」
⸻
会場は
地域の交通安全イベント。
子どもたち。
警察官。
家族連れ。
ステージ中央——
亮太
制服姿が似合っている。
——無駄に。
浩平
「腹立つな……」
ゆり子
「ほんとね」
圭一
「なんで似合うんだよ…」
子ども
「おまわりさんだー!」
亮太
ドヤ顔。
仁
何も言わない。
指揮棒が上がる。
振り下ろされる。
軽やかな音。
弾ける。
《トリッチ・トラッチ・ポルカ》
会場の空気が
一気に明るくなる。
さっきまでの緊張が、ほどけていく
いずみ
笑顔で弾く。
浩平
リズムを刻む。
和馬
安定した軸。
蓮——
無表情。
でも音は軽い。
亮太
楽しそうに前に出る。
「ちょっと待て!」
音が止まる。
全員
「は???」
観客も、ざわつく。
子どもたち
「ストップー?」
仁。
一瞬、
目を細める。
(……何をする気だ)
亮太。
ニヤッ。
「いいかみんな!」
急に、テンションが上がる。
「音楽も!交通も!」
ビシッと指を立てる。
「止まるときは——」
大きく、手を振り上げる。
「止まる!!」
パンッ!
その瞬間——
仁の手が、
わずかに動く。
音が入る。
軽い。
弾ける。
明るい。
《トリッチ・トラッチ・ポルカ》
笑いが混ざる。
子どもたちが、自然に揺れ始める。
亮太
リズムに合わせて歩く。
「進むときは——」
クルッと回る。
「進む!!」
パンッ!
——ピタッ。
音が止まる。
一瞬の静寂。
観客
「おお!?」
子どもたち
「止まったー!!」
すぐに——
仁、
再び振る。
今度は、さっきより軽い。
弾む。
跳ねる。
浩平
「なんだこれ楽しいな!」
圭一
「悔しいけどな!!」
ゆり子
「ちゃんと合わせなさいよ!」
いずみ
「でもいい感じ〜!」
和馬。
淡々と弾きながら、
ほんの少しだけ口元が上がる。
蓮。
無言。
でも——
しっかり遊んでる。
亮太。
さらに煽る。
「いいかーー!次いくぞーー!!」
子どもたち
「いくーー!!」
会場、完全に巻き込まれる。
「止まれーーー!!」
パンッ!
——ピタッ!!
今度は、
観客も一緒に止まる。
笑いが弾ける。
「進めーーー!!」
音、
一気に走る。
加速。
止まる。
進む。
止まる。
進む。
繰り返す。
一体感が増していく。
音楽と、観客が
同じリズムで動いている。
ただの演奏じゃない。
“遊び”になっている。
亮太、
大きく手を上げる。
「ラストーーー!!」
全員、
一気に合わせる。
音が、跳ねる。
走る。
弾けて——
パンッ!!
完全停止。
——終わり。
静寂。
そして——
大爆笑。
拍手。
子どもたち
「もう一回!!」
保護者たちも笑っている。
警察官まで拍手している。
亮太。
ドヤ顔。
「交通安全、覚えたな?」
子どもたち
「はーい!!」
浩平
「くっそ……成功してんじゃねぇか」
ゆり子
「悔しいわね」
圭一
「でも楽しかったな」
いずみ
「うん!」
和馬
「……悪くない」
亮太、ガッツポーズ。
爆笑。
警察関係者
「……今のは?」
亮太
即答。
「アドリブです!」
ゆり子
「最低」
圭一
「終わったな」
浩平
「絶対怒られるやつだろこれ」
いずみ
「えぇ〜楽しかったのに…」
ざわつく係員。
少しだけ空気が揺れる。
その時——
さっきの子どもたち。
「もう一回やりたーい!」
「止まるやつー!」
声が、広がる。
保護者も笑っている。
「分かりやすくて良かったです」
「子ども覚えました」
ざわめきの向きが、変わる。
警察関係者。
顔を見合わせる。
一人、咳払い。
「……結果的には、
非常に良い啓発になりました」
亮太、
即座に敬礼。
「ありがとうございます!!」
ゆり子
「調子いいわね」
圭一
「助かったなオイ」
浩平
「ギリギリすぎるだろ」
仁。
一言。
「…結果だ」
全員、何も言わない。
でも——
誰も、否定しない。
空気が、ふっと緩む。
警察関係者。
少し笑う。
「この後、簡単な慰労の席を用意していますので」
「ぜひ皆さんで」
亮太、
目が光る。
「行きます!!」
即答。
ゆり子
「アンタは黙りなさい」
圭一
「さっきまで終わってたのにな」
浩平
「復活早ぇな!」
笑いながら、
歩き出す。
会場のざわめきを背に。
警察関係者に案内される。
——
打ち上げ
警察署内
会議室には机が並び
簡単な料理と飲み物。
どこか
ぎこちない空気。
浩平
小声で。
「なんでここなんだよ……」
亮太
すでに座っている。
制服のままくつろいでいる。
圭一
「お前が一番ダメだろ」
亮太
「え?盛り上がったじゃん」
和馬
「盛り上がった“だけ”な」
蓮
壁にもたれている。
無言。
仁
奥に立つ。
警察関係者が入ってくる。
一人の年配の男性。
ゆっくりと口を開く。
「……今日は、ありがとうございました」
全員
「え?」
「正直…どうなるかと思いました」
浩平
「ですよね……」
ゆり子
「すみません」
亮太
「え、なんで?」
全員
「お前だよ!!」
空気が少し緩む。
男性
ふっと笑う。
「でもね」
窓の外を見る。
「子どもたちが——ずっと笑ってた」
静かになる。
いずみ
小さく頷く。
男性
「交通安全の話って、どうしても堅くなる、でも今日は——
ちゃんと届いていた気がします」
亮太
少しだけ
黙る。
蓮
小さく
鼻で笑う。
仁
一言。
「……だが、悪くない」
全員
「え?」
仁
続ける。
「制御できていた」
亮太
「してた?」
ゆり子
「してないわよ」
仁
「“崩れたまま終わらなかった”」
蓮
少しだけ顔を上げる。
仁を見る。
仁
「それでいい」
空気が一気に緩む。
紙コップが配られる。
「お疲れ様でした!」
軽くぶつかる音。
飲み物を口にする。
浩平
「はぁ〜生きた心地しなかった」
ゆり子
「ほんとよ」
いずみ
「でも楽しかった!」
亮太
「だろ?」
圭一
「次はやるなよ」
亮太
ニヤッ。
「えーどうしよっかなぁ」
全員
「やるな!!」
笑いが広がる。
その中で——
蓮。
紙コップを持つ。
一口。
視線だけ、動く。
笑っている
騒いでいる。
バラバラで——
まとまっている。
その時
蓮のスマホがバイブした。
スマホを取り出す
メッセージ
駿から
“今度、アジアツアーで日本に帰る”
蓮チラッと周りを見てから
“分かった”
送信ボタンを押して
画面を見たまま、もう一度
“待ってる”
送信。
すぐに既読がつくが
返事はない。
画面が、暗くなる。
蓮、スマホをしまう。
周りでは、まだ笑い声。
その中に、戻る。
⸻
やがて——
ワーゲンバス。
エンジンがかかる。
車内
圭一
「いや〜今日ヤバかったな!」
浩平
「亮太、署長似合ってたぞ」
亮太
「だろ」
全員、爆笑。
空気いつも通り。
騒ぎ疲れて、少し静かになる。
浩平
「腹減ったなぁ…」
誰も返さない。
和馬
「さっき食っただろ…」
小さな笑い。
蓮
窓の外の流れる景色を見ながら
(帰ってくる、か)
ふっと、口元が緩む。
ワーゲンバスは走る。
それぞれの場所へ。
⸻
ドイツ、
静かな朝。
小さなカフェ。
駿
スマホを見る画面には——
“待ってる”
(……待ってる、か)
わずかに、口元が緩む。
スマホを閉じる。
再び、視線を楽譜へ
カフェのマスターが
コーヒーを置く。
「シュンは勉強熱心だねー」
駿、顔を上げる
「まだまだ、だからな」
「次はどこ?」
「アジア」
マスターが笑う。
「成功を祈ってるよ」
「サンキュー」
(日本か…)
ふと——
笑い声が、よぎる。
騒がしい車内。
バラバラで——
まとまってる音。
駿
小さく笑う。
(……ったく)
ふと、窓の外を見る。
その視線の先に——
……あの日
⸻
時はさかのぼる。
1年半前
夜・バー
グラスの中で、氷が静かに鳴る。
駿
「俺…ドイツに行くことにした」
蓮
何も言わない。
ただ、グラスを傾ける。
「それでさ——
今、俺がいる楽団でヴァイオリン奏者
の募集が出てる」
少しの沈黙。
「蓮…オーディション、受けてみないか?」
蓮
ほんの一瞬だけ、目が揺れる。
「……考えとく」
駿
「…いい返事、待ってる」
静かな夜は、何も決まらないまま
ゆっくりと更けていった。
⸻
数週間後・空港ロビー
ざわめき。
人の流れ。
亮太
「しゅ〜〜〜ん!!!」
勢いよく抱きつく。
駿
「やめろ!お前!」
全員
笑いが起きる。
和馬
「お前の音、待ってるからな」
駿
「ああ」
アナウンスが響く。
駿、みんなを見る。
一人ひとり、目でなぞるように。
「……じゃあな」
背を向ける。
振り返らない。
後ろ向きに手を振る
小さくなる駿の背中
やがて、見えなくなる。
離陸
機体が滑り出す。
加速。
空へ。
日本が、遠ざかる。
機内
シートベルトサインが消える。
静かな機内。
駿、ふとスマホを見る。
画面
メッセージ 1件
蓮から
“オーディション受ける”
駿
ふっと、笑う。
“お前の音をぶつけてこい”
送信ボタンを押す。
直ぐに既読がつく。
——返事はない。
窓の外を見る。
駿
(…アイツらの音も、変わるな)
ゆっくりと目を閉じる。
(——俺も、スタートだ)
また、ひとつの物語が動き出す。
つづく…
お読みいただきありがとうございます。
第17楽章 ドイツ編へ———




